第38話 魔王会

「じゃあ行って来る」


「行ってらっしゃいませ」


「いってらっしゃーい」


 珍しくラズルはめかし込んだ恰好でダンジョンを出て行った。

 ただし行く先は秋葉原の町ではなく、彼が本来住んでいた世界だ。


「パパ何時帰ってくるのかな」


 ラズルが出かける事は知っていたものの、何処へ何の為に行くのかまでは知らないリリルが疑問を口にする。


「ラズル様は魔王会にお出かけになられたのですよ」


「まおうかい?」


 聞き覚えの無い言葉に首をかしげるリリル。

 ライナはリリルの頭を撫でながら魔王会について説明する。


「魔王会と言うのは、世界中の魔王様が集まって魔王様の元締めたる大魔王ビッグワン様の元で売上げなど様々な報告を行う会です。言ってみれば会社の飲み会と会議を併せたものですね」


「ふーん」


 しかし自分の業務に関係のない事には興味を持てないリリルは上の空だ。


「パパお土産買ってきてくれるかなぁ?」


「どうでしょう? 基本は報告会ですから、お土産を買う時間は無いかと」


「ちぇー、残念」


「さぁさ、ラズル様がいらっしゃらなくてもお仕事を頑張りなさい。ちゃんと頑張ってくれれば、ラズル様も遊びに連れて行ってくれますから」


「上野の動物園に連れて行ってもらえるかな?」


「ええ、ちゃんと頑張ればね」


「分かった。頑張る!」


 ライナは意気込んで仕事に向かうリリルの姿を、微笑みながら見送った。


 ◆


 所変わってここは異世界。

 大魔王ビッグワンの城に来た魔王達が、受付で名前を書いていた。


「こちらがヴァール様の名札となります。お酒を飲まれない場合はこちらのシールを名札にお貼り下さい」


 受付嬢が名前を記入した魔王に名札と、赤いシールを手渡す。


「ありがとうございます」


 仮にも魔王がただの受付嬢に対して妙に腰の低い挨拶をする。


(相手はただの受付嬢だが、仮にも魔王の元締めたる大魔王ビッグワン様の従者。礼を失した発言は避けたほうが良いな)


 他の魔王の立ち振る舞いを見て自分がどう対応すればよいのかを学ぶラズル。


「お帰りの際はこちらの箱に名札をお戻しください」


「分かりました」


 案内嬢に案内に従い、魔王の一人が魔王会の会場に向かって歩いていく。

 と、そこでなにやら大きな声が前方から聞こえてきた。


「おいおい、何でこんな面倒くさい事をしなくちゃならないんだよ。ただの報告会だろうが」


 年若い魔族が受付嬢に因縁をつけている。

 おそらくは彼もラズルと同じ若手の魔王なのだろう。

 

「申し訳ございませんが決まりですので」


「俺が若いからって舐めてんの? これでも俺は月100魔貨を稼ぐ魔王だよ。新人の中じゃダントツなんだよ!?」


 その言葉を聞いて、ラズルは現在の自分の月平均で稼ぐ魔貨の額を思い出す。


(確かウチは純益だけで月平均1000枚くらいだったかな。貿易とかで稼ぐ分を比べるともっとあったっけか。最近はリリルも頑張ってくれてるから、魔貨を安定して入手できるんだよなぁ)

 

 どちらにせよ、自分には関係の無い話だと思いラズルは沈黙を貫く。


(どうせ警備員が止めるだろ)


 そう思って軽く周囲を見回したラズルであったが、別のものを見つけて動きが止まる。


(マジか)


「ちょっと、後ろが詰まってるんだから早く名前書きなさいよ」


 しかもそんなタイミングにも関わらず、トラブルに更なる油が注がれた。


「ああん?」


 若い魔王が振り返ると、そこには美しい真紅のドレスを着た女が立っていた。


「聞こえなかったの? 他の魔王が後ろで待っているのよ。たかが100枚程度で図に乗ってるお馬鹿さん」


(あちゃー、こりゃ面倒な事になるぞ)


 明らかに若い魔王には煽り耐性が無い。

 だから軽い挑発でもあっさり乗ってくるだろうとラズルは予測した。


「んだと手前ぇ!」


 ラズルの予想通り、馬鹿にされた若い魔王が受付嬢から女魔王に標的を変えて突っかかっていく。


「ったく、警備員は何をしてるんだ?」


 ラズルは早々にその場を離れようとした。 

 ソレは彼等の後ろに居る魔王達の姿を見たからだ。


(魔王ゴーディッシュ、魔王バグルバイル、魔王ザバルバディッシ。全員名の知れた魔王達だ。そんな連中の前で暴れたらこっちにまで被害が及ぶぞ)


 彼等は古参魔王と中堅だが有力な魔王達だ。他にも魔王は並んで居たが、目に見えて危険な魔王の存在だけをラズルは警戒した。

 古参クラスの魔王は単体でも強力な魔王だ。

 身体能力が通常の魔族より多少良い程度のラズルではとても相手にならない。

 否、ラズルだけではない。普通の魔族では逆立ちしても本物の魔王には勝てないのだ。


(魔王ランクの低い今の俺じゃとても相手にならんからな)


 事実、周囲の魔王達は既に彼等から離れ物陰に避難し始めている。


「若手のトップを自称するならせめて月200位は稼いでほしいものだわ。大体、一流の魔王なら月1000枚くらい稼ぐのが当然でしょう?」


 後ろの魔王達の存在に気付かない二人の言い争いが激化していく。


「手前ぇ、女だからって調子に乗ってんじゃねぇぞ。ここでやっても良いんだぜ」


「あらあら、言葉で勝てないから力ずく? 全くコレだから品の無い男は頭が悪いのよ」


「舐めんなよ! 女の癖に魔王なんてやってんじゃねぇよ」


「ふん、男女差別? 魔王は実力主義よ。文句があるなら実力で示しなさいよ」


「ああ、やってやんよ!」


 若い魔王が拳を構えると、女魔王も手にした扇子を開く。


「おいお前等、こんな所で暴力は!」


 仮にもここは大魔王ビッグワンのおひざ元。

 そんな場所でケンカを始めようとした二人に対し、ラズルはついうっかりと口出しをしてしまった。

 だが頭に血が上っている二人にその言葉は届かない。


「引っ込んでなさいよ!」


「引っ込んでやがれ!」


 叱られたラズルはコレ以上巻き込まれてはたまらないと逃げる事にする。

 



「身の程を教えて差し上げるわ」


「吼え面かくなよ女ぁぁぁぁぁぁ!!」


(始まったか。早い所逃げないとこっちまでとばっちりを喰らうぞ)


 しかし、その戦いは更なる第三者の介入によって未然に防がれた。


「お前等何をやっとるかぁぁぁぁぁ!!!」


 轟音

 爆音

 

 まさにそう表現する事こそ相応しいといえる大声だった。

 余りの声量に若い魔王と女魔王は半泣きで耳を押さえてうずくまっている。

 どうやら至近距離であの轟音を聞いてしまったようだ。


「全く、最近の若い連中はすぐ頭に血が上っていかん」


 嘆きながら現れたのは巨漢。


「げっ」


 現れたのは巨大な獅子の頭を持った大男。


「今日は魔王会だぞ」


「魔王……」


「リオレオン様……」


 突如現れた獅子頭の大男、魔王リオレオンの登場に受付が騒然となる。


「お主等、後ろで待っている者達がおる。いい加減受付を済ませぬか」


「「は、はい!!」」


 リオレオンがそう言うと二人は早々に受付のリストに名前を書いて会場に去って言った。


「やべぇ」


 ラズルが逃げようと身を翻す。

 否、翻そうとした。


「む? おお、ラズルではないか!!」


 だが、意外にもリオレオンはラズルの姿に気付いて近づいてきた。


「元気そうだな!! ふはははは!!!」


 リオレオンがラズルに話しかけた事で再び受付が騒然となる。


「ど、どうも……」


 逃げ遅れた。

 ソレがラズルの偽らざる心境であった。

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