第37話 育ててみよう
「あ、お醤油切れちゃった」
台所で食事を作っていたリリルは、醤油が足りない事に気付いて買出しに出かける事にした。
「ついでにお砂糖とお米も買ってこよーっと」
◆
「お醤油にお米にー、あとデザートの果物も買ってこーっと」
手馴れた手つきで商品を買い物カゴに入れていくリリル。
「あ、半額コーナーだー。……安いしこれも買ってこーっと」
この時リリルが購入した物が、とんでもない大騒動を引き起こす事になるとはこの時点では誰も気付かなかった。
◆
「なんだこりゃ!?」
ダンジョンに入ってきた加地屋は、フリーフロアを一目見て叫んだ。
なんとフリーフロアは大量の植物で覆われていたのだ。
「え? 何? 新しいイベント?」
「誰かぁー、助けてウサァ~」
か細い声で助けを求めたのは3人娘のラウだった。
「ラウちゃん!?」
ラウはフリーフロアを覆っていた植物の蔦に絡め取られ宙に吊り上げられてた。
蔦が全身を縛り胸が押しつぶされ、ふとももに絡まった蔦が足を上に上げさせてなんとも淫靡な雰囲気をかもし出している。
「おおお……」
思わずスマホを取り出して撮影してしまう加地屋。
「探索者さぁーん、助けてウサァァァ」
「っ!? ちょ、ちょっと待って!」
我に帰った加地屋はラウを拘束する蔦を切り裂いてゆく。
「きゃぁぁぁ!」
ラウを空中に吊り上げていた蔦が切られれば、当然ラウを支える物は無くなる。
結果、ラウは地面に向けて落下し、加地屋の上にダイビングした。
「ほわぁぁぁぁぁ!!?」
ラウの柔らかな胸が加地屋の顔面に押し付けられ、二人は床に転がり落ちる。
「おふぅ」
加地屋は心底幸せそうであった。
◆
「これはどういう事だ?」
ダンジョン内部をおおう謎の植物の繁殖にラズル達は困惑していた。
「植物型のモンスターを仕入れた記憶は無いぞ」
「もしかしたら荷物に種子が紛れ込んでいたのかもしれませんね」
植物型や昆虫型のモンスターが荷物に紛れ込んで遠方の国で発生する事はそう珍しい事では無い。
流通の乏しい時代ではない事だったが、道が整備され、空路を使って商売をする様になると、爆発的に遠い土地にしか存在しない筈のモンスターが発生する様になった。
それは遠方の土地には本来そのモンスタ-の数を抑制する筈だった天敵が少ないからだ。
逆に、運ばれた土地はそのモンスターの性質に合わず、繁殖する前に死んでしまう例も多々あった。
「いや、しかしこの植物はモンスターらしくないな。人も襲わないし動きもしない。普通植物型モンスターなら近づいてきた動物を殺して養分にするもんなんだが」
「そうですね。少々大人しすぎるかもしれません。もしかしてこの世界固有のモンスタ-なのでしょうか?」
「あの……」
困惑するラズルとライナに、か細い声が呼びかける。
「どうしたリリル?」
「あのモンスターに見覚えでもあるんですか?」
「その……」
しかしリリルは弱々しい声音でなかなか話そうとしない。
「リリル、何か知っていたら教えて欲しい。もしあれが危険な存在だとすれば、俺はダンジョンの主としてあのモンスタ-を退治する義務があるんだ」
魔王はダンジョンの支配者である。
その為、自らの支配下に無いモンスターにダンジョン内を好き勝手されるのは魔王としてこの上ない屈辱なのだ。
ラズルの目は真剣である。
王の使命に満ちた強い眼差しに、ライナとリリルのハートはキュンキュンした。
「「はうっ」」
キュンキュンしたリリルは遂に観念して謎の植物について語り始める。
「あ、あれはね……その……モ、モンスターじゃないの!」
「それじゃあ……そうか、植物魔法か!」
ラズルは理解した。あの植物は魔法によって生み出された強化植物なのだと。
魔法使いの中には植物を利用して敵対する者を攻撃したり情報収集を行う者が居る。
おそらくはあの植物もそうなのだろうとラズルはあたりをつけた。
「となると、誰かがこの世界に来て俺のダンジョンの邪魔を始めたって訳か」
魔王は個人事業主である。
それはつまり自分以外の魔王は商売敵だという事だ。
商売敵である以上、近くで経営している他の魔王の邪魔をする魔王は少なくない。
「それが面倒だからってのもあって異世界でダンジョンを経営してるんだがなぁ」
それがラズルなりのリスクヘッジであった。
だがそれでも尚妨害をしてきた事に、業界で目立つ事のリスクを実感するラズル。
「ち、違うよ。あれはそうじゃなくて」
「魔法でも無いのですか? ですがあのような異常繁殖する植物はこの世界には存在しない筈です」
ライナの言葉は正しかった。
確かに繁殖力の高い植物は多く存在するが、このダンジョンで繁殖した植物は大きさと繁殖力を考えると明らかに地球上の植物とは思えないのだ。
「あれはね……その、ス、スーパーで買った植物の種なの!」
リリルは遂にはっきりとした言葉でそれを口にした。
「……は?」
「スーパーに買出しに行ったついでにね、売れ残りの朝顔の種を買ったの。フリーフロアって売店だけで寂しいから、お花があったら綺麗かなって。それででっかい朝顔を育てて夜の間にフリーフロアに置いておいたの。……そしてら蔦が伸びてあんなになっちゃったの」
「「……」」
ラズルとライナは頭を抱えた。
「ライナ」
「今検索しました。朝顔と言うのは大体5月から6月に植えて2~3ヵ月後に花を咲かせる植物です。非常に育て易く、また寒さに弱い植物との事です。ただ、所詮は園芸用の植物ですので、大した大きさには育ちません。とてもダンジョン内を覆い尽くすような植物に育つとは」
ラズルとライナはため息を吐いた。
「やっぱアレかな」
「おそらく、リリルの育成能力はモンスター以外の生物の育成にも影響するのだと」
「ご、ごめんなさい」
リリルが泣きそうな顔で謝る。
さすがのラズルも困惑した。リリル自体に悪意は無い訳で、たかが植物を育てただけでこんな事になるとは誰も思わなかったからだ。
コレにはラズルもリリルを叱る事はできない。
リリルに非は無いのだからだ。
寧ろ相談されていたら喜んで許可していただろう。
孫を可愛がる祖父の気持ちで。
「ともあれ、この朝顔はホムンクルス達に処分させます」
「ああ、頼むよ」
リリルがラズルをじっと見ている。
いつ叱られるのかとオドオドしながら。
(でもリリルに罪は無いんだよなぁ)
「まぁ悪気があってした事でも無いんだし。今回は不問だな」
罰が無いと知ってほっとするリリル。
ラズルは怯えていたリリルの頭を優しく撫でてやる。
「ですが、これは色々と調べる必要がありますね」
ライナがホムンクルスに指示を与えながら呟く。
「調べる?」
「はい。この世界の植物に対してリリルの育成能力が効果を発揮したとなれば、動物、魚、鳥、昆虫、野菜といったほかの生命に対しても育成能力が発揮されるのかを調べる必要があります。例えばリリルが黒毛和牛や金華豚を育てたらどれ程の大きさと味になるのか。ダンジョン内に様々な気温、気圧、光源を調整した栽培育成フロアを作ったらどれだけ美味し……利益を生み出せるのかを調べる必要があるでしょう」
「いま本音出たぞ」
久々にライナのソロバンスイッチが入っていた。
「と言う訳で、生簀フロアに続いて新たに牧場フロアと畑フロアの新設を進言いたします」
「お前はこのダンジョンを農家にするつもりか」
呆れるラズルの袖をリリルが引っ張る。
「どうしたリリル?」
「あのね、僕……も、パパに美味しいご飯作って……あげたいな」
ちょっと5層ほどフロアを増設した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます