第36話 過去編1 魔王開業します!

 これは、とある若者が魔王になった日の事である。


 ◆


「開業申請の書類確認が完了致しました。本日より魔王ラズル様はダンジョン運営が可能となりました。頑張ってくださいね」


 若き魔族ラズルは隠しきれない興奮を隠しつつ、大魔王城職員から受け取った各種書類を手に意気揚々と大魔王城を飛びだした。


「やったぜ、遂に俺も魔王デビューだ! さっそくダンジョンを作るぜ!」


 魔王、それは大魔王ビッグワン主導で進められた新しい侵略形態である。

 ちなみに大魔王の読み方はビッグで上がり、ワンで下がる。


 魔王とは一種の自営業で、ダンジョンを経営し、やって来た人間の欲望エネルギーや魔力を集めるのが仕事だ。

 つまり電気会社やガソリンスタンドの様なものである。

 だが魔王は甘い仕事ではない。

 たとえダンジョンを運営しても、簡単に儲けが出る訳ではないのだ。

 ダンジョンに侵入してくる人間達を迎え撃つ魔物を使役し罠を張り、時に人間の欲望を刺激する為に宝箱を配置する事も重要である。

 客の来ないダンジョンなどただの空き家と同じだからだ。

 そうして多くの命と欲望のエネルギーとついでに冒険者達の装備を売り払って魔王は収入を得る。

 たまに勇者に襲撃されて死ぬ魔王がいるが、確率的には押し込み強盗に襲われる程度の確立である。


 しかるに魔王は、見た目の華やかさとは裏腹に過酷な職業である。

 だが、一握りの成功者である一流魔王を夢見る若者達が居なくなる事は無い。


 この若者、ラズルの様に。


「あらラズル、ご機嫌ね」


 ラズルを呼び止めたのは幼馴染にして食堂の看板娘であるリナリーだ。

 勿論彼女も魔族である。

 リナリーの肌は青い。青魔族と呼ばれる水属性の魔法が得意な魔族である。

 肩まで伸びた髪は緑色をしており、目は肌と対照的にルビーの様に真っ赤であった。


 ラズルはそんなチャーミングなリナリーの青い肌に見とれつつも元気に返事をする。


「ああ、遂に俺も魔王デビューさ!」


「あらすごいじゃない」


 この世界において魔王になったとは、自分の会社を興したぜ! と言うレベルであり、この会話は大抵は二、三年で倒産するなまで含めた生暖かい賞賛である。


「今まで貯めた貯金をはたいて最高のダンジョンを作ってやるぜ!」


 しかしラズルはリナリーのと周囲の魔族達の生暖かい視線に気付かない。

 人間、自分がその立場に立つと正常な目で状況を理解できないものだ。


「それで何処にダンジョンを作るの? やっぱり人間の国が近いサーザンの辺り? それとも新人冒険者が多いイーズの方?」


 サーザンは人間族が多く生息する南の地域であり、食料が比較的豊富な為町の数も多い。

 人間の冒険者を呼び込むには丁度良い立地だった。

 だが逆に同じ事を考えた魔王が多い為、激戦区といえる。新人が冒険者達を呼び込むには少々過酷な土地であった。

 逆にイーズは地上に強い魔物が少ない為、新人の冒険者が力試しに集まる土地で、新人魔王にも優しい地域と言えた。その分儲けは少ないが。


 しかしラズルは首を振る。


「どっちでもない」


「え? じゃあウェース? それともノズー? あの辺りは旨みが少ないから古参の魔王が新人を締め出してるんでしょ?」


 ウェースは複数の種族の国が重なる地帯で、種族間抗争の激しい土地だ。それゆえダンジョンに入る戦力があるなら傭兵として働けというのがウェースの土地柄だ。

 ノズーは単純に土地が枯れている為、お宝よりも食料が求められる。

 つまりどちらの土地もダンジョン運営には向かないのである。


「そこでもない。俺がダンジョンを作るのはこの世界じゃない。異世界だ!」


 ビシィ! っとラズルはリナリーに指を付きつけた。


「……」


 だが当のリナリーは呆れた顔をラズルに向ける。


「ねぇラズル。貴方の言ってる異世界ってあの異世界?」


「ああ、その異世界だ」


 リナリーはため息をついた。

 ダンジョン運営者にとって、異世界とは絶対に倒産するハズレ立地だからだ。

 数年置きに閉店に追い込まれるパチンコ屋のように、異世界とはダンジョン運営の対極の土地と言われていた。

 リナリーでなくとも呆れるというものだ。

 異世界にダンジョンを作らないというのはダンジョン経営を知らない素人でも知っている常識であった。


「ラズル、悪い事は言わないからイーズにしておきなさいよ。まずは安全にダンジョンを経営するべきよ。冒険するのはソレからでも遅くはないわ」


 リナリーの知っているラズルはお調子者なところはあるものの、決して愚か者ではなかった。

 むしろ頭の回転は速く、自分達の予想もしない事をやらかして問題を解決する事のできる発想力に溢れていると彼女は評価していた。

 そんなラズルがあまりにも愚かしい事を言い出したのだからリナリーも驚きを隠せなかったのである。

 一体何がラズルをこんな分の悪い賭けに走らせたのか。


「大丈夫だってリナリー」


 ラズルはポケットから何かを取り出し、リナリーに突き出した。


「俺にはコイツがあるからな!」


 それは不思議な板だった。

 手のひらに収まるほど小さな金属質の青い箱で、中に黒く四角い宝石がはめ込まれていたのだ。


「何コレ? マジックアイテム?」


 見た事も無い品物にリナリーは不気味なモノを感じた。

 きっとコレがラズルに変な考えを抱かせたのだ。


「その通り! ただしコイツは異世界のマジックアイテムなんだ!」


 ラズルが不思議な板の側面にある突起を押すと、突然黒く四角い宝石が絵画へと変貌した。


「えっ!? 何コレ?」


 その絵画は、大きさからは想像も出来ないほど恐ろしく精密な絵が描かれており、針の先ほどの線にまで色鮮やかな絵の具が塗られている。

 ここまで鮮やかな絵の具をリナリーは見た事がなかった。


「これはスマホって言うんだ」


「スマホ?」


 リナリーは再びスマホに描かれた絵を見る。

 やはりトンデモナイ精緻さを誇る絵だとリナリーは驚愕する。

 その絵には武装した人間や獣人達が描かれており、何かしらの未知の言語が書かれていた。

 きっとこの絵を形作る為の呪文だろうとリナリーは思った。

 と、そこでリナリーはおかしな事に気付く。


「この文字、動いている!?」


 そう、スマホに描かれた文字がゆらゆらと動いていたのだ。

 ソレを見たリナリーは、やはりこの動く絵はマジックアイテムで、ラズルは異世界からこの動く絵を大量に手に入れる為にダンジョンの転移術を利用しようとしていると気付いた。


 しかしそれは大間違いであった。

 ラズルが考えているのは至極まっとうなダンジョン運営。


「このスマホで俺は異世界の文化を知った。そしてこれがあれば俺は異世界で最強最高のダンジョンを運営する事が出来る!」


 ラズルが天高くスマホを掲げて叫んだ。


「そう! 課金ダンジョンを!」


 この日、ダンジョンの運営方法の常識を覆す魔王が生まれた。

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