第36話 乱戦

「ラズル様、33階に探索者の集団が集まっています」


「探索者の集団?」


 ライナの報告を受けてラズルがモニターを確認する。


「モンスター部屋の前におおよそ18人ほどの探索者が集まっています。更に周辺の曲がり角にそれぞれ12人ほどが待機しています。合計すると60人近くがモンスター部屋の近くに待機している事になります」


「多いな。モンスター部屋の前、更にそこから放射状に曲がり角で待機する探索者達か」


「やはりモンスター部屋攻略の為でしょうか?」


「だろうな」


 現状、一般の探索者達は33階で足止めを喰らっていた。

 理由は単純な火力不足だ。

 モンスター部屋の中には所狭しと大量のモンスターが要る為、その奥にある扉にたどり着く事は容易ではない。

 一部のパーティは防御アイテムでガチガチに身を固め、回復アイテムを頼りに室内に突入して扉を探した。

 そして四方の壁にたどり着き、扉を探している間に力尽きると復活アイテムでフリーフロアに強制送還という荒業を繰り返し、モンスター部屋のおおよその広さと扉の位置を確認。次の探索で回避装備に身を包み、扉まで全速力で突撃という力技でモンスター部屋をやり過ごすのが現状唯一といって良い方法であった。

 これは現在配布されているアイテムに特殊攻撃系の武器や杖が極端に少ないからだ。

 と、言うのもラズルがそういったアイテムを意図的に制限していたからなのだが。

 あまりにも強力な能力を持つアイテムは、ダンジョンの外で犯罪に使われる危険が高い。

 ただの武器なら物理的な犯罪に使われるだけだが、それに睡眠や麻痺といった特殊効果が入ると、犯罪の幅が広がってしまう。

 何より、人間は直接相手を傷付ける事を恐れる傾向がある。それは傷を与える事によって自分が加害者として相手に被害を及ぼした証拠が残るからだ。

 更に傷害の現場を見られる可能性も高い。

 幾ら犯罪者でも、更なるリスクを負う事の危険さは理解しているものだ。

 だが、傷を付けずに相手を無力化できるとなると、人間の心のタガは予想外に外れ易くなる。

 わかり易く言えば、他人に襲い掛かってお金を奪うのと、他人が落とした財布を警察に届けずに勝手に使ってしまう事の違いだ。

 どちらも他人の金を奪う行為だが、後者の方がバレる危険が少ない事で心理的抑制が働き難くなる。

 その為、ラズルは人間の心理的抑制を外し易いアイテムの放出を制限した。

 あまりにもダンジョンのアイテムを使った犯罪が増えれば、ダンジョンへの出入りに制限を受けかねないからだ。

 だが、極少数そういった特殊なアイテムがあると知れば、人に言えない欲望を満たす為に熱心にガチャを回してお金と欲望エネルギーを落としていってくれる。

 だからそうしたアイテムは皆無ではなかった。


「む、動くか」


 モニターの向こうの探索者達が扉を開け、魔法の杖を使って部屋の中に大量の魔法を放つ。

 魔法を放った彼等は、即座に扉の横に移動して後方の探索者達と交代した。

 配置としては扉の左右に近接武器を装備した探索者が待機し、扉の前だけが通路の反対側の壁まで無人であった。


 扉から攻撃していた探索者が仲間と交代すると、丁度小型のモンスターが扉から出てくる。

 探索者達は、出てきたモンスターに一斉に攻撃を行った。

 33階のモンスターは上層階のモンスターに比べれはかなり強い。

 だがレアアイテムに身を包んだ探索者達の一斉攻撃を受ければ流石に持たない。

 哀れモンスターは早々に戦いから脱落した。

 しかし間髪いれずに次のモンスターが扉から出てくる。

 探索者達が攻撃をするが、モンスターは走る勢いを止めず反対側の壁まで到達した。

 そして続くように2体の魔物が出てくる。


『急げ! 食い止めろ!』


 探索者達が出てきたモンスターを相手に攻撃を行う。

 だがその姿にラズルは違和感を覚えた。


「随分と焦って闘うな」


「焦るですか?」


「ああ。連中、加減せずに全力で攻撃してるぞ。こんなペースで攻撃したら魔法の杖の魔力も回復アイテムもすぐに尽きる。中に残っているモンスターを全て殲滅するには余力が足りなさ過ぎるだろ」


 だがラズルの疑問はすぐに探索者が解決してくれた。

 探索者達が一定時間闘うと、曲がり角で待機していた探索者達が扉に向かって走ってきたのだ。


『交代だ!』


『任せた!』


 コレまで扉の前で戦っていた探索者達が曲がり角から来た探索者と交代して下がり、曲がり角でアイテムの交換をしたり回復アイテムで傷を治し始める。


「ああ、そういう事か。コイツ等同盟を組んだんだな」


「同盟ですか?」


「ああ、モンスター部屋のモンスターの数は……自分でやらせておいてなんだが数が多い。だから扉の外に少量ずつおびき寄せて撃破し、消耗したら通路が詰まらない様に距離を置いて待機していた連中と交代して回復と補給を行う作戦みたいだ」


 ラズルの憶測は当たっていた。

 モンスター部屋への突撃による下層への移動は精神的負担が大きい上に、途中で敵に捕まった仲間が脱落する危険があったからだ。

 故に、探索者達はそれに対抗するべく同盟を組んでモンスター部屋の殲滅を試みた。

 何より外で待ち伏せるというのは、扉から出ようとするモンスターの数を制限するのにとても役立った。


「これは、単独の探索者や必要以上に群れる事を嫌う探索者達にはキツい展開だな」


 ラズルは下層に向かう探索者達が途中で諦める事を危惧した。


「少数で行動する事を良しとするチームはモンスター部屋の通り抜け率が高いですね。単独探索者も同様です。彼等は己の力を高める為にダンジョンに潜っているので、ガチャの回転率の心配もありません。モンスター部屋の配置はこのままでも良いでしょう。私としては此処を起点として遊びの探索者と本気の探索者を分けるべきだと考えます」


 魔王であるラズルにとって重要なのは、人間の欲望エネルギーを満たす事である。ガチャはその為の手段の1つに過ぎない。

 だがガチャを回さない者はガチャを回す者に対して欲望エネルギーの利益率が低い。

 なにより、彼等が最下層まで来る事だけは間違ってもあってはいけない。

 だからこそ、ライナは彼等を本気で処分したいと考えた。


「分かった。モンスター部屋はそのままにしよう。ただガチャに範囲攻撃の出来るアイテムを増やす事にしよう。探索者達がモンスター部屋対策のアイテムとおもってガチャを回してくれるだろうからな」


「それは良いアイデアだと思います」


 主の為、ライナは無課金探索者達の抹殺を心に誓うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る