第35話 モンスターハウス

「結局戻ってきたか」


 村田達特課迷宮中隊、通称特迷二課は先ほどの扉の前に戻ってきていた。


「他に階段への道が無い以上、ここを通るしかないんでしょうね」


 志野原が気だるそうに返事をする。


「当然だ! モンスターを退治するのが我々の本来の任務だぞ! 上で頑張ってる一課に申し訳ないと思わんのか!」


「思わねぇよ」


 一課とは、警察がダンジョン対策の為に新たに作り上げた特課迷宮中隊のもう1つの部隊である。任務は迷宮上層を徘徊するモンスターの間引きと初心者探索者の保護だ。

 ダンジョンのモンスターが地上に出てきたという事例は今の所無いが、いつモンスターが駅前に出現しないとも限らない。

 その為に警察がモンスターと闘う事で市民団体に対して安全アピールをする必要があるのだ。

 つまりは宣伝部隊である。

 表向きの人命救助と害獣退治は一課が行い、二課はモンスターの発生源を突き止めるのが仕事だ。

 出世を考えれば表に露出する一課の方が評判は良い。

 逆に試作品装備に身を包んで秘密裏に活動を続ける二課は出世とは縁遠い存在であった。

 もっとも、出世欲の高い大田はその事に気付いていないが。

 彼はこの極秘任務を成功させれば上層部の覚えも良くなると考え張り切っていた。


「では俺がドアを開けたら志野原と大田が突入。モンスターの姿を確認したら一斉射撃。待ち伏せで魔法攻撃が来るようなら合図を送って亞部くん達に結界を張って貰え」


「「了解!!」」


 志野原と大田が敬礼で応える。


「ではそう言う事ですので1つ宜しく」


「分かりました!」


「承知いたしました」


 青明と樟葉も承諾した事で、村田はドアに手をかけ志野原達がいつでも入れる体勢になるのを待ち、二人が試作機関銃を構えるのと同時に村田は素早くドアを開けた。

 最初に大田が入る。次いで志野原が入る。


「敵発見攻撃する!!!」


「馬鹿逃げ……」


 大田の言葉に対し志野原が撤退を進言するものの、その言葉は銃撃でかき消されてしまった。


「ああくそっ!」


 戦いが始まった以上は仕方がないと志野原の銃撃音も重なる。

 村田は自分の銃を構えて扉の向こうに転がり込む。


「うわぁ」


 そこに居たのは、視界を埋め尽くすモンスターの群れだった。

 天井以外モンスターの姿しか見えない。


「志野原、大田、撤退するぞ!」


 村田は青明達が入ってくる前に通路に戻ると、志野原と大田が戻り次第ドアを閉めて走り出した。


「上の階層まで逃げるぞ。急げ!」


 ◆


「結局、あの扉の向こうには何があったんですか?」


 上の階層まで戻ってきた村田達は、下層への階段近くで荒い息を吐いてへたり込んでいた。


「いやね……部屋いっぱいにモンスターの大群がいたんですよ。それも壁が見えないくらいに」


「まぁ」


 中の様子を確認できなかった樟葉は驚きの声を上げる。


「隊長、ありゃあ10や20じゃ効きませんよ。大田のヤツがどれだけ撃ち殺しても次から次から現れて、少なくとも50は居たんじゃないですかね? 機関銃程度じゃ焼け石に水です。弾が持ちません」


 下層に潜ってくると、スライムの様な物理無効のモンスター以外にも単純に硬い敵が増えてきたのだ。

 中には上層で遭遇するモンスターも居たが、こちらはリリルが育てた強化モンスターである。

 それゆえにマガジンの消費量が増えてきていたのだ。


「だよなぁ。ちょっとあの数はやばかったよなぁ」


 流石の村田もコレには参った。


「手榴弾でも申請するかね。けど万が一ダンジョンが崩落したら不味いしなぁ」


「生物なんですから、催涙弾なんてどうですかねぇ」


「ああ、それなら許可が下りるかもしれないな。なんにせよ、一旦戻るか」


 体勢を立て直す事になった村田達は一旦地上へ帰還する事となった。


 ◆


「あっさりと引いたな」


「ええ。モンスター部屋に対抗する為の装備を整えるみたいです」


 ラズルとライナの二人は、村田達があっさりと引き返した事に拍子抜けだった。


「とりあえず海外の騎士団が使用していた武器は回収しましたので、これ等を職人に解析させて量産できるかを調べます」


「ああ、宜しく」


(さて、どんな手段を講じてくるやら)


 ◆

 

 数日後、村田達特迷二課は再びモンスター小屋の前までやって来た。


「今回は催涙弾の使用が許可されている。また、医療用麻酔ガスを噴出する麻酔弾の試作品も渡されている。全員マスクの準備は良いか?」


 村田が部下達の様子を見回すと、青明と樟葉がガスマスクの取り付けに四苦八苦していた。


「マスクをつけた時は隙間が出来ないか注意してください」


 コレ幸いと大田が樟葉にマスクの付け方をレクチャーしている。


(けど相手は眼中に無い感じなんだよなぁ)


 明らかに実る気配の無い大田の春を村田はそっとスルーした。


「では最初に麻酔弾を室内に発射する。志野原!」


 村田の指示を受けて志野原が麻酔弾の入った特殊グレネードランチャーを構える。


「撃ったらすぐ大田と交代しろ。大田も撃ったらすぐに下がれ。扉を閉め麻酔ガスの効果が発揮するまで待機する。つっかえ棒を忘れるなよ!」


「「了解!」」


「それじゃ、作戦開始だ!」


 村田の命令と共に志野原と大田が扉の横に並びグレネードを構える。

 そして村田が扉を開けると、志野原が扉の前に立ち麻酔弾を射出、即座に大田と交代して大田も麻酔弾を射出した。


「大田下がれ!」


 村田の言葉に従い大田が下がると村田が扉を閉める。


「志野原!」


 志野原がジャッキ式のつっかえ棒を扉の前に置き、ハンドルを回して扉と壁を押し付ける様につっかえ棒を延ばした。

 これはモンスターが扉を開けて逃げれないようにする為作られた急造の簡易バリケード棒である。

 ダンジョン内でバリケードの使えるような物はそうそうない。

 だから室内で洗濯物を干す為に使う道具【洗濯棒】と車のタイヤ交換用ジャッキを参考に整備班が開発したのである。


 扉に重いモノがぶつかる音が響く。

 その度につっかえ棒がギシギシと軋む。


「扉が破壊された場合は、催涙弾を発射して出入り口に居る連中の視界を奪って攻撃する。敵の死体で出入り口を塞げ」


「「了解!!」」


 志野原達が催涙弾の入ったグレネードを構えて扉の横に待機する。

 その間も扉は内部からの体当たりで軋みを上げる。


 だが、暫くするとその音が鳴る感覚が長くなってきた。

 そしてついには音が鳴らなくなった。


「あと5分待って何も無ければつっかえ棒を外して中を確認する」


「「了解」」


 そして、5分が経過した。


 ◆


「グッスリ寝てますね」


「生き物だけあって睡眠薬は効くみたいだな」


(これは朗報か。危険な生き物であっても、薬を使った戦術なら効果を期待できる)


「よし、今のうちにモンスターを始末するぞ。起こす危険があるから音を鳴らさない様にサイレンサー装備のハンドガンかナイフで首をかき切れ」


「「了解」」


 ややトーンを落とした声で返事をした志野原達は、眠っているモンスター達の始末を始めた。


「おわぁぁぁぁっ!?」


 とそこに大田の悲鳴が上がる。


「どうした大田!?」


 村田が大田の向かった方角を見ると、そこにはスライムに纏わり付かれた大田の姿があった。


「あちゃー、スライムには効かんかったか」


「肺とかありませんからねぇ」


「おおおおおおっ!! 離れろ! 離れろぉぉぉぉ!!」


 大田はスライムを引き剥がそうと手で掴むが、粘体であるスライムはするりとすり抜けてしまう。


「あー、すみませんがよろしくお願いします」


 村田は慌てず騒がす樟葉に対処をお願いする。


「承知致しました。鬼火よ!」


 樟葉が符を宙に放つと、そこから火の玉が現れて大田に飛んで行く。

 そして太田ごとスライムを焼き尽くした。


「うわぁぁぁぁ!!!」


 絶叫する大田。


「落ち着けって。その火は熱くないし、なによりお前さんの装備は耐火繊維でしょうが」


「あっ」


 村田の突っ込みを喰らった大田は樟葉の炎によるダメージが無い事に気付き、冷静さを取り戻す。


「スライムに薬が効かない以上、お宅らにはまだまだ頼る事になりそうですなぁ」


「お気になさらず。それが私達の仕事ですから」


 村田の言葉に対し、樟葉は問題ないと応える。

 が、内心では全く逆の気持ちであった。


(ああもう、何時になったら青明様との2人っきりの探索に戻れるんですか!!)


 彼等の旅路はまだまだ道半ばであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る