第31話 新しい僕

「ふーむ」


 養殖場でサーヤを食べていたラズルは何か納得がいかない様な顔で唸る。


「どうかしたんですか?」


 ラズルが食事時にそんな顔をするのは珍しいとライナが心配そうに見てくる。

 もっとも、ラズルが食事中に笑顔を絶やさないのは、ライナが美味しそうに食事するのを見るのが好きだからであるが。


「いや、サーヤの味がイマイチだなって」


「そうなんで……」


「そんな事ないですニャ!! ダンジョンのサーヤはとっても美味しいですニャ!!」


 一緒にサーヤを食べていたニャウが蕩ける様な表情でサーヤを褒め称える。


「ニャウは落ち着くウサ」


「ほら、ほっぺにお弁当が付いてるワン」


 完全に幼児化したニャウがラウとワウにかいがいしく世話をされている。

 クール系だと思っていたニャウがたかが食事でここまではしゃいでいる事をラズルはほほえましく思った。


「昔働いていたダンジョンのオーナーだった魔王にさ、社員旅行として海に連れて行ってもらったんだ。俺はバイトだったのに、将来有望だからお前も来いっていわれてさ」


「……」


 ラズルの言葉に無言で頷くライナ。


(それは、ラズル様をご自分の部下にするつもりだったと言う事でしょうか? だとしたら、もしそうなっていたら、私はこの世界に生まれてくる事は無かった……ラズル様の使い魔として生まれてくる事はなかったという事ですか?)


 ライナはもぞもぞとラズルの懐に入り、膝の上にちょこんと乗る。


「お、おいどうしたんだよ?」


「いえ別に、お話の続きをどうぞ」


「どうぞって……」


 ライナにしてみれば創造主であるラズルに甘えるのは親に甘えるのも同然であるが、ラズルからしてみれば、自分の理想の美少女が体を密着させてくるのだから、それはもう気が休まらない。


(ああ、良い匂いだなぁ。それに柔らかい)


「ええと、何処まで話したっけ……ああそうそう。上司に連れて行かれた所が魚料理で有名な所でさ、そこで出されたサーヤが絶品だったんだよ」


 ラズルの故郷で魚料理が絶品な地域と聞いて、ライナは自分が調べたまだ見ぬ異世界の情報を思い出す。


「それってトゥキージニャ!? あの魚料理の聖地の!?」


 凄まじい勢いでサーヤを食べていたニャウが話に食いついてくる。

 しかも魚で理性が蕩けている為、バッチリと体が密着していた。

 それはもうムニュンムニュンである。


「あ、ああ、そうだ。トゥキージの旅館は取れたての魚が出てくるからさ」


「トゥキージ、ああ、猫系獣人族の聖地! お土産に買った筈の高級干し魚の数々は家に帰る前に無くなってしまう事から星魚といわれるあのトゥキージ!!」


「それは食い意地がはりすぎているだけウサ」


「だから猫系種族がお土産の干し魚を買う時は、匂いの洩れない専用の箱につめて、さらに柑橘系の香水をかけて我慢できるようにするサービスがあるって聞いたワン」


 業の深い話だと、ラズルとライナは心の中で思った。


「ここはホムンクルスが管理しているけど、やっぱりプロじゃないし、天然モノじゃないからどうしても味が落ちるな。本物のサーヤなら日本の高級料理店においても時価で取引されるだろうけど」


「これ程美味しいのに、更に上のサーヤがあるのですか?」


 たかが食材と侮っていたライナはその金額に驚愕する。


「ああ。食材はその味で大きく値段が変わる。こと料理だけは量ではなく味で価格が決まるからな」


(だからこそ、そろそろ頃合か。既に資金も集まっている。新しいステージに進むのも良いだろう)


 ラズルはベッタリくっついてくるライナの頭を撫でながら、1つの決心をした。


(よし、あたらしい使い魔を創造しよう)


 ◆


 ダンジョンコアルームに、ラズルとライナの二人は居た。


「これから新しい使い魔を創造しようと思う」


「っ!?」


 ラズルの言葉にライナが激しく動揺する。


「どうしたライナ?」


 ライナは顔面蒼白だ。


「私では、ご満足頂けませんでしたか?」


「は?」


 何故その様な話になるのかと、ラズルは首をかしげた。


「確かに私はダンジョンの管理業務しか出来ません……ですが! 私はラズル様が望むのでしたらどんな事でも致します! ラズル様が望むのならば今以上に魔貨を集める策も考えますから!! ですから……」


 そこまで言われて、ようやくラズルはライナの言いたい事を理解した。


「そうじゃない、そうじゃないよライナ。お前を捨てるつもりなんて無いさ。俺は新しく、モンスターを管理する為の魔物を創造しようと思っただけだ」


「モンスターの管理……やはり私の運営では不満でしたか……」


 見るからにしょんぼりとするライナ。


「だからそうじゃないって。さっきサーヤの話はしただろ? 俺が創造しようとしてるのは、食用モンスターの管理をしてくれる生活面のサポート使い魔だよ」


「生活面……ですか?」


 ライナが首をかしげる。


「ああ。俺もライナもダンジョンの運営に忙しいだろ。そうなるとそれ以外の役目をするヤツが居ない。だから食用モンスターの管理や俺達の手の届かない所でサポートしてくれるヤツが欲しいなって思ったんだ」


「成程…………っ!?」


 と、そこで漸く自分の考え違いに気付いたライナが顔を真っ赤して顔を隠す。

 あまりにも真っ赤なので、いまにも湯気が出そうな雰囲気だ。


「あー。まぁそう言う訳なんで、新しい使い魔を創造するから」


「ははははははい!!! わ、私は書類作業がありますので自室に戻ります!!!」


 恥ずかしさが極まったライナがサブのノートパソコンを抱きかかえてダンジョンコアルームから飛び出していく。


「もうちょっと分かりやすく説明するべきだったか」


 なんとなく自分もその場の空気に引っ張られて顔が火照るラズル。


「さて、それじゃあ気を取り直して新しい使い魔を創造しますか!」


 ラズルはダンジョンコアを操作して使い魔のパラメータ設定を行う。


「まずは忠誠心をカンストにしてと、次にモンスター育成能力もカンストに。あとは……せっかく育てた食材も料理人の腕が未熟じゃあ意味が無いし、俺達は事務方だから、生活のサポートもして欲しいな。って訳で家事の能力もカンストっと。ああ、やっぱパラメータカンストだと魔貨食うな。容姿はどうしようかな。ライナが長髪だから新しい使い魔はショートカットにしてっと。他にはこうしてこうと……」


 ラズルは新しい使い魔のパラメータ調整に熱中していく。

 そして数時間が経過し、ようやく納得のいく設定が出来上がった。


「完成だぁぁぁ! いやー、ついつい熱中しすぎて予算オーバーを繰り返してしまったぜ」


 出来上がった使い魔のパラメータ設定を再度確認していくラズル。


「おっと、今回は燃費も考えないとな。……うーん、やっぱこの性能で燃費も良くすると予算がきつくなるな。新しいフロアやアイテムもあるし、燃費はカンストじゃなくそれなりにしておこう」


 最終チェックが完了したラズルは、必要とされる魔貨の欄を見て予算範囲内に収まった事を確認する。


「よし! それでは使い魔創造開始!!!」


 ラズルがダンジョンコアに命令を下すと、ダンジョンコアの上部に輝く球体が表れる。

 使い魔のコアを保護する結界だ。

 中にあるコアに、ラズルが設定した能力値や外見が組み上げられていく。

 全ての設定をダウンロードされた使い魔のコアに、大量の魔力が注ぎ込まれて物質化を始める。


「さぁ生まれろ俺の新たな使い魔!!」


 輝きが最高潮に達した瞬間、光は弾け飛びその中から褐色の肌の少女が現れた。


「ようこそ俺の新たな使い魔! お前の名前はリリルだ!」


 リリルと名付けられた使い魔が目を開く。

 褐色の瞼の影から、黄金の瞳が姿を現す。

 リリルは、ライナと比べると幼い体つきをしており、肌が大きく露出していた。

 上半身は胸までしか隠さない白いノースリーブの襟付きシャツでへそが見えている。下半身は半ズボンで健康的な太ももが足の先まで伸び、靴の替わりにかかとを固定するサンダルを履いていた。

 背中には黒く小さな鳥の羽、お尻からは細い尻尾が生えている。

 この世界の住人が見たら堕天使と思うだろうか?

 そして、リリルは小さな羽根をパタパタを羽ばたかせながらラズルに抱きついた。


「パパー!!」


 それがリリルの第一声であった。

 キャラクターが幼めに設定されたリリルは、精神年齢も幼めだったのだ。

 リリルの尻尾がまるで犬の様にパタパタと揺れる。


「これから宜しくなリリル」


「うん、僕パパの為に頑張るよ!」


(これで新しい戦略が試せるようになったぞ)

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