第30話 食用モンスター

「あー、ソボリョー食べたいな」


 ダンジョンの管理業務を行っていたラズルは、唐突にそんな事を口にした。


「ソボリョーですか?」


 聞き覚えの無い名前にライナが首をかしげる。


「ああ、ライナは知らないか。俺達の世界の魚っぽい生き物の事だ。塩焼きにすると美味いんだよ」


「ほほう」


 ライナの目がきらりと輝く。


「けど向こうに戻っても海まで行かないとなー。魔王やってちゃそうそう行けんか」


 ダンジョン運営がある以上、魔王であるラズルは長期間ダンジョンを留守にする訳にはいかない。それゆえ懐かしの味を楽しむ事もできないでいた。


「でしたら、ダンジョンで養殖されてはいかがですか?」


「養殖?」


「はい。ちょうどシーダンジョンがあるのですから、そこの一フロアを使ってソボリョーを始めとした海産物を養殖すれば宜しいかと」


 ライナの提案にラズルは計算を始める。


(なるほど、こちらでは手には入らない食材を自分で育てるのはありといえばありか。だが養殖となると一大事業だ。ただ食べたいだけで養殖場を作るのもな)


 ラズルはダンジョンコアとライナを交互に見る。


(いっそ、商売にしてしまうか?)


 ◆


「シーダンジョンに特殊モンスターが登場したニャァァァァァ!!」


 珍しく興奮した様子のニャウの姿に、フリーフロアで休憩していた探索者達が寄って来る。


「どうしたんだいニャウちゃん。珍しく興奮して」


「どうしたもこうしたも無いニャ! シーダンジョンに食用モンスターが入荷されたのニャ!」


「「「食用モンスター?」」」


 ニャウは興奮した様子でその事を探索者達に語り始める。


「新しくシーダンジョンに放たれたモンスターは3種。この世界の魚に似た形をしたモンスターにゃ。名前はソボリョーニャ。ソボリョーは塩焼きにするととっても美味しいのニャ。皮だけを焼いても美味しいニャ。」


 ジュルリとよだれが垂れそうになるのを堪えるニャウ。


「そして次がギンニヤニャ。ギンニヤは煮物にするととっても味が染み込み易くて素人でも芯までしっかり味が染み込むのニャ。けどプロの調理したギンニヤは味の染み込みが均一で、噛みしめる度にジュワっと出汁が染み出してくるから更においしいのニャ」


 涎を垂らしながらニャウがギンニヤを食べる光景を夢想する。


「そして最後は最近養殖が成功する様になってきた貴重な魚、サーヤニャ。サーヤはスッゴイ繊細な魚で、飼育環境や捕まえる際のストレスで味が大きく変わってしまうとっても大変な魚なのニャ。でも上手に捕まえたサーヤはホント美味しいのニャ。ただ茹でるだけで、自前の出汁であっさりとしたスープが出来上がり、肉はホロホロと口の中で蕩けるニャ。しかも骨は後で焼いて食べる事が出来るニャ」


 もはやニャウは涎を拭こうともせずにサーヤに思いを馳せる。


「仕事が終わったらニャウもサーヤを捕らえにシーダンジョンに潜るニャ。早くダンジョンに潜りたいニャ!!」


「はいはいウサ。分かったから仕事に戻るウサ」


 舞い上がったニャウを売店に戻すと、今度はワウが表に出てくる。


「と言う訳で、新しいモンスターが配備されたワン。今回のモンスターは食用で、買取をする事もできるワン。だけど食用モンスターは捕らえた時の状態で味が大きく変わるから、買い取り価格は厳しくなるワン」


 ラウが三種のモンスターの特徴の描かれた看板を、シーダンジョン入口脇の壁に貼り付けていく。

 そしてニャウは今だ夢の中であった。


 ◆


「よっしゃー! 新しいモンスターを狩るぜ!!」


 早速情報を聞いた探索者達がシーダンジョンへとやって来る。


「しっかし、食用モンスターとはいかにもゲームっぽいな」


「分かる。調理したらステータスとか上がらないかな」


「ゲーム脳乙。けど1回くらいは食べてみたいな。美味けりゃ魚料理をだす料亭とかに売れるかもしれないぜ。何せ異世界の魚だしな」


 そう雑談をする探索者の考えは間違ってはいなかった。

 事実多くの探索者達が新しいモンスターの捕獲に動き出していたのだから。


「未知の食材として売りさばく」


「好事家に新生物として高値で売る」


「美味いもの喰いたい」


「ニャウちゃんにプレゼントして好感度アップだぜ!!」


 思いはそれぞれであったが、みんなの目的はひとつになった。

 すなわち、食用モンスターの捕獲である。


 ◆


 シーダンジョンは人で溢れかえっていた。

 その様はさしずめ東京某所のイモ洗いプールの様な混雑振りである。


「おいどけよ!」


「そっちこそ! こっちの縄張りに入るんじゃねーよ!」


「そんなルールいつ決まったんだよ!」


 余りの狭さに頻繁に探索者同士がぶつかり、ついにはモンスターの捕縛そっちのけでケンカを始めてしまう探索者達まで表れる始末である。


 ソレゆえ、腕に自慢のある探索者達は深い階層での漁を目指す。


「大抵こういう食材系モンスターってのは下の下層ほど手ごわくて美味いのが相場だからな」


 薄暗い水のダンジョンの中、水中呼吸が可能な装備と水中でも照らす事の出来る灯りのアイテムを手に探索者達は食用モンスターを捕獲していく。風魔法や水魔法をぶつけたり、火魔法でダンジョンを満たす水を沸騰させてモンスターを茹で殺したりだ。


「よし、そこそこ集まったから空気のある場所まで戻って試食としゃれ込んでみよう!」


「よっしゃ。異世界の料理を楽しみますか」


 ◆


 水中階層から空気のある階層に戻ってきた探索者達は早速料理を始める。

 みればちらほらと周囲に灯りが見え、同じ様に調理をする探索者達の姿が見えた。


「他の連中も考える事は同じか」


 探索者はコモンアイテムのダガーでソボリョーの腹を捌いて内臓を取り出すと、あらかじめ用意していた串にソボリョーを突き刺していく。

 釣りの経験でもあるのか、その手際はなかなかのものだ。


「まずはソボリョーだな。塩焼きでも美味いって話だし。おい、火をくれ」


「オッケー」


 探索者の一人が炎の下級魔法を使える杖を取り出してソボリョーを焼き始める。

 強力な魔法の杖では真っ黒こげにしてしまうからあえて下級の魔法だ。


「よし、焼けた。早速試食タイムだ」


 全員分のソボリョーが焼けると、皆がソボリョーの刺さった串を手に取る。


「じゃ、頂きまーす」


「頂き!」


「もぐ」


 三者三様でソボリョーを食べ始める。


「ん、これは美味いな」


「うん。鮎に近い味かな」


「鮎高いしなぁ」


 ソボリョーの素朴な美味さに三人は舌鼓を打つ。


「素人の簡単な調理でコレだけ美味くなるんだから、プロが作ったら更に美味くなりそうだな」


「ああ、後でもっと狩ってこようぜ」


「賛成」


 仲間達が無邪気に笑っている。


「さて、次はギンニヤか。コイツは煮物が美味いんだっけ。誰か煮物の作れるヤツはいるか?」


 だが仲間達はそろって首を横に振る。


「仕方ない。コイツの味は帰りにスーパーで調味料や出汁の材料を買って試してみるとするか」


 料理に慣れていない探索者達がギンニヤの調理を諦めていたその時、別の場所では出汁の芳醇な匂いが漂っていた。


「よし、灰汁も取ったし、そろそろ味が染みこんでいる頃だろう」


 彼はとある料亭のコックである。

 新しい食材の噂を聞きつけた彼は、探索者を雇ってここまで潜ってきたのでだ。

 曰く、食材は手に入れてすぐ調理したほうが美味いという彼の師匠の理念からだ。


「じゃあさっさと喰いましょうや。あんまり美味そうな匂いをさせてると、モンスターが来ますからね」


 普段なら素人の護衛などという割に合わない仕事はしない彼等であったが、依頼主が料理人である事を知り、報酬とは別に出来立ての料理を食べさせて貰う事を条件に依頼を受けた。

 何しろ高級料亭の料理人である。普段の生活ならば絶対に敷居を跨ぐ事の出来ない店の味を、金を貰いながら味わえるのだ。

依頼主の料理人がわざわざ持参したおわんにギンニヤを出汁ごとよそって探索者達に配っていく。


「そんじゃあ頂きます」


 一応依頼主の手前なのでぎこちなくも手を合わせて試食を始める探索者達。

 最初は嬉々としてギンニヤに箸を差し込むと、箸が魚肉にするりと食い込んでいく。



「うお!? なんだこの柔らかさ」


 そっとこぼさないように箸で切り取った肉を口に運んでいく。


「おおっ!?」


 魚肉が口の中に入った途端、出汁が舌の上を流れ、その旨みで唾液が口内にあふれ出す。


「こ、こいつは美味い!」


「何て優しい味なんだ。まるで子供を抱き寄せる母親の様な包容力を感じる」


 若干料理番組の様なセリフで料理に感動する探索者もいたが、概ね全員の意見は美味で一致していた。


「最後はトリであるサーヤか。あのネコの娘さんから聞いた話では、茹でるだけでも吸い物として成立する味だという話だが……」


 料理人は内臓を抜き、身に切り込みを入れたサーヤを弱火でコトコト煮込む。

 そして沸騰しない様、気をつけて熱を内部まで浸透させた所で、サーヤの吸い物を探索者達に振舞った。


「これがニャウちゃんが涎を垂らして欲しがる料理か」


「ああ、ニャウちゃんの涎塗れになる料理だな」


「ニャウちゃんの涎料理か」


 何かが致命的にズレながらも、探索者達はサーヤの吸い物を口にする。


「……っ!?」


 欲望とご馳走で弛緩しきっていた探索者達の表情が一気に引き締まる。

 彼等はおわんから口を離すと、全員が異口同音でサーヤの感想を口にした。


「「「マズイ!!!」」」


「なっ!?」


 驚いた料理人が自分の分のサーヤの吸い物を口にする。


「……っ!?」


 しかし余りの不味さにすぐに口を離して中身を床に吐き捨てる。


「こ、これはどういう事だ!? 確かにソボリョーとギンニヤは美味だったというのに、サーヤだけ何故これ程不味いんだ!?」


 サーヤは信じられない不味さだった。

 具体的に言えば、鰹節の替わりに木の削りカスを振りかけたカブトムシの様な味だ。

 実際にカブトムシを食べた訳ではないが。

 そういうイメージの味という話だ。


「異世界人は味覚が違うのかな?」


「いや、それならソボリョーとギンニヤも不味い筈だろ。調理法が間違ってるんじゃないか?」


「けどプロの料理だぜ!?」


「プロって言っても、この世界の料理のプロだろ? 異世界の食材は初めての筈だ」


「確かに」


 探索者達がああでもない、こうでもないと議論をしている間、料理人は己の料理の余りの不味さに打ちひしがれていた。


「莫迦な、俺がこんな不味い料理を作るなんて……」


 一体何がダメだったのか、彼は必至で考えた。

 だが、ただ煮るだけで良いと言われたサーヤの吸い物を作る際には余計なモノは何も入れていない。

 不味くなる要素が無かった。


「だが事実不味かったのだから、何かを失敗したんだ。一体何を失敗したんだ!?」


 それは答えの出ない質問だった。

 初めての食材が相手なのだ。答えなどある筈も無い。


「すいません、もしかしたら俺達の捕まえ方に問題があったのかも」


「え?」


 打ちひしがれる料理人に探索者の一人が話しかける。


「確かニャウちゃんは捕まえ方で味が変わるっていってたんですよ。つまり今回は捕まえ方が悪くてサーヤは不味くなってしまったじゃないかと思ったんです」


 探索者の言葉に、料理人はプライドを取り戻す。


「よし、それじゃあ色々な捕まえ方を試してサーヤを最も美味しく食べれる方法を模索しましょう!!」


「「「応っ!!!」」」


 食欲と別の欲望に支配された男達が再びサーヤを捕獲する為に動き出す。

 全ては、美味い食い物と可愛い女の子の為に。


 ◆


「今日もお疲れ様ー」


 ダンジョンの入口を閉鎖した後、ラズル達はシーダンジョンの魔王専用養殖

エリアでサーヤを食べていた。


「くはー! こんなに沢山のサーヤを食べれるなんて幸せすぎるニャァァァァァ!!!」


 サーヤ尽くしですっかりニャウは壊れていた。

 ここでは正しい飼育法で飼育されたサーヤが泳ぐ大きな池が設置されていた。


「これで武装、食事、労働力がこの世界の流通に食い込んだな」


 ラズルは、己のダンジョンがこの世界の経済に食い込んできた事を実感していた。

 この世界に無い様々なアイテムを世にばら撒く事で、様々な国家がダンジョンにお宝を求めてくる。

 更には薬や装備などの材料になるモンスターの未知の素材。

 多くの怪我や毒を治療する毒消し薬やポーション。

 更には輸送や攻撃者の特定が困難で隠密性の高いガチャ武装。

 そして今回の未知の食材だ。

 サーヤなどの新食材は料理人達と食道楽にはたまらない誘惑であったことだろう。

 そしてもし明日ダンジョンが突然無くなったりしたら、日本中は様々な意味で大パニックになるだろう。



「あの、ラズル様」


 ふと声に振り向くと、ライナが皿を手にラズルの前に立っていた。


「どうしたライナ?」


 ラズルが質問すると、ライナは二、三度モジモジした後で漸く気持ちが定まったのか、ラズルに皿を突き出す。


「わ、私が焼いたサーヤです! どうぞ食べてみてください!!」


 見ればライナのもって来た皿には、サーヤと思しき黒っぽい何かが乗せられていた。


「あ、ああ」



 ライナに促されるままにサーヤ? を食べるラズル。


「ど、どうですか?」


 恐る恐るライナが聞いてくる。


「…………うん、不味い」


 それはとても不味かった。

 具体的には焦げたデミグラスソースをかけられたギラファオオクワガタムシのような味わいであった。

 実際にギラファオオクワガタムシを食べた訳ではないが。


 そして、ライナは運営能力と魅力にのみステータスをガン振りした特化型使い魔。

 そんな彼女が、まともな料理を作れる訳が無かった。


「しょぼーん」


 悲しみのあまり、擬音を口にしながらライナが落ち込む。


「まぁ、不味いっていうのはさ、コレ以上不味くはならないって事だよ。 だから、ライナはもう後は上手くなるだけじゃないか」 


「……あ」


 詭弁である。

 だがその詭弁はラズルの本心でもあった。


(料理が不味い人間に美味いなんて言っても、そいつの料理人としての成長を妨げるだけだ。だったら素直に教えてやるのがソイツの為だ)

 

「ラズル様……」


 ライナがラズルを見る。

 

「次こそは、美味しい料理を作ってみせます!!」


「ああ、楽しみにしているよ」


 ラズルが頭を撫でてやると、ライナは嬉しそうに微笑んだ。


 そしてライナの料理の腕が壊滅的と後で気付くまで、試食と言う名の拷問は続くのであった。

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