第29話 新商品?
「あれ? なんだこれ?」
ガチャに入れる為のアイテム整理をしていたラズルは、見覚えのないアイテムが業者から送られてきた箱の中に入っていた事に首をかしげる。
「仕入れミスかな?」
「仕入れ先のアイテム屋の置いていった試供品です。ウチは魔王の中でも大手並みかそれ以上にアイテムを仕入れていますからね」
こちらを見る事無くライナがモニターを見たまま答えてくる。
「へー、どんなアイテムなんだ?」
「そこの机に説明書が置いてあります」
ライナが指を指した机を見ると、そこには一枚の紙が置かれていた。
「何々……TS……薬?」
◆
「しーんしょーひーんっ!! ウサ!」
ラウが大きな声で叫ぶと、探索者達が何だ何だと寄ってくる。
「さぁさ皆さんお立会いうさ! 今回期間限定数量限定で入荷した文字通りの超レアアイテムをご紹介するウサ!!」
ラウは何時もの様に胸の谷間からカードを取り出す。
男の探索者達はカードが引き抜かれる瞬間のラウの胸の動きを見逃すまいと凝視し、女性探索者に冷たい目で見られる。
「このアイテム、名前はTS薬! この薬は何と! 男女の性別を入れ替える魔法の薬ウサ!!」
ダンジョン内にどよめきが走る。
普段何事も無いフリをして聞いていた者達でも、驚きの効果につい反応してしまった程だ。
なにしろ性転換だ。
ポーションに慣れてきた探索者達といえども、人間の体をまるまる作り変えてしまうと聞けば驚くのも無理はない。
「え? ちょっと待って? 性別を入れ替えるってマジ!?」
探索者の一人が聞き間違いかと思って確認をしてくる。
「その通りウサ。このポーションを飲むと本物の異性になれるウサ! ただし効果は一回だけウサ! 元の性別に戻りたいのなら、同じ薬をもう一本用意する必要があるウサ!」
「マジか!?」
「エロスの匂い!?」
「えー、ちょっとマジー!?」
男も女も探索とは何の関係も無い内容でありながら大興奮である。
形に違いはあれど、男にも女にも大なり小なり変身願望はあるものだ。
「質問なんだけど、それってこれからの探索に必要だったりするんですか? 男だけとか女だけでないと攻略できないフロアとかがあるとか」
探索者の一人が警戒心をもって聞いてくる。
だがラウはあっけらかんとした様子でソレを否定した。
「そういうのは聞いてないウサ。たまにはお遊びアイテムを入れようっていう魔王様の遊び心じゃないウサ?」
聞いてないという言葉に重要アイテムかもしれないという疑念に囚われる探索者達。
「その心配はないと思うワン。攻略に関わるなら案内人であるワウ達に一言ある筈ワン。だから現時点では性別限定ダンジョンの心配は無いワン」
「そ、そうなんだ」
これまで探索者達相手の説明をメインで行ってきたワウが否定した事で、探索者達はほっと一安心した。
表向きは。
(それじゃあガチャをし辛いじゃないか! 折角女の子になれるチャンスなのに!)
(そのクスリがあれば……女だから後継者になれない私も父上の後を継げるかも知れない!)
探索者達は、己の内に秘めた欲望や渇望する理由からTS薬に並々ならぬ興味を抱く。
「えーっと、そのクスリってダンジョンの宝箱ガチャにも入っているんですか?」
なるべく自然を装ったつもりで探索者の一人が質問する。
「ざんねんですが、限定アイテムなのでフリーフロアの有料ガチャのみですニャ」
「「「「っっっっっ!!!!」」」」
探索者達のあいだに戦慄が走る。
この状況でガチャを回せば、自分がTS薬で異性になりたがっているとバレるからだ。
もっと困るのはそういうの関係なしでガチャを回したい探索者である。
彼等は本当にとばっちりであった。
全員が動けなくなって場が膠着する。
と、その空気を打ち破る風がダンジョンの階段を駆け下りてくる。
入ってきたのは重課金兵の加地屋だ。
彼はTS薬が原因で起こった緊迫した空気など知ったことかとばかりにガチャに向かっていく。
「10連ガチャ10回ね!」
「はい、40000円ウサ!」
「やっと給料日だからガチャが回せるよ!!」
加地屋は無邪気にガチャを回し始める。
(なーんてな! TS薬は俺のモンだ!!)
そう、じつは加地屋はTS薬の事を知っていた。
ラウがTS薬の効能を口にした瞬間、彼は何食わぬ顔でダンジョンを出てコンビニのATMに駆け込んだのだ。
目的は勿論TS薬を手に入れて女の子になる為に。
(ふはははは!! 一足お先にTS薬を手に入れて女の子になって色々してやるぜ! そしてアニメキャラの際どいコスプレ写真とか撮ってコミバで売って働かずに大儲けだ!!)
だが加地屋の考えには1つ問題があった。
1つはお目当てのアイテムが手にはいるか。
そしてもう1つは……
「お? なんか薬が出てきたな? ポーションか? ちょっと色が違うけど新入荷のポーション?」
無駄に滑らかで自然なセリフを口にしながら、加地屋は手に入れたTS薬を一気にあおる。
ワウ達がアイテムの説明を始める前に。
「ちょうど良い。バイト明けで疲れてたんだよ」
ゴクンと飲んだ。
ドクン!
その途端、加地屋の体が熱を帯びる。
「お、おおっ!? な、何だ!?」
我知らず加地屋が膝を突く。
そして数十秒位経過しただろうか、加地屋の体を襲った熱は波が引いていく様に治まった。
「一体何だったんだ今のは?」
その声は、自分の声とは思えないほどに音程が高い。
(よっしゃ! TS成功!!)
加地屋は何が起こったんだと驚くフリをしながら、首を振る演技で周囲の様子を確かめる。
(さぁ美少女になった俺にポれろ!)
加地屋は男達が顔を赤らめて自分に熱い視線を送る姿を想像する。
だが、当の男達の様子はというと。
「……」
なにやら妙に醒めた様子で加地屋を見ていた。
(何だ? 俺が本当の女になってビックリしてポれる所じゃないのか? じゃあ女子はどうだ)
ちらりと女達の方を見てみると、彼女達は加地屋を同情する様な目で見ていた。
「? どうしたんだ皆」
ますます加地屋は困惑する。
自分はTS薬で可愛い女の子になったのでは無いのかと。
もしかして薬は失敗作でトンでもない姿になってしまったとか?
「探索者さんが飲んだのはTS薬っていう性別を変えるニャ」
「ええっ!?」
丁度都合よくニャウが話しかけてきたので、コレ幸いに自分がどうなっているのか聞く事にする加地屋。
「じゃあ俺は今女の子になってるのか!?」
「そうニャ」
(なんだなんだ、ちゃんと女の子になってるじゃないか。じゃあ皆の表情が微妙なのには何も知らずに薬を飲んじまった俺に対する同情とかかな? 同じ薬をもう一個飲まないと元の性別に戻れないみたいだし)
「鏡を見てみるニャか?」
「あ、うん、ありがとう」
ニャウがポケットから手鏡を差し出してきたので、加地屋は初めて女になった自分の姿を目にする。
その姿は。
「……っ!?」
自分のオカンだった。
「……なっ! なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」
加地屋は絶叫した。
余りの大声にダンジョンの外にまで音が響いて通行人をギョッとさせるくらいに。
「あー、あれだな。性別が変わるだけで、今の容姿のレベルが変わる訳じゃないって事だな」
そう、それは正しかった。
外から眺めていた探索者の言うとおり、TS薬は性別を入れ替えるだけ。容姿が並なら並みの容姿の異性に。容姿が美しければ美しい異性に。ではそうでなければ?
例えばである。小学校の頃、身近にいる女が母親だけだった場合は? そして成長して当時の母親と同じ年齢になった自分が女になったらどんな女になるか。
いうまでも無い。血の繋がった肉親に似るのは当然の帰結であった。
そう、加地屋は自分のオカンと全く同じ容姿になったのだ。
加地屋は深く絶望した。
それはもう自分でもビックリする位に。
それを察した探索者達は、哀れみの目で彼、いや彼女をそっとしておく事にした。
なお、TS薬自体は異性になりたい特殊な事情のある人達の強い要望で、正式に
採用された。
そして『賭け』に負けた連中は絶望した。
◆
「いやーコレはコレで美味しいな」
「ええ、己の容姿を理解できない人達が一瞬で正気に戻って、もう一度薬を手に入れようと必死になってガチャを回してくれましたから」
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