第28話 販路

 ダンジョンで手に入れたアイテムの販売は本来禁止されている。

 ダンジョンのアイテム、とりわけ武器は銃刀法違反だからだ。

 薬品も成分分析の問題で安全性が認められていない為、病院などでは使えない。

 武器アイテムをカード状態で持ち歩くのは黙認されているが、アイテム化した状態で持ち歩くのは禁止されている。

 なんともチグハグではあるが、これは単純に法整備が追いついていないからだ。


 そうした背景がある為、ネットの攻略サイトではダンジョンの公式買い取りショップ以外の店の情報は口にしない暗黙の了解が出来上がっていた。

 実際にそれが原因で捕まった店があるからだ。

 その為、探索者の儲けは取引先次第で激しく上下する事になる。


「これが毒消しとポーションだ。水で薄めて販売すればそこそこ数をサバけるだろう」


「OK、これが代金だ」


 とある店の隅でアイテムを渡した男は、1万円の束を受け取る。

 ここは表向きカードゲームショップであるが、その真の売り上げはダンジョンアイテムの違法取引所だった。

 場所を貸す事で安全にアイテムを交換する。

 ただしもし警察に捕まったら自己責任。ほかの客も捕まった客の事については知らぬ存ぜぬを決め込む。


 この取引をしていたのは危険度の高い工事現場で使うポーションの取引だ。

 ポーションのダンジョン外での使用は法律に違反しているが、ブラックな会社の従業員にとっては怪我をしてもすぐに治るのでポーションは文字通りの命綱と言えた。

 会社は怪我をした社員に使う事で労災をごまかす、社員は怪我で二度と仕事が出来なくなるかもしれないのでソレを外部に漏らせない。

 悪循環の出来上がりである。

 そして毒消しは有機溶剤などの危険度の高い薬品を扱う人間の毒消しとして使用された。

 どんなアイテムも、使い方次第という良い見本である。


 ◆


 深夜、バイクが高速道路のパーキングエリアに止まる。

 だがエンジンは切らない。

 そこは小さなパーキングエリアで、売店も閉まっている為に非常に薄暗かった。

 だが、だからこそ彼等には都合が良かった。


「お待たせしました」


「おう、待ってたぜ」


 出迎えたのは明らかにかたぎではない雰囲気の男だ。

 男がバイクの運転手に近づいていく。

 バイクの運転手はヘルメットを脱ぐ事無く挨拶をすると、背負っていた小さなカバンから数枚のカードを取り出す。

 そう、この運転手はダンジョンのアイテムを違法に売りさばくバイヤーだ。

 それも個人営業の。


「これが約束の風の魔法の杖のアイテムカードです。効果は見えない風で敵を吹き飛ばすというもので、威力は自動車がぶつかった位です」


「はは、こんなアホくさい杖で人を跳ね飛ばす事ができるんか」


「使用回数は10回ですので残り回数には気をつけてください」


「おう、ご苦労だったな。これが報酬だ」


 バイクの運転手は男にカードを手渡すと、男の差し出した封筒を受け取り口を開けて中身を確認する。


「確かに頂きました」


 バイクの運転手は封筒をカバンに入れるとバイクのスロットルをふかす。


「もう行くのか? コーヒーくらいおごってやるぞ。自販機だけどな」


「お気持ちだけ。他の取引もありますから」


 バイクの運転手は男の誘いをあっさりとかわす。


「ではこれで」


 バイクの運転手が高速道路に戻る為に駐車場を出て行く。


「これがあれば、証拠も残さず人が殺せるか」


 男は手にしたカードをアイテム化し、後ろ姿のバイクに狙いを定める。


「ほんじゃ、お別れさん」


 杖を持った手に同じ極同士の磁石を近づけた時のような反発感が生まれ、小さな風が頬をなでる。

 不可視の風がバイクに向かって飛ぶ。

 そしてそろそろバイクが吹き飛ぶかと思われたその時だった。

 バイクの後ろに光の壁が浮かび上がった。


「なんだありゃ!?」


 男は知らないが、その光こそはバイクの運転手が取引場所に来る前に既に背負ったカバンに忍ばせていた魔法防御アイテムの効果だった。 


「くそ、逃げられたか。だがまぁ良い。お前等、ナンバープレートは撮ったか?」


 男の声に応えるように近くに潜んでいた部下がカメラをもって現れる。


「ダメです、ナンバープレートにはシールが貼ってあって、撮影できませんでした」


「ちっ、バイクからも降りんかったし、こっちの手口はお見通しっつー訳か。まぁいい。どうせバイヤーは幾らでもいるからな。ダンジョンなんか潜るのはアホのする事だわ。俺等みたいに金で買って即始末すれば金も戻って一石二鳥だからな」


 そして、取り戻した金は自分の懐にしまう予定であった。

 男は、いわゆるヤクザであった。

 防犯カメラの普及、及び警察の捜査能力の向上によって、武闘派ヤクザは仕事がやりづらくなっていた。

 その為組織は邪魔者を殺す際に証拠が残らない道具を求めてダンジョンのアイテムを求めていたのだ。


「とりあえずはまぁ、この道具が手には入ったからよしとするか」


 男は気を取り直して黒塗りの車に乗り込んで行った。


 ◆


「やれやれ、売人を始末しようなんて随分と莫迦な連中だ。こっちにはダンジョンで手に入れた防具があるっていうのに」


 男の襲撃を逃れたバイクの運転手は、パーキングエリアに到着すると、男の乗った車がやって来るのを待った。そして男の車がパーキングエリアに入らずに通りすぎるのを確認すると、自らも高速道路へと戻る。

 バイクには既にアイテム化した杖がくくりつけられている。

 そして他の車を壁にして自分の姿がばれない様にしながら、予定していた場所まで追跡していく。


「ここだな」


 バイクの運転手はバイクにくくりつけた杖を発動させ、車と車の隙間から不可視の風を放つ。

 男の乗った車が大きくバランスを崩す。

 そして、減速必至の急カーブを突き破って空へとダイブした。

 直後、道路向こうから衝突音と爆音が鳴り響く。


「あの組は取引禁止ってバイヤー板に書き込んでおかないとな」


 バイクの運転手は何事も無かったかのように走り去って行った。


「ま、風の下級魔法の杖4枚だけで600万円は美味しかったけどね」

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