第22話 ケモナーの国

「ビックリ」


「ビックリですね」


 ラズルとライナはダンジョンコアに表示された欲望エネルギーの数値を見て驚愕していた。


「動物型ホムンクルスをガチャに入れただけなんだけどなぁ」


「3日と立たずに凄まじい売れ行きですよ」


 事の起こりは三日前だった。

 ラズルはかねてから話していたとおり、スーパーレア枠で動物型ホムンクルスをガチャのアイテムとして配布を始めたのだ。

 最初は人型ホムンクルスの下位互換と性能面から探索者達からは敬遠されていたのだが、それをネットで知ったケモナーと呼ばれる擬人化した動物が大好きな病人の群れが大挙してやって来た。

 彼等は人語を解し、意思相通が明確に行え二本足で立つ動物型ホムンクルスの存在に狂喜した。

 金に物を言わせてガチャを回した彼等は、その足で服屋に向かって獣型ホムンクルスを着飾り愛でた。


 見た目は二本足で歩く動物である獣型ホムンクルスの姿は、倫理面の問題もなく多くの人々に愛された。

 ぶっちゃけて言えば、人型ホムンクルスと違って犯罪の匂いがしないからである。

 結果、獣型ホムンクルスは新しいペットの形として一般の社会に受け入れられた。

 元々この世界のペットの購入価格が3桁から6桁と幅が広いのも、ガチャの確立から考えればそう法外とは思われない数字となった。

 当然他のアイテムに興味がない、たまたまウルトラスーパーレアの装備アイテムを手に入れた一般人相手の不平等トレードを要求する事件も横行したが、元々ダンジョンに興味のない者にとってレアカードはゴミと同じなのでそれ程不平不満は生じなかったのであった。


 人型は家族を望む老夫婦や事情のある夫婦、及び愛でる事の出来る家政婦が欲しい一人身が求め、獣型は予算が足りない者や賢く手間のかからないペットが欲しい家庭が求める事で、奪い合いが起こらなかったのも需要が増えた理由といえた。


「手間の掛からないペット目当てとは、この世界の人間は本当に癒しを求めているんですね」


「しかも家政婦になるからな。環境を考えるとホムンクルスも向こうの世界で暮らすより良いのかもな」


 本来ホムンクルスは、その成り立ちから消耗品として使われることの多い存在である。

 危険な場所での労働や過酷な重労働、時に主のストレス解消に最悪の場合は危険なモンスターのエサになる事すらある。

そんな彼等がちょっと家事の手伝いをして、トイレを自分で出来るというだけで家族の一員として愛でられる様になるのだから、この世界はホムンクルスにとって天国といえる場所だろう。



「ラズル様、ペットショップと動物愛護団体と人権保護団体と環境保護団体と名乗る連中が来ましたのでダンジョンの中にお通ししました」


「はいご苦労」


 郵便が来た並のあっさりとした報告をするライナに受け取るラズル。

 既にこうした集団は何度も来ていた。

 税務署、不動産、宗教団体、平和団体と様々な集団がダンジョンにやって来ては誰一人として出口から帰って行かなかった。

 彼等は皆この国の法に従えと、この世界の倫理に従えと言ってきた。

 だが彼は、ラズルは魔王である。

 人を迷宮に誘い、その欲望を集めて己の利益とする自営業者だ。

 そんな彼が、異世界の人間のルールに従う道理など、ある筈がなかった。


「この世界の人間は本当にチョロイなぁ。武力もなしに話し合いだけで相手に言う事を聞かせられると思っているんだからな」


「この世界の人間は自分達の決めたルールにがんじがらめですから。正に、自縄自縛ですね」


 嘲笑うラズルと呆れた様子でディスプレイを見るライナ。

 しかしライナの表情が硬くなる。


「ラズル様、今回は少々様子が違うみたいです」


「ほう?」


 ラズルはライナから送られた監視映像を自分のモニターでチェックする。

 その集団は、フル武装していた。


「ガチャアイテム、しかもスーパーレアクラスばかりだな」


「どうやら金にあかして用意したみたいですね。全員分とは行かないみたいですが、ウルトラスーパーレアも混ざっています」


「ふむ、アイテムの力頼りで最下層まで降りるつもりか」


 モニターの向こうでは、ダンジョンのモンスター相手に無双して下品な笑顔を見せる集団がいた。


「そういえば、あの中の動物愛護団体はモンスターを殺すのは虐殺行為だとか言ってなかったっけ?」


「ええ、モンスターも自然の一部だから殺すのは人間の傲慢だといっていましたね」


「なのに今回は殺すのか。支離滅裂だな」


 統一感の無い主張を行う動物保護団体の行動に呆れるラズル。


「ここはダンジョンですから、他に見ている者が居ないので本性が出ているのでしょう。所詮は金儲けの為の集団です」


「俺達が言えることじゃないがな」


 ラズルはダンジョンコアの欲望パワーの上昇を見て苦笑する。


「けれどこのあたりが限界ですね」


 ライナの言葉通り、遂に犠牲者が出た。

 鎧の隙間、顔を狙ってモンスターの攻撃が放たれる。

 抵抗1つ無く崩れ落ちる男。

 たとえスーパーレアクラスの防具であろうとも、ソレが無い部分は無防備に過ぎない。

 敵の攻撃を喰らうはずなどないと、タカをくくっていた集団がパニックに陥る。

 殺人は犯罪だとモンスターを相手に説得する者、男なら女を守れと都合の良い時だけ女を盾にする者、知るかと蹴り倒してモンスターのエサにして自分だけ逃げ出す者。

 それは誰一人として理性的でも知的でもなかった。

 命の危険を前にして本性が暴かれる。


「戦闘訓練もしていないし、実戦経験も足りない。数と装備に頼った連中じゃあなぁ」


「装備の特性も理解で来ていませんね。火属性の相手に火属性の武器を使っています」


「あ、味方ごと攻撃した」


「一人だけ逃走した男が別のモンスターにやられました」


 淡々とその惨状を眺める二人。

 モニターの向こうではモンスター相手に命乞いをする者や、どこかにいるであろうラズルに対して金、女、権力を与える事で救いを求める者がいた。


「助けますか?」


「必要ないだろ」


 ダンジョンの支配者、魔王であるラズルにとってこの世界で得る権力など寧ろ足かせにしかならない。


「金は十分あるし、アイツ等の残してくれるレア装備をガチャに再利用すればまた儲けれるからな」


 女については何も言わないラズルだったが、あえてそれは追求しないライナ。


「お客様は全滅しました。メンテ用のホムンクルスに命じて装備の回収をさせます」


「ああ、任せた」


 事務的にお客様の処理を行うライナ。


「それにしても結構深い所に入って来る探索者が増えたよな。そろそろ新しい戦力を追加するか?」


「あまり強力なモンスターを追加し過ぎても、人間達が恐れをなす危険があります。ここは1つ上層部に別のフロアを増設するべきでは?」


「と言うと?」


ライナは机に置かれていた紙束をラズルに見せる。


「海です」

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