第20話 モテる男のバレンタイン
「「「「ラズル様! ハッピーバレンタイン(ワン)(ウサ)(ニャ)!!!」」」
2月14日の朝、3人娘達がラズルに小さな箱を手渡してきた。
「えーと……」
(誕生日はまだ先だし……そういえばバレンタインとか……ああ、そういう事か)
バレンタインの行事を情報でしか知らないラズルは、漸く3人娘が差し出したモノがチョコレートであると理解する。
「ありがとう三人共」
ラズルが3人からチョコレートを受けると三人娘は笑顔でラズルに抱きつく。
「では、ホワイトデーを楽しみにしていますワン!」
「え? ホワ?」
3人娘は言うだけ言うとそのままフリーエリアに向けて走っていってしまった。
「えーと、ホワイトデーってなんだっけ?」
「バレンタインデーのチョコレートを貰った男性がチョコをくれた女性にお礼としてプレゼントを渡す儀式です。一般的に3倍が相場と言われています」
「おわっ!?」
突然後ろから表れて説明をしてきたライナに驚くラズル。
「お早うございますラズル様。朝っぱらからモテモテですね。女性しか居ない職場は最高ですか?」
「えーと、何かトゲトゲしく無いか?」
「別に私はいつも通りです。24時間平常運転です」
「そ、そうか?」
「そうです」
何故かプリプリしながらライナは去っていった。
「一体何だったんだ?」
◆
「「「「「バレンタインデー何ざクソ喰らえだー!」」」」」
マジ戦闘用のフル装備をした男達がダンジョンの中へ突撃してくる。
彼等はバレンタインデーであるにも関わらず、義理チョコのアテすらないルーザーの集団だった。
「「「ハッピーバレンタイン(ワン)(ウサ)(ニャ)!!!」」」
だがそんな敗北者達を甘い声とカカオの匂いが出迎える。
「「「「「え?」」」」」
「本日はバレンタインフェアウサ! ログインしてくれた皆にはチョコレートのサービスウサ!」
ワウ達が男達にチョコを手渡していく。
「お、おお……」
「天使だ」
「ありがたやありがたや」
男達は涙を流しながら膝を突いてワウ達を崇めだす。
バレンタインにおいてチョコを貰えぬ男は人間に非ず。
彼等は今この瞬間、勝者となったのだ。
「更に! バレンタインの間にガチャでウルトラスーパーレアチョコレートをゲットした探索者様には! 私達の内の誰かのチョコレートが貰えるワン!!!」
「「「「「っっっっっ!!!!!?」」」」」
男達の空気が一瞬で変わる。
「おい、今幾らもってる?」
「あんまない。コンビニで金を下ろしに行かないと」
「10連ガチャ10回ぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
「「「「何いぃぃぃぃぃぃ!!!!?」」」」
イキナリ40000円を出した同胞に驚愕する男達。
「おまっ、バレンタインなのに何故そんな大金を!?」
「ふっ、今日はバレンタインだろ? だったらチョコが貰えるイベントがあってもおかしくないかなって思ってさ」
「「「「っ!!!!」」」」
彼等は己の見通しの甘さを恥た。
ゲームならともかく、リアルの女の子からのチョコを貰えるなどとは露ほどにも考えた事がなかったのだ。
正に戦略的大失敗。
「さぁ、回すぜぇぇぇぇぇ!!!」
男は、一世一代の勝負に出た。
「こうしちゃ居られない。俺達も金を下ろしにいくぞぉぉぉぉ!!!」
「「「応っ!!!」」」
そして、男達は大金をドブに捨てるのだった。
◆
「くくくっ、愚か者共が金をドブに捨てているのです。手作りとはいえ所詮定価98円の板チョコを溶かしなおしたモノでしかないのです。そんな物の為に何万円も金を使うとは、滑稽にも程があります。私の手のひらで踊るが良いのです愚民共!!」
ノリノリでガチャを回す男達を見下すライナに空恐ろしいものを感じるラズル。
(見下す理由が定価98円なのは経営者として健全といえば良いのかなぁ)
◆
「ウルトラスーパーレアキタァァァァァ!!!」
当たりを引いた男に周囲の目が集中する。
優越感に浸りながら男がカードを確認すると、そこに描かれていたのは。
「……【雷神の槍】」
男が崩れ落ちる。
「ザマーミロ!!!! ヒャハハハハハ!!!」
普通なら羨望の眼差しで見られる筈のその光景が、何故か定価98円の元板チョコ以下の扱いと共に嘲笑の的となる。
そこは正に狂気の世界であった。
「よっしゃぁぁぁぁぁ! チョコ来たぁぁぁぁぁ!!!!」
フロアがどよめきで包まれる。
「チョコ! ラウちゃんのチョコを!!」
男がカードのアイテムを実体化させる、すると表れたのは、犬をディフォルメしたチョコレートだった。
「犬?」
「それはワウのチョコレートウサね。ラウのチョコレートは兎型ウサ」
無慈悲な言葉であった。
男達の間に戦慄が走る。
チョコカードを手に入れれば任意の相手のチョコが貰える訳ではない。
誰のチョコかはランダムなのだ。
(ならばトレードか!?)
男達は即座に効率的な目的のチョコの入手法を模索する。
(ダメだ!幾らお目当ての子でなくても、他の子のチョコが欲しいからお前のチョコと交換してくれなんて言えねぇ!!)
男達の良心が更に自らを追い詰める。
もはや彼等には出るまで引くという手段しか残されていなかった。
◆
「ふはははははっ! 愚か! 正に愚か! このままお金が尽きるまで貢ぐが良いのです!!!」
男達が涙を流しながらガチャを回す光景に異常な興奮を燃やすライナ。
(これ、とりあえずほうっておけば良いのかな?)
ラズルは悦に入っているライナを放置し、コンビニに買い物に出かけた。
◆
「く、これで最後。最後のガチャだ!」
自制では無い。金が無くなったのだ。
男はなけなしの400円を支払ってガチャを回す。
「どうだ!? ……っ!?」
現実は残酷であった。
男はなす統べもなく崩れ落ちる。
そこにあるのは一握りの勝者と、大多数の敗者であった。
勝者はお目当てのチョコを手にいれ幸せそうな笑顔で帰路につき、お目当てでは無いもののチョコをゲットした男は妥協して帰ってゆく。
あの連中よりはマシだと己を納得させて。
そして敗者だけが残された。
そして、フリーフロアは、敗者達自身のお通夜会場と化すのだった。
しかし、
「すみません、ガチャを回したいんですけど」
一筋の風が吹く。
「あ、なんかキラキラしたのが出た。……チョコ?」
ビクリと屍達が身じろぎする。
「武器が欲しかったのになぁ。チョコなんていらないよ」
ガバッ!!
死者達が勢い良く蘇った。
「「「「「「「「「「俺のカードと交換してくれ!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
屍の群れがチョコを引き当てた生者に群がっていく。
「う、うわ!? な、なに!?」
それは子供、少年であった。
彼は親から貰った少ないおこずかいで大当たりのレアを引き当てたのだ。
正に無欲の勝利。
物欲センサーから逃れたが故の勝利であった。
「チョコの! チョコの形は!?」
「え? えと……ウサギ?」
「「「よっしゃぁぁぁぁぁ!!!!」」」
「「「「「「ちくしょぉぉぉぉ!!!!!!」」」」」」
歓喜と絶望の声がフロアに木霊する。
「頼む! 俺の持ってる好きなウルトラスーパーレアとそのチョコを交換してくれ!!」
「いや、俺のウルトラスーパーレアと!」
「いやいや、俺と!!」
完全に復活した男達は、自分の手に入れたウルトラスーパーレアカードを少年に差し出す。
「え、っと、どれでも良いの?」
「「「好きなのを選んでくれ!!!」」」
なりふり構わぬ勢いであった。
「じゃ、じゃあこの雷神の剣で」
「ありがとうございますぅぅぅぅぅぅ!!!」
勝利を勝ち取った男が喜びの絶叫と共にチョコを抱きかかえる。
そして男は誰にも奪われないようにチョコを抱きしめると、風の様な速さでダンジョンから逃げ去って行った。
「……」
取り残された少年は呆然とその光景を見ていたが、ふと正気に戻ると、己の手にしていた剣を見つめ、カードから取り出す。
「これがウルトラスーパーレアカードの武器……」
手にした武器から漂う力に圧倒される少年。
だがその口元には、希望からくる笑みが浮かんでいた。
「この剣があれば、お母さんの病気を治す薬を手に入れられる!」
後に少年は一流の探索者となり、下層に生息する薬になる強力なモンスターを狩る狩人となる。
そして彼は雷帝と呼ばれるようになる。
◆
「バレンタインイベントもそろそろ終わりだな」
終電が近くなり、ダンジョンから人の気配が減っていくのを見てラズルは呟く。
「平日である事を考えれば十分な儲けか。定価98円のチョコレートを100個購入してこの売り上げなら大成功だな」
ラズルはライナをちらりと見る。
先ほどまでは異常なテンションを見せていたライナだったが、何故か少し前から静かになり、チラチラとラズルの見る様になったのだ。
(一体なんだ? 今日は妙にテンションがハイだし、その割には心此処にあらずって感じだ。何か他に気になる事でもあるんだろうか?)
しかし幾ら考えても思い当たる事がない為、ラズルは仕事を優先させる事にした。
「ライナ、そろそろ日付が変わるから、フリーフロアのイベント機材を仕舞いに行くぞ」
「……」
「ライナ?」
「え、あ、はい! 分かりました! 撤収の準備をします!」
やはりおかしいとラズルは思った。
(運営機能に特化したライナが上の空になるなんておかしい。いや確かに業務はちゃんとやっていたみたいだが)
しかしライナはフリーフロアに向かう足も遅い。
(もしかして忙しくて具合が悪いのか!? だとすればこれは俺のミスだ)
ラズルは自らを恥じた。
使い魔であるライナを過信するあまり部下に対するケアを怠ったのだ。
これは上司失格である。
「すまないライナ」
「え? 何ですか一体?」
「具合が悪いのに気付けなかった。本当にすまない」
「え? え?」
「今日はもう良いから休んでくれ。いや明日も休んで構わない。お前を無理させるつもりは無かったんだ。本当にすまない」
「何を言っているんですか?」
ラズルの突然の謝罪にライナは困惑する。
「具合が悪いんだろ? だから今日はずっと上の空だったんだな。これからは俺に遠慮なんてせずにすぐに言ってくれ。これからはもう少し休みも増やすようにする。運営時間も短くしよう」
「ちょ、ちょっと待って……」
「明日は休みにして栄養のある物を沢山食べような」
「だから待ってください!」
予想だにしなかったライナの大声にラズルは驚いた。
「違います! 私は別に具合が悪くなった訳ではありません!」
ライナに否定されラズルは困り果てた。
体調不良でないのなら一体なんなのだろうと。
「じゃあ何か悩み事か? 俺でよければ相談に乗るぞ」
「……はぁ」
ライナは額に手を当ててため息を吐く。
そして懐から小さな箱を差し出した。
「これは?」
「あ、あげます」
そう言うと、ライナは無理やりラズルの手に箱を握らせて走り出す。
「お、おいライナ!?」
しかしライナは何時ものドジっぷりは何処へやらといった勢いで先へと走っていく。
ベチッ
コケた。
「大丈夫かライナ!?」
慌てて駆け寄ったラズルはライナを抱き起こす。
すると、抱き起こされたライナの顔は真っ赤であった。
顔をぶつけたというには赤すぎる。
「っ!?」
ライナは顔を見られた事で更に顔を真っ赤にして走り出した。
何がなにやら分からず取り残されるラズルだったが、ふとライナから手渡された箱を思い出して蓋を開けてみる。
「……これは、チョコか?」
そのとおりだった。
ライナの差し出してきた箱の中には手作りであろうチョコレートが入っていた。
ハート型をしたピンク色のストロベリーチョコに、茶色のチョコでハッピーバレンタインと書かれた可愛らしいチョコレートだ。
どうやらライナはコレを渡すタイミングを見計らっていたらしい。
(思い起こせば朝からプリプリしていたもんなぁ)
漸くライナの挙動に納得がいくラズル。
「これはホワイトデーを頑張らないとなぁ」
贅沢な悩みが増えるラズルであった。
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