第18話 元旦の襲撃者

「ラズル様、探索者が地下25階に到達します」


 ラズルとライナは破竹の勢いで最深到達記録を塗り替える村田達探索者を監視していた。


「武装はこの世界の鉄砲というヤツみたいだが。インターネットには乗っていない形状だな。それに鎧の形状も違う」


「おそらくはこの国で独自に開発した武装と思われます。鎧はダンジョン内部に入ってから装備を変えていますね」


「……成程な。確かにダンジョンなら新兵器の実験には丁度良いか」


 ラズルはこの村田達の意図を正しく理解する。

 正しくはその上に居る者達の意図をだ。


「この国では自国産の兵器の開発は多方面から攻撃を受ける材料となる。だから人目の少ないダンジョンの深部で実用試験をしようって訳か」


「ですがダンジョンには他の探索者も居ます。おそらくはこの国と敵対する国家のスパイも」


 ライナがコンビニスイーツをパクつきながら疑問を口にする。


「ダンジョンだからな。たとえ目撃者がいても、ダンジョンの中ならモンスターに殺されてもおかしくないだろ? 何しろここは危険地帯だ」


「なるほど」


 ラズルの回答にライナもその意図を理解する。


 ダンジョンの中なら目撃者を殺しても防犯カメラなどに映る心配は無い。

 そして死体はモンスターが始末してくれる。

 もし逃げられてもシラを切れば良い。

 現に彼等は顔まで隠している為、素性がまったく知れなかった。


「あの魔法使い達は顔を出してるけどな」


「おそらくは外部の協力者なので、彼等の顔は知らないと思われます」


「そんなとこだろうな」


「彼等が中ボスの部屋に入りました」


「さて、異世界の騎士団の実力を見せてもらおうか。……ところでここのボスモンスターはなんだっけ?」


「フレアタートルです。全身を炎に覆われた巨大亀で、炎の甲羅で高い防御力を持ちながらも火炎攻撃で敵を焼き殺す強力な魔物です。水か氷属性の装備があれば対処も難しくはありませんが、彼等はガチャアイテムをダンジョン侵入用の一個しかもっていません。しかも使用した形跡は今まで一度もありません」


「侵入者は圧倒的に不利か。お、魔法使いが魔法で攻撃か……ってあれ?」


 ディスプレイでは、白い衣装を着た青明がフレアタートルに式神で攻撃するが、甲羅の炎に引火して式神が燃えてしまった。


「どうやら火に弱い魔法のようですね。汎用性が高いがゆえの弱点でしょうか」


「成程な、基本あの符を使うから、府を破壊されれば術が無力化すると」


「データを記録しておきます」


 ライナはパソコンに要注意戦力として陰陽術のデータを書き込んでいく。

 これはライナがこの世界に誕生してから行っている日課の1つだった。

 主に害をなす可能性のある探索者とその技術を調べ上げ、万が一の事が無い様に対策を立てる。

 戦闘向きではないが故の準備であった。


 フレアタートルが村田達を踏み潰そうと足をダンダンと踏み鳴らしながら近づく。

 村田達は慌てて部屋の隅を通ってフレアタートルの居ない場所に逃げ出す。

 そしてフレアタートルが村田達の居る方向に振り返る前に、出て手にしていた銃で反撃する。

 村田がグレネードで、志野原と大田がマシンガンで攻撃を行う。

 だが相手は炎を纏った巨大なモンスター、グレネード弾でも効果があるのかは疑問だった。


「ん? これは……」


 ラズルは村田の攻撃に疑問を抱く。

 村田の放ったグレネードがフレアタートルの甲羅に命中すると、攻撃の当たった部分の炎が消えたのだ。


「水魔法の一種か?」


 消化剤を知らないラズルは、村田の攻撃をマジックアイテムの一種と判断する。


「なるほど、アレでフレアタートルの甲羅を消火しようという腹か」


 しかしラズルはその考えを鼻で笑う。


「フレアタートルは魔貨15枚分の強力な魔物です。一時的な消火など何の意味もありません」


 ライナの言うとおり、フレアタートルの甲羅を消火した消化剤が沸騰を始め、次の瞬間には再び甲羅は炎に包まれた。


「フレアタートルの甲羅は表面が燃えているわけじゃない、甲羅そのものが炎を発しているから消火するなら継続して消火し続けるか、全体を凍らせるしかない。今の戦力では無理だな」


「ですね。左右の騎士の攻撃で多少甲羅の無い足がダメージを負いましたが、それでもすずめの涙です。ダメージを受けたフレアタートルが甲羅に隠れたら……」


 ライナが言った直後、フレアタートルは2人の会話に応えるかのように甲羅の中に頭と足を引っ込ませた。


「これは終わりましたね」


「だな」


 始めは甲羅に篭ったフレアタートルを攻撃しようとしていた村田達だったが、少しずつその様子がおかしくなってくる。


「フレアタートルの甲羅は燃えているだけでなく高熱を発している。だから密室の中でフレアタートルに接近なんかしていたら、即座に熱でやられるのは自明の理って訳だ」


 事実村田達はボス部屋に入った瞬間から高温に晒されていた。しかも彼等はフル装備で顔までマスクで隠していたのだから堪らない。

 限界に達した彼等は遂にボス部屋から逃げ出した。


「これでガチャなしで戦うのは限界があるって理解してくれたかな」


「事実、ガチャの水装備を持っていればそれなりに戦えます。Lvを上げれば楽勝だったでしょう」


「次はどう行動してくるのか楽しみだな」


「ですがガチャを回さない以上、カモとみなす事は出来ません。早急に排除するべきかと」


 だがラズルはその言葉に渋る。

 ライナにはそれが理解できなかった。


「何故処分されないのですか?」


「いやな、敵は新兵器をこのダンジョンで実験している」


「はい」


「と考えると今使ってるのは試作品だ」


「でしょうね」


「だったらさ、完成した武器を俺達が奪っても良いと思わないか?」


「っ!? 素晴らしい考えです」


 ライナは陣の浅慮を恥じた。目先の利益に目が眩んで長期的なビジョンを抱けずに居たのだ。

 最も、ラズルのダンジョンにおけるガチャの売り上げを前に知ればライナの行動は決して的外れでは無いし、その気持ちも正しいと言えた。


「開発コストの面から考えても完成品を奪うのは十分ありです。委細承知いたしました。かの探索者達の装備についてより詳細にチェックを行います。そして最も完成度が高まったであろう時にショバ代としてあの装備を頂く事と致します」


「ああ、そうしてくれ」


 ◆


「いやー酷い目に合った」


 フレアタートルとの戦いから撤退した村田達は、モンスターのいない部屋で休憩を取っていた。


「そりゃこっちのセリフですよ。新装備は視界が悪いし暑苦しいし、あのモンスター相手じゃ寧ろ足かせでしたよ」


 近くに青明達が居る為に装備を外せない志野原が、マスクの口部分をずらしてストロー越しでスポーツドリンクを飲む。


「新型マシンガンの威力はなかなかのものですが、防具はどうかと思います。少なくともあのカメ相手ではなんの焼くにも立ちませんよ。よっぽど消防士の恰好のほうが役に立ちます」


「そうだなー」


 大田からの防具に対しての評価も散々であった。

 村田は防具は根本的な見直しが必要であると脳内の報告書に記載していく。

 人一倍記憶力が良い彼は、問題点があった場合脳内でイメージしたメモ帳に書き込んでいるのだ。

 勿論コレは比喩であって本当にメモ帳があるわけではない。


「今回の装備じゃアレは倒せんな。今回は此処までで戻るか。此処まで来ただけでも今日は十分だろ」


 村田が撤収の指示を出すと、離れて休憩していた青明達も近づいてくる。


「もう帰るんですか!? 僕ならまだまだ闘えますよ」


 青明はまだまだ闘えると声を上げるが、その様子を見るにすでに体力をかなり消耗していた。


「いや、帰りもありますからね。我々の装備もあのカメのモンスター相手にはちょっと相性が悪いですから。なので今日は一旦戻ります」


 なおも言い募ろうとする青明を樟葉がたしなめる。


「青明様、クライアントのご指示ですので従いませんと」


「……わかったよ」


 渋々了承した青明を見た後藤は樟葉に会釈で礼を言う。

 葛葉もまた会釈で応える。


(はぁー。こんなオジさん達を守る為に魔力を消耗なんてしたくありませんものね。私の力を使えばあの程度の魔物は朝飯前ですが、ソレでは青明様の修行になりませんし、私には青明様をあの亀の熱気から守るという大事なお役目があります。なのであの人達の炎対策は自分で行ってもらいましょう)


 事実、樟葉にはフレアタートルを打倒する実力があった。

 だがクライアントの依頼は探索補助であり、彼等が倒せない物理耐性のあるモンスターのみを相手にした契約だった。

 青明がソレを聞かずにモンスターと勝手に闘ってしまうのであまり正確に履行されてはいなかったが。


(帰ったら2人で汗だらけの体を洗いっこした後、寒いお布団の中を私の毛皮パゥワーで温めて差し上げましょう)


 何食わぬ顔で青明を守りながら樟葉は今夜の予定を決めていく。

 自分達を監視する視線がある事に気付きながら……

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