第16話 新年の準備

「あー、やっとクリスマスが終わった」


 一仕事を終えた事でラズルがイスの背にもたれかかってだらける。

 クリスマスイベントが終わった彼等は、イベントモンスターから交換アイテムであるケープを外し、フリーフロアのクリスマス飾りを外して回っていた。


「それじゃあ私達はお先に失礼しまーすウサ」


 営業を終えてワウ達3人娘が帰っていく。

 彼女達は基本こちらで暮らしながら働くが、月に5日もとの世界に戻ってゆっくりと暮らしていた。


「おつかれ。向こうで疲れを癒してきてよ」


「向こうでタップリ魔力を補給してきますニャ」


「こっちも便利ですけど、魔力が少ないから外に出るのは辛いですワン」


「だねー。でもこっちはご飯も美味しいし楽しいモノがいっぱいあるから、こっちもいいウサ」


「電化製品最高ニャ」


 3人娘はすっかり地球の生活に馴染んできたようである。


「ラズル様は向こうに帰らないんですかワン?」


 ニャウがふと思い立ったようにラズルに質問してくる。


「ああ、魔王は基本ダンジョンを出ないもんだからな」


「何より次のイベントがありますから」


「「「「え?」」」」


 後ろからやって来たライナのセリフに4人が首をかしげる。


「おいおい、クリスマスをやったばかりだぞ。そんな連続してイベントをやっても客が付いて来れないだろ」


 ラズルの言葉に3人娘達がウンウンと頷く。


「いいえ甘いです。この国ではクリスマスの後に大晦日、その直後にお正月があり、更にその一ヵ月後にバレンタインデーというイベントがあり更にその後にホワイトデーというイベントがあるのです。基本この国は一年中理由をつけてイベントを行う奇怪な国なのです。ならば我々もそれに合わせて探索者達から毟り取るより他ありません。ですのでラズル様は大晦日の準備、貴方達は帰って構いません」


「「「はーい(ワン)(ウサ)(ニャ)」」」


 言うが早いか、3人娘達は巻き込まれてはたまらないとばかりに迅速かつ足早に帰っていった。


「まじかー」


「そう大変な事ではありません。大晦日とお正月はフリーフロアのガチャに専念します。大晦日は年末年始ガチャとしてレアアイテムの出現率を増やし、お正月はガチャ券とポーション一式を無料配布します。探索者の魔力は確認していますので、ガチャ券とポーション一式の複数配布のミスも避けられます。ゴネたらBANするだけです」


「おーけーおーけー。けどそれは明日でもいいだろ。今日はもうメシを食って休もうぜ」


「ではハンバーグを所望します」


 食事という言葉に反応してライナが要望を出す。

 燃費ステータスを調整しなかった事で、ライナは非常にエネルギー消費が激しいからだ。


「んじゃファミレスに行くか」


「はい。それと帰りにパン屋さんで夜食用の菓子パンを所望します」


「コンビニじゃダメなのか?」 


「味が違います」


 ◆


「いやーしかし今回は大変だったな。もてない男の集団がやって来てサンタ帽子かぶって上半身裸でダンジョンに潜り出すとは思わなかった」


「確かクリスマス氏ね氏ね団でしたか。ガチャさえ回せば私としては特に言う事はありませんでしたが」


 食後のコーヒーを飲みながらラズルとライナはクリスマスイベントの感想を語り合う。


「反省点としては時間が無かった事ですね。もっと前から時間を割いていればもっと儲かったんですが」


「まぁそれは次回の宿題だな。儲けが出たんだから今回はそれで良しとしよう。良かった部分を見ずに悪い部分だけ見るのは良くない。ちゃんと成功した自分達も労ってやらないとな」


 そう言ってポンとライナの頭に手を載せて撫で始めるラズル。


「それは……まぁ……理解していますが」


 頭を撫でられてライナが頬を染める。


(ライナは頑張り過ぎる所があるな。ストイックと言うか、目標が高すぎて十分な成果を上げているのにソレに納得できていない感じだ)


 共に暮らすうちにライナの人となりを理解してきたラズルはなるべくバレない様にフォローしようと心に誓う。


(きっとバレたらそれも自分の不足だと思うだろうからな)


 目の前でデザートを幸せそうに食べるライナを見ながら、ラズルは父性にも近い感情でライナを眺めていた。


 そして……


「はぁー今日もあの子は可愛いなぁ」


「隣の男邪魔だよ」


 ライナ目当てで店にあしげく通う様になった男達と、


「あの子からデザートの注文入りました! 10%増量しておきますね!」


「バレない様に気をつけろよ!」


 ひたすら美味しそうに食べるお得意様であるライナを慈しむ店員達であった。


 ◆


「あとは、食料やらの買出しもしてくか」


 食事を終えたラズル達はそのまま買い物をする事にした。


「パンを所望します」


「わかったわかった」


 ライナの要望どおり、パン屋で焼きたてのパンを買ったラズル達はそのままスーパーで翌日の弁当などを購入していく。


「金も溜まってきたし、そろそここっちの世界の品物を向こうで販売してもいい時期かな」


 ふと商品を見ながらラズルが呟く。


「向こうの世界ですか?」


「ああ。こちらの金は十分溜まったからな。食費や経費だけでなく、こっちの品物を向こうの世界で売る事によって、魔貨を欲望エネルギー以外で稼ぐ方法を確立したいんだ」


「なるほど、確かにこちらの貨幣は余り気味ですからね。経済の流通を考えれば大量に使ったほうが良さそうです」


「ああ。けど電化製品は向こうで使うにはコツがいる。最初は電気がなくても使えるモノがいいだろう」


 食料を買い物カゴに入れながらラズルは自分の考えを話す。


「では向こうの世界にない調味料や香辛料、それに靴や服ですね」


 対してライナもお菓子とジュースを買い物カゴに入れながら答える。


「調味料や香辛料はわかるが、靴や服は居るのか? っていうか売れるのか?」


「はい。こちらの靴は素晴らしく軽く、ソレでいて丈夫でデザインも良いです。貴族や商人、それに旅人にも売れるでしょう。それ単体では売りにくいですが、向こうの普通の靴を横に置いておけば見るモノが見ればその素晴らしさを理解してもらえます。そして服に関してはもはや言うまでもありません。こちらの服は素材もデザインも向こうの世界とは比べ物にならないくらい種類があります。染料の質も良いです。ですので数ではなく種類で攻めれば世界に一着しかないドレスを求めて貴族のご夫人方が大金を支払ってくれる事でしょう。調味料と食材はこちらの世界の完成品の料理とレシピを用意して商人に売り込めばあとは勝手に流行らせてくれます」


 試食のソーセージを食べながらライナが一袋買い物カゴに入れる。


「毎度ありー」


 売り子のオバちゃんが嬉しそうだった。


 ◆


 レジを済ませてダンジョンに帰ってきたラズルは、インターネットを使ってこちらの世界にしかない調味料と香辛料を探していた。


「塩の種類が凄いな。ピンク色の塩があるぞ」


「見た目が珍しい物は売りやすいので買いましょう。こちらは色とデザインが違う舞踏会用のドレスを10着ほどサイズ別に購入します。販売の際はお抱えの服飾師にサイズ調整をしてもらう様にしないといけませんね」


 二人は黙々とネット通販で商品を注文していく。

 ちなみに、ネット回線は無線RANで使用しており、契約はラズルが金で雇ったこの世界の人間に頼んで契約して貰っていた。

 銀行口座も同様で通販の支払いも完璧だ。

 世の中金さえあれば大抵の無茶は効くのであった。


「そういえば正月ガチャはどうするんだ?」


 ふと年末年始のイベントの事を思い出したラズルが質問する。


「ソレですが、大晦日は金を108回叩いて煩悩を追い出し、正月は朝日が昇るの見てありあたがるというこの国の人間の風習を考慮して、精神異常対策を施したコインと太陽を模した光属性のアイテムを出そうと思います」


「何でお金を叩くと煩悩が出るんだろうな?」


 金と鐘の違いがわからずに困惑するラズル。


「多分ですが、お金は欲望の象徴だからじゃないでしょうか?」


「なるほど」


 間違っている事に突っ込む人間の居ないままに話が進んでいく。


「あ、猪ソーセージ注文して良いですか?」


「まって、それ売り物じゃないだろ」


「地域限定なので貴重品として売れます。その確認の為にまず我々で試食をですね」


「それお前が食べたいだけだろ」


「あとプリンの様な厚焼き玉子焼きも注文していいですか?」


「暴食は良くない!」


 なお、注文は阻止できなかった模様。

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