第15話 クリスマスは敵がいっぱい
暗いダンジョンの中、赤いケープを着た影が駆け抜ける。
何かに追い立てられて、何かから逃げるように。
だが遂に彼は袋小路に追い詰められた。
「追い詰めたぞ!」
追い詰められたのはモンスターだった。
上層でおなじみのランナーリザードである。
ランナーリザードはおかしな事に首に赤いケープを巻きつけていた。
「ケープを破くなよ!」
「おう!」
魔法使いが杖で氷魔法を放ち、剣士と槍使いがランナーリザードの足を狙う。
体格では勝るランナーリザードであったが、レア装備で身を固めた探索者の前では小さな蜥蜴同然であった。
「よし、ケープゲット!」
「大分集まったな。そろそろ持ちきれないから一旦戻ってアイテムと交換するか」
ランナーリザードからケープを剥ぎ取った探索者達が意気揚々と帰還していく。
◆
「イベントは盛況のようですね」
探索者達が戦う様子を見てライナが呟く。それは主であるラズルに対しての確認作業の様でもあった。
「ああ、そうだな。イベントアイテムケープを収集して季節限定クリスマス装備をプレゼントは上手く言ってるな」
季節限定クリスマス装備、それはラズル達が行っているクリスマスイベントの限定アイテムだ。
ツリーランス、スターソード、ライティングシールド、サンタアーマーのレア装備である。
性能的には通常のレアより少し良い程度の装備だが、外見をクリスマスの飾り状に改造した特注アイテムであった。
クリスマス装備はそれぞれが特殊能力を持ち、特に人気だったのがサンタアーマーだ。
この装備は男女別の装備を選べ、男はテンプレートなサンタクロース風で、女はミニスカサンタ風であった。
普段ならコスプレをしない女性も、ダンジョンに潜るのに有利なレア装備であるという建前でこっそりとコスプレを楽しんでいた。
何より男達も胸元と太ももが大きく露出した装備に大満足である。
つまりはサンタコスをした女性探索者そのものが人を呼び込む客寄せパンダになっていたのである。
『これ、足丸出しなのに寒くないのが良いよね』
『そうそう、魔法の力なんだってねー』
だが女性陣にとって重要だったのは、サンタアーマーに付与した防寒効果であった。この装備は魔法の力で露出した肌を暖かい空気で守ってくれるのだ。
『普通の服にもこの効果が付けれるアイテムがあれば良いのにねー』
『わかるー』
「結構高いんだけどなその効果」
モニター越しに苦笑するラズル。今回のイベント限定アイテムは特注デザインである為、それなりにお値段がするのである。
「それでも集客率を考えると利益が出ています。何よりこの装備は今の時期しか着れないのが旨みですから」
「ああ、季節はずれの格好は恥ずかしいんだっけ?」
「ええ、あと半月もすれば世間はお正月という新年を祝うイベントが始まります。その時にクリスマス装備をしていたらこの世界では恥ずかしい人扱いされますから。たとえレア装備のない無課金探索者でも元の装備に戻します。そしてレア装備の性能の良さを知った無課金探索者が課金の沼に嵌まっていくのです」
それこそがライナの真の狙いだった。
季節感を大事にする日本人なら人目が付くリアルの世界で性能優先の羞恥装備では戦えない。そしてよりよいアイテムを知った人間からソレを取り上げたらどうなるかを考慮してイベントを開催したのだ。
「けどそれでも課金しない奴はいるだろ」
「それはそれで構いません。少数でも課金の沼に嵌まらせれば良いのですから」
ラズルの指摘をライナはあっさりとスルーする。
「なるほどな」
「そして下層ほど交換アイテムの数が多く、ボスは通常のケープ複数個分の大型ケープです効率を求めてより下層に挑むモノが増え、復活アイテムと回復アイテムが大量に売れています」
「それというのも、この国の政府がダンジョン探索を正式に許可してくれたお陰だな」
ラズルの言葉は真実であった。
ダンジョンの入口が増えた事で、侵入者対策が追いつかなくなった日本政府は、緊急議議会を開き、ダンジョン特別法を制定。苦肉の策として探索者を公式募集する事にした。
それはダンジョンに入る人間をチェックする為と、ダンジョン内で起こったあらゆる事が自己責任であるという念書を書かせる為である。
人権保護団体などの市民団体がダンジョンの危険を促そうとも、入口が複数の場所に不定期で現れる以上は対処のしようが無い。その為ダンジョンを危険区域として指定した事で勝手に入って死んだら自己責任だとしたのだ。
勿論市民団体はもう抗議したが、それに対して警察側は24時間警察官を10m単位で5人づつ町中に配置。ダンジョンに無理やり入ろうとする人間は公務執行妨害で即逮捕。更に警察官の大幅増員とその為の必要経費をダンジョン保安税として新たに税を増やす事になるがそれでも構わないのかと問うた。
警察官増える事で市民が萎縮する、税を不当に得て私服を肥やしたいだけだと市民団体は反論したが、そうなれば後はダンジョンに入った人間は全員逮捕してダンジョンに入るメリットを無くすしかない説明した所、自分の息子がダンジョンに入り浸っている市民団体代表は途端に口を閉じた。
警察も完全に上の命令に従っていた訳ではない。
逮捕こそしなかったものの、ダンジョンから出てきた人間を極秘で追跡、住所と家族構成、職業などを調査していたのだ。
そしてダンジョンから出てきた人間がダンジョンのアイテムを違法に販売している所を撮影し顧客の素性も調べ上げた。
すべてはダンジョン管理を日本国が取り仕切る為である。
その為にも、口うるさい団体には黙ってもらいたい。
大抵声の大きい人間は調べれば脛に傷をもっているものである。
事実そうであった。
そうしてダンジョン内部は許可制で入る事が出来る様になり、探索者達は現代で言う猟師の様な存在となった。
目的はダンジョンの調査とモンスターの駆除。そして魔王の探索である。
最も、当の探索者達にとっては大手を振ってダンジョンに入れるようになったというだけで、大した違いは無かったのであるが。
「探索をする気の無い人間も、記念としてガチャを回し、ついでにクリスマス限定ガチャに嵌まってくれればなお良しです。個人の発言と映像を不特定多数が見れるシャベッターというサービスは正に最適のアイテムですね」
「凄いよなーコレ。この世界の人間はどうしてここまで連絡能力の発達に熱中出来るんだ?」
軍事目的ならわかる。だが個人単位で自分の思考を他人に伝える為の技術まで発達させた理由がラズルにはわからなかった。
「恐らくですが、自分を認めて欲しいのでしょう。多くの人間と繋がれば、その中の一人は自分を認めてくれる。その為にガチャを回して自分をレアアイテムで着飾ってくれるのなら私としては万々歳ですが」
バッサリと利益で会話を終わらせ仕事に戻るライナの姿にラズルはため息を吐いた。
(可愛くて有能なのは良いんだが、ちょっとドライで守銭奴な所があるよな……っ!)
ふと思い立ってラズルはライナを後ろから抱きしめる。
「キャッ!? な、なんですかラズル様!?」
意外に可愛い悲鳴を上げるライナにほっこりとするラズル。
「いやさ、そうは言っても、ミニスカサンタの恰好をしてくれたライナは可愛いよ」
「っ!? え? い、いえそんな事は……」
必死で否定するもののライナの顔はサンタ服の様に真っ赤だ。
(褒められるのが苦手なんだな)
「そんな事はあるよ。ライナはとっても可愛いよ。凄く可愛い。シャベッターで世界中に自慢したいくらいだ!」
「はう……」
キャパシティがパンクしたライナが、頭から湯気を放ってラズルに持たれかかる。
「今日は外食にしようか。もちろんその恰好でな。皆にライナの可愛い姿を見てもらおう」
ラズルは思考の停止したライナの手を引っ張って秋葉原の町へと出陣する。
そして彼は後悔した。
完全にテンパったライナは食欲のリミッターを解除し、完全に満足するまで食事を終えなかった事を。
今日此処に、クリスマスの天使(飲食店限定)が舞い降りたのであった。
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