第10話 特課迷宮中隊

「さて、今回の議題だが」


 薄暗い会議室の中に複数の男達が集まっていた。

 そう、彼等はこの国の政治に関わる有力者達である。


「今回の議題は……言うまでも無い、秋葉原駅に現れたダンジョンについてだ。かのダンジョンの入口は、当初門を入った先に1つあるだけだった。だが度重なるバリケードの破壊が繰り返されたある日、突然複数の入口が表れる様になった」


「バリケードの破壊、人為的なものでしょうな」


「この世界の人間の仕業か、それともダンジョンを作りだした者の仕業か。どちらでしょうな」


「どちらでも良い。重要なのは機動隊だけではダンジョンへの侵入をカバー仕切れない事だ」


「更にバリケードを飛び越えてダンジョンに入った野次馬への事情聴取が妨害されている。犯罪を犯していない人間を捜査するのは人権侵害だという事だ」


「ダンジョンは公共の施設では無い為、不法侵入には当たらないだったか?」


「明らかに公務執行妨害だろうか!」


 会議室にいた男の一人、小台がテーブルを叩く。


「落ち着け。彼等は向こうの国に褒めてもらいたくて仕方が無いんだ」


 隣に居た真田が小台をたしなめる。


「何処の家畜だそいつは! それが我が国の利益を損なうと何故分からん!!」


「小台君の言いたい事は分かるが、与党議員達もあの国から圧力で締め付けには否定的だ。マスコミにいたっては報道の自由を行使してこちらのいう事を聞こうともせん」


 会議室の男達が揃って頭を抱える。


「我が国の政治家及び各庁は、世界中の国家や資産家から手を回されてダンジョンに関する有効打を撃てない状況になっている。いっそダンジョンをコンクリ詰めにすれば良いのにな」


 一人がそんな冗談を飛ばしながら笑うが、他の男達は不機嫌な顔を崩そうともしなかった。

 

「このままだと野次馬に扮した他国の調査員に全部もって行かれるぞ」


「分かっている、警察も機動隊を動員してダンジョン探索に当たらせている」


「いっそ、新しい部署を作ったらどうかね?」


「新しい部署?」


「そう、ダンジョン専門の部署だよ」


 ◆


「特課迷宮中隊……ですか?」


 突然上司に呼ばれた機動隊指揮官、村田光作は上司から聞かされた新しい部署の名前をオウム返しに呼んだ。


「そうだ。選りすぐりのエリートを集めたダンジョン専門の治安維持部隊だ」


 上司は村田に分厚いファイルをみせる。


「具体的にはダンジョン内のパトロールをする部隊で、ダンジョン内のトラブルを解決するのが目的だ」


「はぁ」


 村田は渡されたファイルを斜めに読んでいき、おおよその概要を理解する。


(なるほど、パトロールと銘打ってダンジョン最深部へ到達し、噂の魔王様をしょっぴいてこいって訳ね)


「装備はどうなるのでしょうか? モンスター相手では暴徒鎮圧用の装備は役に立たない事が判明しておりますが」


 そう、それが理由で実銃を使用できない機動隊は迷宮探索が滞っていた。

 ガチャアイテムの使用を禁止され、非殺装備しか使用を許されない現在の彼等は地下二階までしか探索が完了していなかったのだ。


「ガチャアイテムの仕様は認められていない。だが火器の使用は認められている」


「あれですか? 最初は空砲をうってからってヤツでしょう? 相手はモンスターです。我々の威嚇は通用しませんよ」


「モンスターは害獣として処理する事が決まっている」


「使用できる銃器は? まさかニューナンブとか言われませんよね。6発しか撃てないアレではモンスター相手には豆鉄砲ですよ」


 村田の言う事は事実であった。

 拳銃は確かに強い。

 だがそれは人間の様な生命力の弱い生物に対してだ。

 野生の獣は1発や2発の銃弾で死ぬ事は滅多にないし、しかも相手は動く。

 よほど腕の立つ猟師でも動き回る獲物相手に当てるのは至難の業だ。

 しかも当てた場所が急所である保証も無い。


「せめて機関銃。それもマガジンは仕様無制限でないと無理ですな。あと散弾銃と手榴弾も欲しいですね。けれど我々がソレを使うくらいなら自衛隊を出したほうがよっぽどマシです」


 警察官がマシンガンなど使えば世論がどうなるか、考えるまでも無い。


「君の言いたい事は分かる。だが上の決定だ。ダンジョンは日本国を攻撃はしていない。だから自衛隊には頼れん。あくまでも警察が害獣処理をするのだ」


「あれ、警察の仕事ですか?」


「警察の仕事になったのだ。武装に関しての申請は上に出しておく。とにかく君は資料に書かれた新しい部署に向かいたまえ。数日中に君の部下も向かわせる」


「部下ですか」


「そうだ、部下だ。君の手足となる部下だ」


 村田は心の中でため息を吐く。

 所詮自分は宮仕え。上の命令には逆らえない。


「村田警部補、了解しました」


「うむ」


 村田は渡されたファイルと共に上司の部屋を出る。


「新しい任地は……秋葉原……か」


 ◆


「ラズル様」


 迷宮の管理業務を行っていたライナがラズルを呼ぶ。


「どうした?」


「見慣れない集団が現れました」


「見慣れない集団?」


「5番のモニターに映像を回します」


 ライナがそう言うと、6枚あるモニターの内の一枚にダンジョン内の光景が映し出される。

 これはダンジョンコアの機能ではない。

 科学によって作られた液晶ディスプレイだ。

 先日、2人で外食に出かけた帰り、ラズルは地球の文化をライナに教える為に秋葉原の町を2人で散策したのだ。

 その際ライナは家電量販店に強い興味を示した。

 彼女が真っ先に興味を持ったのはパソコンだった。次に興味を持ったのは防犯カメラ。ソレ等の家電製品を見たライナは、ラズルに経費として購入する事を進言した。

 ライナ曰く、


「この世界の並行処理技術は素晴らしいです。帳簿作業をしながらダンジョン内の監視や指揮が出来ます。レジスターも素晴らしい。これがあればワウ達の業務も捗ります!」


 そうして、ライナの強い要望でダンジョン内に大量の家電製品が配備させる事となった。なお、電力はダンジョンコアの魔力を変換して使用している。

 そうして作り上げられたリアルタイム監視システムが、不審者の姿を捉えたのだ。

 彼等は全身が白と黒のボディーアーマーとタクティカルスーツに身を包んでいた。その不自然に目を引くカラーリングは、自分の存在を誇示しているようにも見えた。俺はここに居るぞと。 


「装備がこのダンジョンのアイテムではありませんね。恐らくダンジョンに入るためのカギとして最低限のアイテムだけを所持しての侵入でしょう。何名かは以前このダンジョンに進入した人間の魔力反応です。ですがこの中の一人はレア以上のアイテムを装備しているのに何故使わないのでしょうか?」


 有効な装備をあえて使わない事に疑問を感じるライナ。


「恐らく信用していないんだろう。ダンジョンで手には入ったアイテムが最後まで自分の味方である保障がないからな」


「疑っていると? 肝心な時に使えなくなるのではないかと?」


「つまり、本気でこのダンジョンを攻略するつもりって訳だ」


 ラズルはモニターに移った人間達を見る。

 彼等は両腕で構えた黒い武器をモンスターに向けると、その口から高速で鉄の塊を大量に射出する。

 そう、マシンガンである。


「これがマシンガンってヤツか。拳銃を使う人間はこれまでにも何人かいたが、それにしてもこれはヤバイ武器だな。上層のモンスターじゃひとたまりも無いぞ」


 マシンガンの斉射を受けてランナーリザードが肉塊になる。

 そしてその光景を見て面白そうに笑うラズル。

 ランナーリザードを倒した集団は、その死体に興味を向ける事も無く、下層へゆく階段に向かっていく。


「ランナーリザードの素材は無視か。やはりコイツ等の目的は攻略だな」


 ラズルはこの集団がモンスター退治でもアイテム回収でもなく、自分を狙っている事を確信する。彼等は、宝箱のある部屋を無視し、頑なに階段のある方向にしか向かわないからだ。


「では物理攻撃を無効化するスライムを彼等の進路に配置して敵の戦力を確認します」


「宜しく」


 ライナは迅速に主の「敵」を排除すべく行動を開始する。

 客でもカモでもなく、それが利益をもたらさない主の敵ならばただ排除するだけ

だ。

 それがライナの忠義。

 ダンジョン運営を任された自分の役目は、主の利益を減らす者を処分する事なのだから。 


 ◆


「ダメです! マシンガンが通用しません!」


 村田達は突如現れたスライムに遭遇していた。

 スライムに遭遇した村田達は、即座にスライムを攻撃した。

 マシンガンの攻撃を受けスライムがグチャグチャのゼリーとなって飛び散る。

 所詮はゲームにおける雑魚。

 誰もがそう思った。

 だが違った。

 マシンガンの攻撃を受けたスライムはうねうねとうごめき、動き出したのだ。


「ゼリーをマシンガンで攻撃してもダメージはゼロか。……全員、囲まれる前に撤退だ!」


 村田は即座に撤退の指示を出す。


「隊長! 敵に背を見せろと言うんですか!」


 しかし部下である大田が撤退に意見してくる。


「攻撃が聞かないんだから仕方ないだろう。ほらほら、さっさと逃げるぞ」


「次は目にもの見せてくれるからなぁぁぁぁぁぁ!!」


「典型的な捨て台詞だな」


 悔しがる大田をみて呆れる志野原。


「流石にこんな力ずくじゃあ無理か。けどこれで上には普通の物理的攻撃だけじゃ中層以下は無理だと、上に押せるな」


 撤退を悔しがる部下達の中にあって、村田の顔にだけは挑戦的な笑みが浮かんでいた。

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