第9話 お仕事します

「ラズル様、ダンジョンの仕様を確認しました」


「ああ、お疲れ」


 ラズルは初めて創造した使い魔ライナに自分のダンジョン、課金ダンジョンについての説明をした。

 これからは秘書たる彼女に細かい仕事を手伝って貰うからだ。

 ラズルから一通りのダンジョンの仕様を聞いたライナは、ダンジョンコアに触れ手、実際の操作の感触を確認した。


「出来そうか?」


 ライナはラズルが直接パラメータ調整をして創造した使い魔。

 ダンジョン管理の性能に関しては間違いなく自信がある。

 だがこれからやらせる内容は、これまでのダンジョン運営には存在しなかった未知の業務だ。

 しかしライナは自信満々で応える。


「問題ありません。確認ついでにダンジョンの不足をピックアップしておきましたのでご確認下さい」


 そう言ってライナは問題点を列挙した手書きの紙を渡してくる。


「……なるほど、レアアイテムの出しすぎとアイテムの買い取りか」


「はい、どうせポーション系以外のコモンとアンコモンは捨てられるゴミアイテムです。今はダンジョンから算出したアイテムとして外部の人間が買い求めていますが、すぐに需要がなくなるでしょう。ですので、新機能として買取ショップを開店します。そして買い取ったアイテムは再びガチャに戻します。これで排出率の高い低レアアイテムの費用は殆ど掛からなくなります」


 なるほどソレも道理だとラズルは頷く。


「けどレアアイテムの排出率は本格稼動と共に下げたぞ」


 事実、ラズルは世界中の人間の射幸心を煽る為に加地屋が始めて宝箱ガチャをする際には意図的に排出率を100%にした。

 その後、フリーエリアと宝箱の高レアガチャ排出率を30%から5%まで下げている。


「いいえ、この世界の人間のガチャに対する執念は尋常では在りません。ですので、レアを20%、スーパーレアを5%、ウルトラスーパーレアを1%まで下げます」


「1%って少なくないか?」


 しかしライナは首を横に振る。


「100人回せば1回は当たる計算です。この世界の人間は約70億人を超えています。人数で言えば我々の世界の全種族を足した人数を遥かに上回ります」


「70億ってマジかよ」


 予想以上の地球人の多さにめまいを起こすラズル。


「ですので、金額は今のままで、排出率を更に下げます。ここで下がった排出率を気付かれないように買い取りショップを作る事で不満を和らげます」


「買い取り価格は?」


「金銭での買い取りは無限ガチャになってしまうので、アイテムとの交換にしましょう。コモンカード50枚でポーション1枚といった具合です。50枚なら10連ガチャ換算で20000円です。それに対してポーションは1個1000円。19000円の売り上げになります。そして買い取ったアイテムはまたガチャに再利用するので無駄になりません」


「なるほどなー」


 やはり他人の意見があるのはありがたいと思うラズル。


(自分だけだと当たり前に考えれる筈のアイデアに気付かなかったりするもんな)


「また、ダンジョンの途中に出張ショップを展開するのもありだと思います」


「フリーエリア以外でか?」


「はい。下層に潜っている間に回復アイテムが尽きる事もあるでしょう。その為に10階層に1店舗の割合でお店を配置しましょう」


「ふむふむ」


「それと、そろそろ探索者が中層に入りそうですので、地下10階に到達した事で復活アイテムの解禁をしても宜しいかと」


「あ、ああれか。けどまだいらないと思うけどな」


 復活アイテム。それはダンジョン内で死亡してもアイテムが肩代わりして命を守ってくれるというものだ。

 本来ならもう少し早く登場させようとしたのだが、意外にも探索者達がガチガチな闘い方をするので、今出しても旨みがなかったのである。


「探索者達の強さは我々の予想以上です。彼等のガチャ欲を更に刺激する為にも、地下10階を機に強力なモンスターを多数だして新しいステージに入ったと認識させるべきでしょう」


「……確かに、コレまではガチャを回して英雄気分を味わってもらう為の接待プレイだったからな」


「ええ、これ以降は本気の戦いをする場所だと覚悟を決めてもらうのです。具体的には地下10階を越えた探索者が現れた事で新フロア解禁と宣伝をします。この際に新しいアイテムと買い取りショップの開店をし、更に地下10階より下は命の奪い合いになると警告するのです」


「それって、ホントに人間が死んで客が逃げ出さないか?」


「この世界にあるサファリパークや動物園の様なものです。フリーフロアは売店。地下10階までは強力なアイテムと仲間がいればスリルを味わえる遊び場。ですがその下は危険なサファリパークを生身で歩くのと同義。むしろ、そうした危険を求める者達を呼び込みます。どの世界にも自分の強さを知りたい者、死と隣り合わせの危険を求める者はいますから」


 ライナがダンジョンコアを操作し、階層ごとに色を変えていく。


「地下11階からは1階毎にモンスターの強さを上げて行き、5階毎に中ボスのいる大部屋を配置し中ボスを倒すとレア以上確定の宝箱が出現します。更に20階、30階と10階毎にボスモンスターフロアを配置して、これを倒すとスーパーレア確定フロアとなります」


「スーパーレア確定はやりすぎじゃないか? 5%にするんだろ?」


「ええ、ですからかなり強いモンスターを配置します。そして一度倒されたボスと中ボスは1カ月間毎にリスポーンします」


 そこでラズルはボスがスーパーレア確定な理由を理解する。


「なるほど、1ヶ月に1体しか出ないのなら費用もそれほど掛からないか」


「はい。そして10フロアごとにトラップも危険度を増やし、致死トラップを追加していきます。戦いに自信があってもトラップは苦手という人間にか復活アイテムを買わせる為です」


(よくもまぁそこまで人間心理を理解できるもんだ)


 この短時間でよく此処まで考えるものだとラズルは唸る。

 だがそれこそが、運営機能に特化したライナの能力だった。

 ライナはその卓越した運営機能を生かし、ダンジョンの仕様とこれまでの探索者達の課金データとダンジョンでの戦闘データを解析してこの世界の人間の心理を推察したのだ。


「よし、それでいこう」


「はい。コレ以上の追加要素はユーザーを混乱させます。新要素やイベントは一定の間隔を持って定期的に出さないと飽きられてしまいますからね」


(おいおい、まだアイデアがあるのかよ)


 と、そこでクーっと可愛らしい音がなる。

 ラズルが音の出所を探すと、おなかを押さえて顔を赤らめたライナの姿があった。


「……メシにするか」


「……はい」


 ライナは真っ赤になりながら小さな声で返事をする。


「じゃあ今日はライナの誕生祝いに外食にするか。何が食べたい?」


「この世界の食べ物は良く分かりません」


「じゃあファミレスだな。あそこならメニューが沢山ある」


 そう言ってラズルが自分とライナを人間形態に偽装する。


「……あの、私は運営機能に特化している為、脳に大量のエネルギーを必要としているんです。決して食いしん坊と言う訳ではないですからね」


「分かった分かった」


「信じていませんね!」


 ◆


 ファミレスに来たラズルとライナはメニューを眺めていた。

 そしてライナのメニューが決まった事で店員を呼ぶ。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


「俺はパスタ」


「私はハンバーグランチをお願いします」


「あとドリンクバーを2つ」


「かしこまりました。パスタをお1つ、ハンバーグランチをお1つ、ドリンクバーをお2つですね」


「はい」


「ドリンクバーはあちらとなります」


 店員が注文を取り、戻っていく。


「この店員を呼ぶボタンは面白い発明ですね。これをウチのダンジョンでも導入すれば移動販売も可能になりますね」


 ライナが興味津々で呼び出しボタンを手にとって眺める。


「ほら、ドリンクバーに飲み物取りにに行くぞ」


「はい!」


(ドリンクバーとは一体何の事でしょうか? ドリンクと言うからには飲み物に関係があるとは思いますが?)


 客が自分で飲み物を入れるシステムを知らないライナは初めて見る異世界のシステムに興味心身だった。


 ◆


「このハンバーグという食べ物美味しいです!! それにオレンジジュースと言うのも美味しいです!」


 ライナはやって来たハンバーグランチをおいしそうに食べている。


(ハンバーグにオレンジジュースとは、もしかしてライナは子供舌なんだろうか?)


 ラズルが設定したのはあくまでも忠誠心と運営能力、そして容姿だけだった。

 その為、ライナの趣味嗜好までは理解していない。

 ただわかるのは、彼女が美味しそうに目の前のハンバーグを平らげている事だけだった。


 そんなライナを見ていると、ふとラズルは自分達にそそがれる視線に気付いた。


(まさかもう俺達の素性が怪しまれているのか?)


 そう思いながら、視線だけで周囲を警戒するラズル。

 しかし自分達を見ていたと思った視線の理由に気付くとすぐにその警戒を解く。


(お目当てはライナか)


 そう、周囲の人間は全員がライナを見ていた。

 具体的にはライナの顔を。一部胸をみていたが。

 ライナはラズルが男の理想を詰め込んで作り上げた美少女使い魔だ。

 その美しさは間違いなく10人すれ違えば全員が振り返るほどである。

 そんな少女がこんな普通のファミレスにいるのだから、見ない筈が無い。


「あの……ラズル様」


 ふとラズルが気付くと、ライナがもじもじとしながら何かを言いたそうにしていた。


「どうしたライナ?」


「その……お代わりをしても宜しいでしょうか?」


 ライナは頬をそめてお代わりを要求する。


「……ははははっ! ああ、好きなだけ頼むといいさ」


 ラズルは笑った。この使い魔の子供らしさに。

 幸いガチャのお陰で予算に十分な余裕がある。

 多少ライナが大食いだったとしても特に問題は無い。


 ラズルの許可をもらったライナはさっそく呼び出しボタンを鳴らすと、店員に注文を行う。


「ええと、ステーキランチと煮込みハンバーグランチとカレーライスとシーフードドリアと和風パスタと……」


 つらつらとライナはメニューを頼んでいく。


「……ん?」


 その光景にラズルは一抹の不安を抱く。


「デザートにここからここまでを1つづつお願いします」


「え、あ、はい。ステーキランチと……」


 店員も本気で言っているのかと不安げにな顔をしながらメニューを復唱していく。そして最後のデザートまでを復唱したあと、ラズルちらりと見る。

 許可してしまったものは仕方が無い。ラズルは店員に対して頷いた。

 ラズルは気付いていなかった。

 使い魔の作成項目に燃費と言うモノがある事を。

 正しくは、戦闘用ではないライナには関係ない項目だと思っていたのだ。

 だがそれは違う。

 優秀な能力の持ち主であれば、何かしらソレを補う必要がある事に。

 運動が得意なら体の栄養を。

 学問が得意なら、頭脳の栄養が必要なのだと言う事に。

 結果、


「ご馳走様でした!」


 大量の空き皿がテーブルの上に並ぶ事となるのだった。


(これからはライナの食費も経費に計上しないといけないな)


  その日より、秋葉原の飲食店の間では莫大な売り上げを与えてくれる謎の美少女の存在が話題となるのであった。

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