第8話 初めての使い魔
「使い魔を創造する」
使い魔、それは魔王がダンジョンを運営する上で重要な存在である。
魔王の業務を補佐する使い魔は有能でなくてはならない。
その為、使い魔を創造する時は決してケチるなといわれていた。
現代で言えば、秘書、もしくは副社長に等しい存在といえる。
「秘書に求めるのはっと……まず可愛さだよな。スタイルが良くて、容姿が良くて、性格も良くて、能力も高くて、気が効いて、マメな性格だとなお良いね。そして何より俺に従順だと良いな。俺を心から尊敬し、心から慕う使い魔。うーん、ロマンだよね!」
などと気軽にとんでもない事を言うラズルであったが、使い魔という存在は、そんなとんでもないメチャクチャな理想を実現できる存在であった。
金さえあれば。
使い魔は人工的に生み出された従者である。
ソレゆえ、パラメータ調整で自由に使い魔の全てを自分好みにカスタマイズできる。
ただし、それを実現するには、非常に金銭的負担が多かった。
まず使い魔という存在自体が高価な為、素体だけで結構な金がかかる。
次に能力値である。素体の能力を上げるには、基礎能力を高める為の素材を使い魔作成時に合成する必要がる。
その素材は価格によって性能が大きく変わる。
そして外見と性格。
プレーンな素体は使い魔として覚醒した際にどんな性格になるか分からない。
最悪主人を裏切る様な性悪になる可能性もある。
もっとも。最低限の安全策は取られているので、主を殺害する様な危険なマネは出来ないが。
だがそれでも主人に対して悪意を持った使い魔が生まれた場合、どんな方法で主に害を加えてくるか分からない。その為、使い魔の性格設定には最大限注意が必要であった。
もちろん性格設定も細かく設定すれば高価になる。
なにしろ人格を調整するのだ、いい加減な仕事をすれば精神が破綻してしまう。
それゆえに、入念なデバッグを繰り返して組み上げられた人格設定もまた高価であった。
そして最後に外見である。
これはもう本人の好みなので、最大公約数の人間にとっての平均的な容姿設定が三段階用意されている。つまり醜い顔、普通の顔、美しい顔の三つだ。その三つのうちのいずれかを選んだ後に、個人の好みに合わせた細かいカスタマイズが始まる。
このカスタマイズを決める為に数ヶ月、場合によっては数年をかけて使い魔を設定する魔王も居るくらいである。
コレこそが、魔王を目指す若者達が居なくならないもう一つの理由であった。
主に欲望的な意味で。
普通の新米魔王ならば、最初の使い魔は性格のみを重視してなるべく安い使い魔を作り、魔貨を貯めてから理想の使い魔を改めて作る。
だが、ラズルが生み出す使い魔は、彼の運営したいダンジョンを効率よく回すために平均以上の、可能ならば最高水準の能力を求められていた。
「俺の替わりにダンジョンの運営を滞りなく行え、俺の替わりにダンジョンの宣伝を行え、俺の替わりに魔物達の世話を行え、俺の替わりに家事を行ってくれる理想の使い魔! 何より、ガチャの管理を問題なく行う為には最高性能の使い魔である事が最重要項目! その為に魔王リオレオン様のところで幹部候補に誘われるまで全力で働いたんだ!」
すべては、自分が楽をする為に。
自分は働かずにゴロゴロしていてもお金が稼げる様に。
最低な理由の為に、ラズルは全力でダンジョンの運営資金を稼いできた。
そんな彼の本心を知らないからこそ、周囲の人間は彼の実績だけを評価していたのだ。リナリーの様に。
「よーし! 使い魔の設定完了!」
あらかじめイメージしていた理想の使い魔のデザインを完了させる。
この日の為に彼は何百枚と言う理想の使い魔のデザインを考えていたのだ。
衣装や小物に至るまで。
うっかり両親にファッションデザイナーになりたがっていると勘違いされるほど、ラズルは真剣にデザインした。
その成果が今正に形になろうとしている。
ラズルの興奮は最高潮であった。
ダンジョンコアはこの設定で使い魔を生み出すのかとラズルに問うてくる。
ラズルは万が一のミスも無い様に何度も設定を確認した。
「よし、この設定で使い魔を創造する!」
ラズルが決断した瞬間、ダンジョンコアに記載された手持ちの魔貨を示す数字が凄まじい勢いで減っていく。
そして。
ブー!!!
表示された文字は『魔貨が不足しています』だった。
「ノォォォォォォォゥ!!!!!!」
つまり、欲張りすぎたのだ。
ラズルの理想の使い魔にする為には、彼の現在の所持金の100倍以上の魔貨が必要だった。
これだけ儲けているラズルの稼ぎをもってしても理想の使い魔への道は遠かった。
「くぅ、仕方ない。此処は性能を落とすか。戦闘能力を落として、家事能力も落とすか。うむむむ、まだ足りない。運営能力は落とせないから容姿か性格を……忠誠心は絶対に落とせないから……」
ラズルはかつて自分の働いていたダンジョンを運営していた魔王から受けたありがたいお言葉を思い出す。
「お前も魔王を目指すのなら使い魔の作成には気をつけろ。特に忠誠心だ。コレを適当にすると本当に後悔する。次に必要とする能力だ。どれだけ忠誠心が高くとも、能力が足りなければただの邪魔者だ。必要とする能力を間違えるなよ。特に忠誠心だ! 良いな忠誠心だぞ!」
何故か忠誠心を執拗に連呼する先輩魔王であった。
「……」
ラズルは目を閉じ、考えを纏める。
「もっとも必要なのは忠誠心とダンジョン運営能力。それ以外の能力は最低限に抑える。必要なら後から追加で創造すればいい」
ラズルはパラメータ設定を最低限必要な数値に調整し直す。
「ダンジョン運営に必要なアイテム補充の為にコレだけの魔貨を残す必要がある。そうすると残った金額はコレだけ。戦闘は魔物に任せる。家事は最悪自分でする。後は顔と性格だが……やっぱ美少女が良いよね!」
最低限の欲望だけは捨てられなかったラズルが容姿を設定していく。
当然魔貨の数字がドンドン減っていく。
「よし、性格はプレーンな人格だが忠誠心は最大だから何とかなるだろ。個人的には俺にメロメロな性格だといいんだが」
全ての設定を再度確認したラズルは、今度こそ使い魔の作成を決定する。
「さぁ、俺の使い魔よ! 今こそ誕生の時だ!! 使い魔作成!!!」
ダンジョンコアの魔貨の数値が減っていく。
そして金額の減少が停止した瞬間、ダンジョンコアの真上に光が灯った。
光からは凄まじく強い気配が洩れ出てくる。
この光の中から自分だけの使い魔が生まれてくるのだ。
ラズルの心は興奮に包まれた。
「さぁ、生まれろ。俺の使い魔。俺が大好きで俺の役に立つ事を心から喜ぶ最高の部下よ!」
光の輝きが最高潮に達する。
あまりの輝きにとても目を開けては居られなくなり、ラズルは己の腕を目の前に回して光を遮る。
そして、爆発するかのように光が輝いたあと、周囲は暗闇に包まれた。
いや、元の明るさに戻ったのだ。
光があまりにまぶしすぎた為に暗くなったと錯覚したのだ。
「成功したのか?」
ラズルは目を守っていた腕をどけて、光が輝いていたダンジョンコアの真上を見る。
「ん?」
そこに見えたのは、パンツであった。
上品でいながらも男の欲望を刺激するデザインのパンツ。
フリルに彩られた純白のパンツ。
「グッド」
それはラズルがデザインした理想の使い魔のパンツであった。
ラズルはひとしきりパンツを堪能すると、後ろに下がってパンツの主の姿を見つける。
そこには、絵から飛び出してきたかのような、理想的な美少女が居た。
太ももまで伸びる長く美しい水色の髪。
細いまつげ、サファイアの色の大きな目。
唇は小さく、桜の花びらのように淡く儚い唇が視線を惹き付ける。
腰には魔力を制御して空を飛ぶ小さな羽根が子悪魔的な愛らしさを生む。
小柄な体ながら、男を惑わす双丘のラインは理想的で、滑らかな太もものラインは、末端に至るハイヒールによって水が流れる様な鮮やかさを生み出していた。
誰が見てもそのその少女は美少女であった。
「正に、俺の、俺の理想の使い魔だぁぁぁぁぁ!」
ラズルは絶叫した。
夢にまで見た理想の使い魔が形となって目の前に現れたのだから。
「……貴方が……ご主人様ですか?」
使い魔がとろんとした目つきでラズルを見つめる。
並の男なら、いや、強靭な精神を持った男であろうともこの眼差しの前には骨抜きになってしまうであろう。
「ああそうだ。俺がお前の主、魔王ラズルだ!」
ラズルは声も高らかに宣言した。
これは使い魔に主を認識させる大事な儀式だからである。
主を認識した使い魔は、ラズルを己の仕える主であると使い魔作成時に設定された情報とすり合わせて確認する。
「確認いたしました。魔王ラズル様。私がお仕えするご主人様」
使い魔はラズルの前に降り立って、三つ指をそろえて頭を下げる。
「お前にはこれから俺のあらゆる仕事を手伝ってもらう。だがその前にお前に与えるモノがある」
「与えるモノですか?」
使い魔は疑問系でそれを問うが、コレは魔王と使い魔におけるもう1つの儀式である。あえて聞き、あえて答える。
「そうだ。お前に与えるモノは名前だ」
名付け、それこそが使い魔にダンジョン運営を与える上で性格設定に次いで重要な内容。
名前を与えられる事で、使い魔はダンジョン運営の為にダンジョンコアの機能の一部を扱う事が出来る様になるのである。
名前を貰うと言う事は、車のスペアキーを貰うに等しい出来事だ。
もしくは、企業におけるパソコンの管理者権限の一部の使用許可を与えられると言ったほうがわかり易いだろうか?
「お前の名前は、ライナだ。魔王ラズルの最初の使い魔ライナだ!」
「ライナ……」
名を与えられたライナが笑みを浮かべる。
この笑顔を向けられた男達は全員が全員、己に対する好意の微笑みと勘違いすることだろう。もしかしたら女であっても勘違いしてしまうかもしれない。
しかし、その微笑にはある種の冷たさがあった。
「ライナ、ご主人様の名前の一文字を与えて頂けるとは光栄の極みにございます」
夢から醒めるように、ライナから蕩けた気配が消えていく。
むしろ今のライナは氷であった。
社長を完璧に補佐する敏腕秘書である。
「じゃあライナ、これから俺のダンジョン運営でもっとも大事な作業を行うから、次からはそれを自分でもこなせるようにしっかり見ておくんだぞ」
「承知致しました!」
宙に浮いていたライナのハイヒールが地上に降りる。
己のダンジョンを運営する為の、最後の一仕事を始めるラズル。
だが彼はまだ気付いていなかった。
己が生み出した最高の使い魔の真の性能を。
運営能力だけとはいえ、最大限までステータスを極めた使い魔の力を。
彼はまだ気付いていなかった。
「あいたぁ!」
後ろを振り向くと、敏腕秘書がコケていた。
コケた事でパンツが見えている。
「あいたたた、このハイヒールという靴、何故こんなにバランスが悪いのですか? 理不尽です」
「……大丈夫かな」
とりあえずドジっ娘である事には気付いたラズルであった。
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