第5話 初めての課金ユーザー
秋葉原駅電気街口は今日も盛況だった。
謎の怪生物の闊歩する地下迷宮が存在する門。
ソレを一目見ようと大勢の人達がやって来ていたのだ。
皮肉にも、門の存在は電車会社と秋葉原の町全体の売り上げに貢献していた。
パン屋はアキバッシーパンなる怪生物を模したパンを売り、みやげ物やにはアキバッシークッキーが並び、店先にはアキバッシーぬいぐるみが販売されていた。
恐るべき企業のバイタリティである。
だがそんな門も、侵入者が入れない様に2mの高さの柵と複数の機動隊員によって一般人が近寄れない様にされていた。
見物人に出来る事は、柵の上に位置する建物から写真を撮るくらいであった。
その日までは。
「あれは邪魔だな」
そうつぶやいたのは、日本人に偽装した魔王ラズルであった。
(転移門の使用料も安くないんだ。機動隊相手のベータテストも終わった。そろそろ一般のお客さんもご招待しないとね)
ラズルがパチンと指を鳴らす。
それは魔法であった。
彼の放った音は魔力によって増幅され、門を物理的に封鎖していた柵に衝撃を与える。
柵は激しく揺れ、最も衝撃の負荷が大きかった接続具が断裂、柵の一角がそのまま倒れ、連鎖的に門を囲む柵が倒れてしまった。
侵入者対策に連結していたが故の悲劇である。
突然のトラブルに広場が騒然となる。
機動隊隊員達も一瞬何が起こったのかと対応が遅れてしまった。
そして、そのスキを見逃すラズルではなかった。
「チャーンスッ!!」
一般人の振りをしたラズルが門に向かって駆け出していく。
まだ誰も反応できない。
魔族であるラズルは人間よりも身体能力が高い。
それを不自然に思われない程度の速さに抑えて門に到着する。
当然門の取っ手は安全の為にワイヤーでグルグル撒きにされていたが、ラズルは用意していた手斧でソレを叩き切る。
(この程度のアイテムならこの国に売っている事は把握済みだ)
そして漸く事の重大さに気付いた機動隊員達が動こうとしたその時、新たな騒動が起こった。
一般市民が門に殺到したのだ。
最前列は各国の工作員。次が他国と繋がっている反政府勢力。次にマスコミ、そして最後が野次馬根性に溢れた一般人だ。
機動隊員達はラズルと一般市民のどちらに対処するか迷った。
その迷いは更なる騒動を招く。
ラズルが門を開き、中に入っていくと工作員達も続いて中へと入っていく。
さらには反政府勢力、マスコミ、一般市民も続いていきもはや機動隊員達だけでは対処が不可能となっていた。
彼等はこれ以上の侵入を抑える為、門の入り口へと向かい、支給されたライオットシールドを構える事で物理的な侵入を遮る肉の盾となった。
だがそれに気づかない一般人が後ろから前に前にと押して行き、機動隊員達を後ろに下がらせる。
如何に屈強な機動隊員でも、圧倒的な物量の前にはどうしようもない。
「本部! 本部! 門にトラブル発生! バリケードが破壊され一般市民の侵入を許してしまいました!! 至急応援を……っ!?」
と、その時だった。
警察庁本部に応援を要請していた機動隊員は、門に起こった新たな異変を目の当たりにする。
「え? 誰が?」
なんと、門がひとりでに動き出し、バタンと閉まったのだ。
『どうした!? 何があった!?』
無線から本部隊員の声が聞こえてくる。
「門が、門がひとりでに閉まりました。今門に殺到した市民がこじ開けようと試みていますが、開く気配はありません」
それは、魔王ラズルの計画が新たな段階に入った事を告げていた。
◆
「ご覧下さい、これが門の中です。門の中は階段となっております」
芸能リポーター桜山元子は人でギュウギュウに詰まった門の中を、カメラ目線で降りていた。
「あ、門が閉まりました! 誰かが閉めたのでしょうか!? どうやら我々はこのまま 進むしか道は無いようです」
始めから戻る気などない桜山はコレ幸いと降りていく。
(大丈夫かなぁ。これ後で警察に怒られるよな。厳重注意どころか公務執行妨害で逮捕されたりしない?)
桜山についてきたカメラマンの大門正樹は内心でビクビクとしながら桜山を撮影する。
「あ、階段が終わります。この先にあの怪生物、アキバッシーの姿があるのでしょうか!?」
(あったらどうするんだよ。あんなバケモノがこの状況で襲って来たら逃げ場無しでマジで死んじまうんだぞ)
ただの現場撮影だと思っていたのに、まさかの内部侵入で大門のストレスは頂点に達していた。
彼は極度のビビリであった。
だが彼の心配は全くの杞憂であった。
少なくともこの時点では。
門の内部に侵入できた人間達全員が最初のフロア、フリーフロアに入ると、薄暗いフロアが突然光に包まれる。
「魔王ラズル様のダンジョンにようこそだワン(ニャ)(ウサ)!!」
現れたのはおなじみワウ、ラウ、ニャウの3人娘であった。
「え? な、何!?」
「ネコミミ!?」
「バニー!?」
「犬耳ギャル!?」
人々の反応は様々であったが、共通した思いはひとつ、驚きであった。
彼等は階段を下りた先にいるのは謎の怪生物アキバッシーだと思っていたからだ。
だが実際に居たのはバニーガールの様な恰好を下ノースリーブの白シャツを着た女の子達。しかも全員が美少女だ。
「始めての探索者様にはこちらのガチャをサービスニャ。初回は一回のみ無料となっておりますニャ」
ワウ、ラウ、ニャウの腕の中には先日機動隊員達に見せたカードガチャマシンが抱えられている。
「は? ガチャ?」
何故ガチャなのか? 彼等は困惑した。
「向こうの扉はこのガチャで引いたアイテムを持っていないと入る事が出来ないウサ。さあさあガチャを引くウサ!」
ワウ達に押されてガチャを引く他国の工作員達。
ソレを見るマスコミと一般市民。
困惑していた彼等だったが、次の瞬間それは驚きに変わる。
機動隊員達の時と同じくカードが光を放ち、本物のアイテムに代わったからだ。
「な、何が起きたのでしょう!? 当然カードが剣や槍に変わりました!! これはトリックではありません 私達の前で本当に起きた出来事です!!」
桜山が興奮した様子で実況を行う。
そしてワウ達は先日機動隊員に行った説明をもう一度行っていく。
「更に! ダンジョンに来る探索者には1日ごとにログインボーナスとして一回無料ガチャがプレイできるニャ。無料ガチャは最高でレアまでアイテムが出るニャ」
そうして全ての説明が終わった後、ワウが胸元からカードを取り出す。
「これは準最高レアであるスーパーレアカードの一枚、聖剣ジャスティリッパーだワン」
ワウのカードが神々しい黄金の輝きを放ち、光り輝く剣に変わる。
ソレを見た人々が再びどよめきを上げる。
「その威力は凄まじく、最下層に住む(予定の)ブラックドラゴンの鱗すら切り裂くウサ!」
ラウの言葉に答える様にワウがジャスティリッパーを振るうと、剣は光の粒子を撒き散らしながら空間に三日月のような光の弧を描く。
その幻想的な光景に男達は興奮し、女達はため息を吐く。
「アイテムは回復アイテムから武器や防具、更にもっと素敵なアイテムもあるニャ。どんなアイテムがあるかは、実際にガチャを回してみれば分かるニャ」
ミャウの言葉がトドメだった。
ガチャを差し出された彼等はこぞってガチャのレバーを回し始める。
実際にダンジョンに潜るつもりは毛頭ない。
だが無料といわれれば回してみたい。
本当にカードがアイテムになるところを見たい。
それがレアアイテムになるならもっとみたい。
その欲望に支配されて人々はガチャを回した。
「次は俺だ!」
「私が先よ!」
その光景を部屋の隅に佇んでいたラズルは見ていた。
(いい感じだ。これで誰か一人でも動いてくれればこのダンジョンは本格稼動する)
レアカードを引いて喜ぶ者、コモンカードを引いて悔しがる者。悔しがる者を見てあいつよりはマシなカードかと己の慰める者と様々だった。
そして、遂にそれにガマンできなくなった者が現れる。
「10連ガチャ1回頼む!」
一人の男が4000円をワウに突き出す。
そう、彼はハズレのコモンカードを引いてしまったのだ。
彼は重度の課金ユーザーだった。
自分のプレイしているゲームにおいて、特に興味の無い新キャラクターが配布されたときでも、ついつい配布された無料ガチャアイテムで新キャラガチャに参戦してしまう。そして高レアキャラが手には入らなくて熱くなり、高レアが出るまでガチャを回してしまうのだ。
そんな彼が、隣に高レアを出している人間がいるのにガマンできる筈が無い。
「毎度ありがとうございますワン! それでは10回お引き下さいワン!」
「来い来い来い来い!」
男はガチャのレバーを回す。
最初に出てきたのは、なんとも地味な短剣の絵が描かれたカードだった。
「コモンカードのダガーだワン」
「っ! 次だ!」
男はガチャを回し続ける。
コモン、アンコモン、コモン、コモンと低レアのカードばかりが出る。
そして最後の10回目。
「頼む! 来てくれ来てくれ来てくれ来てくれ来てくれぇぇぇぇぇ!」
周囲のギャラリーが固唾を呑んで見守る。
そして出てきたのは、キラキラと輝くカードだった。
「おめでとうございますワン! スーパーレアカード【炎王の剣】だワン!!」
「いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
男はのけぞりながら喜びを表現する。
「「おおおおおっ!!」」
周囲からどよめきが上がる。
「ねねねねっ、このカードってどのくらい強いの!?」
自分の手に入れたアイテムがどれだけ強いのか、知る為、そして周囲に自慢する為に男はワウに問いかける。
「そうワンね。その剣ならLv1でも地下3階のモンスターくらいなら余裕で倒せるワン」
「マジっ!? ……ってLv1?」
ワウの言葉に男が怪訝な表情になる。
重課金兵である彼は、カードにLvが存在するという言葉に不穏なものを感じたからだ。
「アイテムにはLvが存在するワン。同じカードかレベルアップアイテムを重ねる事で能力が増すワン。だから低レアカードでもレベルを上げればある程度は戦えるワン。それでもレアリティが高いほうが最終的な性能はやっぱり上ワン」
予想通りの内容だった。
「此処にマークがあるワン。これがLv1だワン。レベルが上がるとこの数字がドンドン増えるワン。最大でLv99になるワン」
「レベルアップアイテムってのは?」
「ガチャかダンジョン内の宝箱ガチャで手には居るワン」
男は自分が出した剣を見つめる。
「地下三階まではこれで楽勝なんだよね」
「そうワン。さっき引いた防具を装備して、そこの売店で売っているポーションや毒消しも買っていくと良いワン。武器だけじゃ攻撃を受けると死んじゃうワン」
「売店か……」
男は手持ちがなかった。なぜなら何時も重課金で金欠だからだ。そしてなけなしのお金を先ほどのガチャ使い切ってしまった。
ならば彼のする事は1つである。
彼は自分が引いた低レア防具を装備する。
そしてこれまた低レアのポーションをポケットに入れて準備を完了した。
「ちょっとダンジョンに潜ってくる」
再びどよめきが走る。
まさか本当に潜るヤツが居るとは思わなかったからだ。
「あ、あの! 書買TVですが、私達もご同行させて宜しいでしょうか!?」
無料ガチャで盾を出したらしい桜山が男に話しかける。
「TV局!?」
人生においてTV局に話しかけられるとは思っても見なかった男が驚きの声を上げる。
そんな男に近づいた桜山がぼそりと殺し文句を吐いた。
「後で取材費を支払わせていただきますので」
「モチロンイイですよ!!」
即答であった。
彼は後ほどそのお金でガチャをすると決めた。
悲しいまでに彼は課金の魅力に浸かっていたのだ。
◆
ダンジョン内を男、いや
その後ろを桜山、そして大門が続く。
「ダンジョンは薄暗く、ライトの灯りだけでは心もとないですね。果たしてこのダンジョンには本当にアキバッシーが居るのでしょうか? そしてこのダンジョンを作ったという魔王ラズルとは一体何者なのでしょうか!?」
桜山のレポートを聞きながら加地屋は興奮していた。
まるで自分が芸能人になった気分だ。
(コレでモンスターを華麗に倒せば俺は明日からヒーローだな!)
などの思ったのがいけなかったのだろうか?
最初の曲がり角を曲がった先で加地屋は生まれて始めてモンスターと遭遇する事となった。
現れたのは機動隊員が始めて遭遇したモンスター、ランナーリザード。
突然目の前に現れたモンスターに意識が追いつかず硬直する加地屋。
だがランナーリザードにはそんな加地屋を気遣う気など毛頭無い。
腕の鎌爪で加地屋に襲い掛かる。
一閃、加地屋の胸にランナーリザードの爪が刺さる。
「イギャァァァァァァ!!!」
あまりの痛みに加地屋が悲鳴を上げる。
「ギャア! ギャア! ギャアァァァァ!!!」
パニックになった加地屋が手にした武器をメチャクチャに振り回す。
その中の一振りが運よくランナーリザードに当たる。
すると炎王の剣から炎が立ち上り、ランナーリザードの体を燃やし尽くす。
炎王の剣の副次効果、【火炎】の効果である。切り裂いた相手に一定の確率で炎が燃え広がる効果である。
炎王の剣はランナーリザードに掠っただけで大したダメージではなかったが副次効果によって一気にランナーリザードの命を奪った。
それこそがワウの言っていた地下三階までの敵なら倒せるという意味だった。
使用者の技量が大した事なくても、掠りさえすれば倒せるという意味で。
「た、倒した……のか」
突然モンスターが燃え出した事に驚き、加地屋は正気に返る。
「た、倒しました! 突然襲い掛かってきたモンスターを見事撃退しました!」
桜山の言葉で勝利を実感する加地屋。
「勝利のご感想を!」
マイクを差し出された加地屋は気さくに笑いながら答える。
「いやあ、たいした事無かったですよ。ダメージも防具のお陰で殆どありませんでしたからね」
だが加地屋は気付いていなかった。
モンスターに襲われた恐怖で、自分の顔が涙と鼻水塗れになっていた事に。
◆
翌日、書買TVでは加地屋の活躍(?)が大々的に報道されていた。
悲鳴を上げながらモンスターに攻撃をして一撃で倒す様を。
そして加地屋の手に入れたスーパーレアアイテム【炎王の剣】はこのダンジョンを象徴するアイテムとしてお茶の間の皆さんの記憶に残った。鼻水まみれで恰好をつける加地屋の姿と共に。
番組の最後は宝箱のある部屋で加地屋が宝箱ガチャを行ってレアアイテムの【水王の盾】を手に入れたところで終わった。
勿論帰りも騒動があったのだが、それは放映時間の都合でカットされた。
そしてこの報道とほぼ同じ時刻に、共にダンジョンに潜っていたマスコミが同様のダンジョン報道を行い日本中にダンジョンの事が広がるのだった。
秋葉原ダンジョンラッシュの始まりである。
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