第4話 欲望の都
その日、日本中、いや世界中が大騒ぎになっていた。
秋葉原駅の傍に突然現れた謎の門、その奥から未知の怪生物の存在が確認されたからだ。
始めは無断で建設された違法建築物の内部に立てこもっていた警察官暴行犯を捕らえるという一ヶ月もしない内に風化しそうなニュースだった。
だが突入した機動隊が布のかけられた担架を担いで地上に戻ってきた事で全てが一変した。
厳重にロープで固定されていた担架だったが、門を出る直前に運悪くロープが切れ、布で隠されていたソレの存在が衆目の目に晒されてしまった。
担架に乗せられていたのは、機動隊員でも犯人でもなく、なんと六本の足がある恐竜としか言いようの無い生物だった。
当然その光景はマスコミによって全国に報道され、更には現場に居た野次馬が携帯電話などで撮影した映像をインターネット上で拡散。
どう足掻いても隠蔽が不可能な状況となった。
観念した警察は、門の下には謎の地下建築があり、その中には未知の生命体が徘徊していると公式に発表した。
警察上層部はその発表を盾にダンジョンへの一般市民の侵入を禁止し、門周辺にバリケードを張って機動隊による24時間体制の監視を置く事となった。
◆
「まったく、トンデモナイ事になったものだ」
薄暗い会議室の中、背広姿の男達がため息を吐く。
「あそこで固定用のロープが切れなければこの様な面倒事にはならなかったものを。設備担当者は更迭しろ!」
小太りの男が苛立ちを隠しもせずに激昂する。
「それなんだが、どうもロープは人為的に切られたらしい。おそらくはダンジョンを出る前に細工をされていたのだろう」
細身の男の報告に室内に驚きの声が漏れる。
「やはり他国の工作員か」
「だろうな。我が国だけで未知の生物を独占させないのが目的だろう」
「その件で環境保護団体及び動物保護団体がダンジョン内の生物の保護を、市民団体が安全面からダンジョンの物理的封鎖を要求してきておりますな」
「騒ぐしかできん連中め。どうせそれで被害が広がったら我々の責任にする癖に」
論ずる価値も無いと老境の男が切り捨てる。
「各国の動物学者が捕獲したサンプルの合同調査を要請してきたそうだ。国の圧力も込みでな」
彼は日本国を運営する組織に所属する人物達だった。
それぞれが所属する部署のトップ、もしくはそれに等しい人物ばかりだ。
「国内の学術機関からの研究参加希望者も他国の息の掛かった売国奴ばかりだ。まともな研究者は派閥のスミに追いやられているようで申し込む資格さえ与えられない情況だそうだよ」
「その希望者も碌な実績の無いインチキ論文ばかりを上げている連中ばかりですね。よほどサンプルを自分の国に持ち帰りたいと見える」
インターネットに未接続のノートパソコンを操作して、お互いに有線で情報を交換する男達。
「どんな理由でもいい。信用できて使える人材だけを集めてくれ」
会議室の中で、最も存在感を放つ男が静かに発言した。
「あのダンジョンは、我々日本国だけで管理する」
しかし、その決断もとある第三者によってあえなく水泡と帰すのだった。
◆
男達がダンジョンへの対応を決めた数日後、再びTVと新聞は大騒ぎとなった。
【秋葉原地下迷宮の怪生物は新薬開発の希望!?】
【現場で活動した機動隊隊員からの独占インタビュー!】
【人知を超えた秘宝の眠る迷宮!?】
それはニュースの報道であり、それは新聞の見出しであり、それはネットの情報であった。
何処から漏れたのか、捕獲した怪生物の調査情報が外部に流出していたのである。
「どういう事だ!? あの生物の解析は信頼出来る者だけで行ったんじゃないのか!?」
あの会議室で怒りを隠しもせずに怒鳴っていた小太りの男、小台大樹は、朝何気なくつけたTVのニュースを見た直後、即座に自分の部屋に戻って同じ会議に出席した仲間の一人、真田伸介に電話をした
『TVについては私も確認した。端的に言おう。解析に参加した者達は誰一人として情報を公開していない。極秘で関係者を追跡していた捜査官が確認している』
「家の中はどうなんだ!?」
『国が公表するまでは研究所の職員宿泊施設に泊まらせていた。今もそうだ。情報が出たのは完成した書類を纏め、報告の為に輸送する途中だ』
「盗まれたのか!?」
それは国にとっての恥であった。
国家の一大事になる危険もある危険な怪生物の情報を盗まれたのだから。
『いや、盗まれては居ない。恐らく輸送中にどこかで情報をコピーされたらしい。誰がコピーしたのかは不明だ。だが間違いなく他国と繋がっている者の仕業だろうな』
小台は怒りのあまり起こる事すら出来なくなってソファーにへたり込む。
「それで、どうなると思う?」
『情報には意図的な間違いが多く含まれている。それも国民の不安を増す方向でな。今後の方針としては、国民の不安を取り除く為に急ぎ正式発表のスピーチ書類を制作するのが最優先の課題となるだろう。労力的に、犯人探しは事実上の二の次だな』
小台は大きくため息を吐いた。
「何故我々の任期にこの様な面倒事が起こるんだ」
他人には間違っても聞かせられない発言。
それをしてしまうあたり、この二人はそれなりに近い関係である事を伺わせる。
『ぼやいても仕方有るまい。他国の介入を防ぐ為、機動隊と自衛隊から専門の調査隊を組む事を進言するつもりだ。あの地下内部であらゆる行動を許容する独自権限を持つ調査隊をな』
「このご時勢にそんなモノを作れるのか?」
人権や安全が過剰に取りざたされる現代、危険な業務はそれだけでバッシングの対象となる。
それが未知の怪生物相手なら尚更だ。
『この件については間違いなく大きな利権が動く。それを上手く唆せば他の連中も賛同してくれるさ』
「魔王、魔法の武器、モンスター。まるで現実感が無いがな」
機動隊からの報告書類を見た時は、にわかには信じられなかった。
だが本物の魔法のアイテムと未知の怪生物の死骸を見ては、そこに人知の及ばぬ何かがある事は理解せざるを得なかった。
『あそこは文字通りのフロンティアだ。資源と国土に劣る日本が他国に対してカードとして使えるモノに溢れている』
電話越しだというのに、真田の淡々としたセリフの中に滲む熱気を小台は感じた。
しかしソレを不思議とは思わない。
なぜなら、
(柄にもなく私も興奮している様だ)
現実世界において、人に指示をくだすリアリストの彼だったが、それでも未知の生物の徘徊するダンジョンなどという空想の世界にしか存在する筈のないモノが自分達の国に現れたのだ。
男として、興奮しない訳が無い。
ならば、人の縄張りに勝手に入ろうとする盗人を許す理由など無い。彼等はその思いを言葉にする事なく理解しあった。
「そうだな。アレは、我々のモノだ」
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