第3話 モンスターパニック
「おお、入ってきた入ってきた」
ダンジョンの最下層で、魔王ラズルはダンジョンに入ってきた機動隊の行動を見ていた。
ダンジョンコアにはダンジョンで起きている出来事を主に映像として見せる機能が付いていた。
「最初のガチャは無料。だが現実ではリセマラは不可能。既に入ってきた連中の魔力波長は登録してある。そして何人かはさっそくガチャに興味を持ってくれた様で何より」
事実、機動隊員の何人かは、自分がコモンアイテムを引いた事を気にしてガチャマシンの方を何度もチラチラと見ていた。
機動隊の様子を見るラズルは我知らず緊張していた。
これが魔王としての初仕事。
ダンジョン稼動初日の探索者達の動向こそが、今後を大きく左右するのだから。
「お、やっぱりパーティを分けたか」
ダンジョン内は拾い。大の大人が横に3人並んで激しい戦闘が出来るくらいには広かった。
だが、数十人の人間が戦闘するにはあまりにも狭すぎた。
その為、彼等はダンジョンの通路が分かれる度に6人1組の班を残して前進した。
それは村田の上司からの命令である、安全を確認する為の苦肉の策でもあった。
たとえ敵と遭遇しても、これなら即座に近くの味方と連携が取れる。
効率は悪いが、現場に居ない上を納得させる為にはコレくらいの安全策をとるしか方法は無かった。
「徹底した安全策だな。っと、早速モンスターと遭遇か」
最前列を歩く班がモンスターと遭遇する。
遭遇したのは、全高3mほどの大きさをしたランナーリザードと呼ばれる肉食恐竜を小型化したかのようなモンスターだ。
ただしランナーリザードは足が4本に巨大なカマの様なツメをした腕が2本生えているモンスターだった。
ラズルは探索者が一番最初に遭遇する地下2階のモンスターを、この世界には存在しないデザインの生き物にする事にした。
それは最初のモンスターに遭遇した異世界人がこのダンジョンを誰かのイタズラだと断定させない為だ。
どう考えても、ここには未知の存在がいると、調査しない訳にはいかないと思わせる為に、彼はモンスターの外見に拘った。
『うわぁぁぁぁ!』
『きょっ、恐竜!?』
突然表れた未知の存在に対し、パニックに陥る機動隊員達。
『う、撃て! 撃て!』
機動隊員達が装備していた暴徒鎮圧用の高圧放水器でランナーリザードを攻撃する。
この放水器は元々火災消火用の個人携行装備であったが、至近距離では車のフロントガラスを粉々にする威力から警察や軍隊でも採用される様になったモノだ。
実銃の使用が困難な日本ならではの採用理由であるといえよう。
機動隊員達がランナーリザードに放水攻撃を加えるが、あくまでも対象を殺傷しない目的で使用する物。ランナーリザードにしてみれば手加減されているようなものだ。ランナーリザードは派手に吹き飛ばされはしたものの、さほど間を置かずに立ち上がり、自分を攻撃してきた機動隊員に対して雄たけびを上げる。
『う、うわぁ! ぜ、全然効いていないぞ!!』
ランナーリザードの雄たけびに恐怖した機動隊員達が再度トリガーを引くものの不意打ちから立ち直ったランナーリザードは4本の足で耐えて今度は耐える。
だがそれでも6人の隊員からなる連続放水攻撃で多少なりともダメージを受けたらしく、ランナーリザードの動きが鈍くなる。
しかしそれは鈍くなっただけだった。
あくまでも捕獲を目的とした装備ではランナーリザードを殺傷するまでには至らない。
時間を置けばそのダメージは回復してしまうからだ。
案の定、放水が終わればランナーリザードはふらつきながらも機動隊員に近づいていく。
その両手から生える巨大なツメに、死神の姿を見る隊員達。
『おいおいおい、こんなバケモノと闘うなんて聞いてないぞ』
『大変だ!恐竜みたいなバケモノが出た! 援軍を呼んでくれ!』
『馬鹿逃げるんだよ! 放水じゃあ倒しようが無いだろうが!』
近づいてくるランナーリザードから逃れる為、機動隊員達は高圧放水器で何度も攻撃しながら撤退していく。
しかし、その動きが突然止まった。
『おい、何で動かないんだよ! バケモノが近づいてきてるんだよ!』
しかし隊員の言葉を受けても出口側の他員達は動こうとはしなかった。
『オイ!』
痺れを切らした隊員が道を塞き止めている隊員の方をつかんで怒鳴る。
『ダメだ! T字路の反対側からバケモノが来てるからコレ以上戻れないんだよ!』
それは死刑宣告であった。
後ろを見れば迫り来る死神の姿。
機動隊員は必死の形相で放水器を発射するが、所詮は時間稼ぎ。ついには背中に背負ったタンクの水が切れてしまった。
『クソ! 水が切れた!』
『こっちもだ! チクショウ!!』
頼みの綱の放水器が使えなくなった隊員達は絶望に襲われる。
だがモンスターにはそんな事は関係ない。
鬱陶しい放水攻撃をしなくなった事を好奇と見たランナーリザードは一際大きな雄たけびを上げて、最前列の隊員に襲い掛かる。
『うわぁぁぁぁ!』
唯一の武器を失った最前列の隊員の一人、志野原がその鎌爪の最初の餌食となる。
『ギャァァァ!! 痛い痛い痛い痛い!!!』
恥も外聞もなく叫ぶ志野原。
「うんうん、いい感じでピンチだね。さーて彼等はモンスターに勝てるのかな? って言うか勝ってもらわないと困るんだけどな。ほら頑張れ冒険者。ちゃんとその為のアイテムは渡してあるだろう?」
映像の向こうでは、ランナーリザードが志野原にトドメを誘うと近づいていた。
他の隊員達は、自分が死ぬのを恐れて近づけない。
たとえ訓練を受けた隊員でも、武器もなしにバケモノと戦える訳がなかった。
それが恋人や家族ならいざ知らず、あくまでも面識のある他人に過ぎない志野原を命がけで助ける理由が彼等にはなかった。
近くに居るにも関わらず、助けてくれない仲間に絶望する志野原。
「ちっくしょぉぉぉぉぉ!!!」
死にたくない、その一心で足掻いた彼に、運命は微笑んだ。
彼は、無我夢中で抵抗を試みた際、己が持つ唯一の反撃手段を使う事に成功したのだ。
すなわち、カードガチャで手に入れた武器での攻撃である。
鞘に入れたまま、ベルトに差し込んで使う事を忘れていた剣を抜き放った彼の一撃は、油断して近づいてきたランナーリザードに痛恨のダメージを与えた。
本当に役に立つとは思わなかった前次代的な武器。
だが今はこの重みが何より心強いと勇気付けられる志野原。
ランナーリザードが苦悶の雄たけびを上げる。
しかし志野原は臆する事無く攻撃を続行。
殺されそうになっているこの状況で臆病風に拭かれるわけには行かないからだ。
「よし良いぞ! 頑張れ異世界人!」
何故か敵である機動隊員を応援するラズル。
そしてその応援が功を奏したのか、仲間の隊員達が自分の武器に気付き、遅ればせながら戦闘に参戦。多勢に憮然となったランナーリザードは哀れ機動隊員達に退治さてしまった。
『いよっしゃぁぁぁぁぁ!!!』
お返しとばかりに雄たけびを上げる志野原達。
「よしよし、コレならダンジョン運営は上手く行きそうだな」
敵が勝利したというのに、ラズルは満面の笑顔を浮かべてその光景を見守っていたのだった。
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