第6話 夢の地下迷宮
ダンジョンのフリーフロアは人で埋まっていた。
マスコミがダンジョンのフリーフロアにはモンスターがいない事を放送した為である。
それが理由でフリーフロアまでの見学を希望する声が殺到したのだ。
何より、TVで面白愉快な活躍をした重課金兵、加地屋真輔の存在も大きかった。
どう見ても素人の彼でも、レアアイテムを使えばモンスターと対等以上に闘えると人々に認識された事で、自分でもレアアイテムを使えばダンジョンで活躍する事が出来ると夢想させたのだ。
もちろん警察もそんな甘い妄想を許すはずが無い。
最初は入り口で我慢出来ても、レアアイテムを手に入れればいずれガマンできなくなる。
そうなればアイテムの力に任せて強行突入しようとする無謀な若者達が出るのは火を見るよりも明らかだ。
何時の時代も無軌道な若者は居るし、なにより現代において存在が否定されたファンタジーがそこにはあった。
作り物の幻想ではなく、実現できる冒険があるのなら、自分は英雄になれるかもしれない。
そう思ってしまうのも無理からぬ程、現実の世界には夢がなくなっていた。
そんな彼等の夢を後押しするかのように、何故かバリケードは壊れ、その度に人々がダンジョンに殺到した。
今ではバリケードが壊れる時が入場時間と言わんばかりの空気が秋葉原に蔓延しており、更に入場に間に合わず機動隊のガードで追い返されてしまった野次馬達がそのまま秋葉原散策に出る事で町全体の経済が活性化していた。
もはやダンジョンは超人気アトラクションの様相を呈していた。
◆
「10連ガチャ1回!」
今日もダンジョンの有名人加地屋真輔がガチャを回す。
何故か非常に高い確率でダンジョンに入れる彼のガチャは、一見の野次馬にとってショーの様相を呈していた。
「来い来い来い!!」
一枚、二枚とカードを引いていく加地屋。
「よし来たぁ!!!」
加地屋が手に入れたのは、キラキラと光る鎧のカードだった。
「おめでとうございますワン! 今回ゲットされたのは【風王の鎧】だワン。からだが軽くなって敵の攻撃を回避し易くなるワン」
「よっしゃ王シリーズ来た!」
王シリーズ。それは加地屋が最初に手に入れた炎王の剣にちなんで付けられた呼び名である。王の名がついていることから、このダンジョンにおける高レアアイテムの基準のひとつとなっているのだ。
「さすが加地屋、やっぱ持ってるぜ」
「ああ。少し間を置いたほうが良いな」
加地屋がレアをゲットしたのを見てガチャへの参加を見合わせる課金兵達。
替わりにガチャ経験の薄い素人が加地屋の後ろに並ぶ。
彼等は課金兵達がレアをゲットする為の生贄なのだ。
残りのガチャを引いた加地屋は、さっそくフロアの端に移動して風王の鎧を装備する。
実は入手したアイテムはカードとして持ち歩く事が出来、必要な時にカードから実体化できるのだ。
加地屋は炎王の剣と水王の盾を実体化させて装着する。
見た目は何処にでもいそうな小太りの男なのに装備だけが豪華なその姿は、まるでもの凄く出来の良いコスプレをしているような滑稽さがあった。
装備を整えた加地屋が次にする事は回復アイテムを購入する事だ。
ワウ達3人娘が経営する売店では、ポーションを始めとして毒消しなどの状態異常を直す薬も売っていた。
しかもこの薬は非常に高性能で、どのような毒でも直す事が出来るというとんでもない薬効を持っていたのだ。
今回の様にダンジョンに侵入した野次馬の一人が売店で購入した薬を知り合いの大学研究者にお土産気分で渡したのが事の始まりだった。
噂のダンジョンで手に入れた薬を面白がった研究者が興味本位で薬の成分を解析をした事で大学研究室は大騒ぎになった。
本来毒の血清とは、一種類の毒に対してしか効果が無い。例えばハブの血清だ。 だが解析の結果、ダンジョンで販売されていたこの毒消しは複数の抗体を持っている事が判明したのだ。
しかも一本1000円ととってもリーズナブル。
その情報は不自然なほど迅速に広まり、多くの医療機関から大量のサンプル確保が求められた。
しかし出所の怪しい薬を研究以外の理由で使われてはたまらない。
その為、政府はダンジョンで購入した薬を信頼出来る機関に少量のみ提供し、どれだけの量をどのような実験に使ったのかを詳細にレポートして提出するように命じた。
他国に薬のサンプルを奪われない為だ。
だがその対策が結果としてダンジョンに侵入してきた一般人を高額で薬を売り買いする転売屋行為に走らせた。
そして警察もソレに対して対策を練ろうとした。
具体的には門内部に人員を配置して侵入者を追い返そうとしたのだ。
だが侵入者である野次馬が一定数入ると、門は機動隊が入れ無い様に閉じてしまう。そして一定時間経過しないと空かなくなるのだ。
その為、内部の機動隊員が買い物やガチャを抑制しようとしても、野次馬の数が多くて対処が出来なくなっていった。
配置される隊員の人数にも限界があるからだ。
しかも配置に関しても何者かの意図で増員を妨害され、最低限の人数しか内部の防犯には回せなかった。
結果、ある程度のガチャと買い物は見逃すしかない状況となっていった。
その代わりとして、ダンジョンから出てきた人間を再びバリケードを張って確保する事だった。
もっとも、これに関しても何故か都合よく強い突風が吹いてバリケードが壊れたりして多くの野次馬に逃げられる事となっていた為、あまり役には立っていなかった。
そして話は戻るが、そんな状況なので、内部の機動隊員は基本モンスターの出るフリーエリア際奥の門を守る事に終始していた。
その状況でフル装備の加地屋が何をするかと言うと。
「すいませーん、写真撮らせていただいても宜しいですかー?」
「ええどうぞ!」
レアアイテムをゲットした者達によるリアルコスプレ撮影会であった。
◆
そんなフリーエリアの光景を眺める魔王ラズル。
「いやー、本当この世界は美味しいな。探索者が冒険もしないのにもうこんなに欲望エネルギーが溜まってるよ」
ダンジョンコアに現在の欲望エネルギーが表示される。
新米魔王のダンジョンとは思えないほどの数値を見て、上機嫌でペットボトルの紅茶を口にするラズル。その代金はガチャの売り上げだ。
「未知の存在を知りたいという知識欲、どんな毒や怪我も治すこの世界には存在しない薬による生存欲求と金銭欲、レアアイテムを求める収集欲、ついでにコスプレによる自己顕示欲。本当に欲望の種類の多い世界だよ」
ラズルが居た世界に比べてこの世界には人の欲望の種類が多い。
それはこの世界はラズルの世界と比べて人間の天敵が存在しないからだ。
そしてそれは人間に余裕を生む。
余裕はそのまま退屈しのぎや娯楽の向上といった無駄の追及に繋がる。
あまりにも人間が生存する事に適したこの世界はラズルが想像もしなかったほどに欲望に満ちていた。
「この世界は確かに魔力が少ない。けれど、この時代の人間はソレを補って余りあるほどに欲望に満ちている。通りすがりの子供ですら欲望に溢れている。死に掛けの爺さんですら年甲斐も無い欲望に浸っている」
何よりラズルが驚いたのは、ガチャシステムだった。
魔王になった時に役立つかもしれないとランダム召喚魔法で呼び込んだアイテム【スマホ】から得た情報はラズルに想像だにしなかった衝撃を与えたのだ。
この世界の人間は実体のないゲームのデータと言うものに大金をかけると言う事に。
そしてそのデータもゲームが飽きられれば無駄になってしまう。
だと言うのに何故か人々はゲームに莫大な大金を支払っていたのだ。
「正直言って信じられなかったけど、このスマホの持ち主もガチャに大金をかけていたみたいだし、事実加地屋君もガチャをいっぱい回してくれている。君をサンプルとして毎回招待した甲斐があったというもんだ」
そう、加地屋は運よく毎回ダンジョンに入れたのでは無い。
ラズルが課金者のサンプルとして意図的に招待していたのだ。
「魔貨も大分溜まったし、モンスターも増えた。ダンジョンフロアも増加したからちょっとやそっと探索者が頑張っても最下層までは来れない」
ラズルはダンジョンコアに新たな命令を与える。
「でも、そろそろ入り口ではしゃぐのにも飽きてきただろう加地屋君? 君ももう一度あの血沸き肉踊る冒険をしたい事だろう」
ダンジョンコアがラズルの命令に従ってフリーフロアに新たな形を与える。
「次の欲望は名誉欲なんてどうだい?」
フリーフロアに新しい扉が表れる。
地下へのもう1つの扉が。
「さぁ、冒険の時間だ!!」
ラズルは一人、ダンジョンコアの上に置いたコンビニチキンを齧りながら嗤う。
その様はまさしく邪悪、人の不幸を糧とする魔の王であった。
「……ここのチキン美味いな。あ、今週のピョンプ買い忘れた」
現代に染まりきった魔王の威厳は5分と持たなかった。
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