ありふれた故郷の話

佐藤.aka.平成懐古厨おじさん

私の故郷はどこでしょう?

 私はパソコンのモニターを前にため息をついた。ある小説投稿サイトで開催されている「あなたの街の物語」という短編小説のコンテストに応募することにしたのはいいが、行き詰まってしまったのだ。私の生まれ故郷は、近畿地方のとある地方都市である。ここでは、仮にS市とでもしておこう。私は生まれてから、十数年をあの街で過ごした。


 あの街のことはよく知っているし、書くのは短編だ、すぐに書けるに違いないと高をくくっていたのだが、いざ書き始めようとすると、まるでアイデアが浮かばないのだ。こんな時は、少し気分転換をするに限る。それに作品を書く上で何か参考になるかもしれないと思い、他の参加者が既にコンテストに応募している作品を読んでみることにした。

 

 数十分後、いくつか気になった作品を読み終えた私は、なぜか懐かしい気分になっていた。投稿された作品を読んでいくうちに、私は何とも言えない郷愁感に駆られてしまったのだ。別に私の故郷の物語というわけでもないのにだ。私が読んでみた作品はどれも、その街の名産品、観光名所、伝承など、その街を題材に選ばなければ描くことの出来ないものが、ちゃんと表現されていた。

 

 私も何か自分の故郷でしか描けないものを題材として、物語を書いてみよう。作品の目指すべき方向性が定まり、モヤモヤしていた霧が一気に晴れたような感覚だった。早速、自分の故郷に何か名物は無かったか、考えを巡らす。まずは、定番のご当地グルメだ。


 一応、そこそこ名の知れたブランド牛があった。とは言っても、有名なブランド牛なんて、日本中にいくらでもある。これでは、他の地方都市と大差ない。そう言えば、TVチャンピオンか何だかで優勝したパティシエの店があった。あそこのロールケーキは、めちゃくちゃ美味い。でも、おいしい洋菓子店なんて、東京や大阪の方が絶対多い。一軒だけすごい店があるというのは、故郷の名物とは言い難い。


 歴史的な特徴は、何かなかっただろうか。故郷の街は、歴史は意外と古く、江戸時代には城もあったとか。案外、面白いエピソードがあるかもしれない。しかし、ネットで調べた挙句に出てきたのは、水軍で有名だったある戦国大名が、その力を恐れた江戸幕府によって、山に囲まれた私の故郷の地へと左遷されたという切ないエピソードだけだった。


 観光地に関しては散々だった。特に観光名所は無く、レジャースポットといえば、「フルーツフラワーパーク」という、いかにも田舎にありそうな微妙な名前のテーマパークがあるだけだ。しかも、このテーマパーク、S市に地理的に近いというだけで、正確には隣接する巨大都市K市に位置している。


 そんな風に、何か故郷の自慢できるところは無いかとして1時間程した頃、私の脳は「自分の故郷に特にこれといった魅力は無い」という結論に達していた。よくよく考えてみれば当然のことであった。もし、私が関西を訪れた外国人観光客だったとして、京都や奈良を差し置いて、わざわざS市に行くだろうか。


 こういう時は、寝るに限る。明日になれば、何か良い考えも浮かぶだろう。楽観的な観測を抱きながら、ベッドに潜り込んだ。


        *


 気が付けば、私は夢を見ていた。幾度となく見た故郷の夢だ。


 私の夢に、S市が現れる時、必ず現れるものがある。それは、S市にあった巨大なショッピングモールだ。幼い私にとって、あそこは特別な建物だった。迷路のような店内を歩いているだけで、冒険しているような気分になれた。並べられた商品の数々は、どれも光り輝いていた。もっとも、それは日本の地方都市において最もありふれた建物の一つだ。逆に言えば、そんな平凡な光景が心の原風景になってしまう程に、S市はこれといった特徴の無い街だったいうことだ。


 しかし、幼い日の私にとって、S市は世界の全てであり、そこにあるショッピングモールはあらゆるものが揃っている魔法の場所であった。

           

         *


 光がまぶしい。どうやら、もう朝のようだ。久々に故郷の夢を見たせいか、私は無性にS市のことが恋しくなってきた。実を言えば、もう10年ほど、S市を訪れていない。あの街は、ありふれた日本の地方都市に過ぎない。それでも、私にとっては、今も特別な場所なのだ。そうでなければ、私の夢に幾度となく現れることは無いだろう。


 そういえば、今年の冬は特に予定も埋まっていない。久しぶりに思い切って、自分の故郷を訪れるのも悪くないかもしれない。


 日本のどこにでもありそうで、あそこ以外にどこにも無い私の故郷、兵庫県三田市を。

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