第十五夜【席】
こんな夢を見た。
映画館のような建物の中、席についているのは自分だけだった。
天井が高く、暗い。前と後ろには赤いシートがずらりと並んでいて、自分が座っているのはこの空間の丁度中央席であるように思われた。
スクリーンには映像が流れている。
老婆と犬の映像である。音は無い。
老婆はその犬の飼い主という訳ではないようだが、犬の方は老婆にとても懐いている様子である。ゆっくりと歩く老婆の周りをぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして、犬はその老婆についていく。
犬の毛色は黒い。それだけで、名前はクロだろうと思った。
これが映画なのであれば、お涙頂戴の類だろうか。そういったものはあまり得意ではないため、早々に席を外そうとした。
だが、席に備え付けられたベルトの外し方が分からない。特に用事も無かったはずだと思い、諦めて前を向いた。
そのうちに老婆が薄らと消え、犬も消え、スクリーンが暗くなる。これで終わりでは無かった筈だが、なかなか続きの映像が流れない。
自分はもう一度ベルトを外そうと格闘する。ベルトの留め具は発見出来たが、それは硬くて外れない。再び投げやりな気持ちで待っていると、ステージのような場所に司会者が登場した。
そして、スクリーンの方を手で示したかと思うと、
「その時の映像、視点を変えてごらんください」
と上手く作った明るい調子の声を張り上げた。
途端に、がこんと席が後ろへ向けて斜めになった。
自分が背もたれに頭をぶつけたのと同時に、席はガタガタと大きく振動を始める。勢いよくいった頭をさすりたいが、両手は椅子から落ちないように手すりを掴むので精一杯だ。ドクドクと心臓をやかましく働かせながらも、ベルトを外していなくて良かったな、と一部では冷静に思っていた。
振動が終わったのと同時にベルトが外れて自由になる。
「お疲れさまでした。これで体験プログラムは終了です」
そんな司会の声に立ち上がる。
周りを見渡すと、シートは自分のものだけになっていた。
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