朝霞まいには不可避な出来事
発見
黒くて青い目をしたうさぎに、「
飼育委員だった特権をいかして名前を決める権利をもらったのだ。またの名を壮絶なじゃんけん合戦の勝利ともいう。それはともかく。
それから3年間、小学校6年生になった今でも毎朝7時には学校に行ってそうじ用具が入っている外に置いてあるロッカーの中からそうじ用具を出して。ランドセルをその前に置いて、うさぎ小屋のそうじをするのがあたしの日課になったのは言うまでもない。
校舎からちょっと離れた人目につかないところにあるうさぎ小屋まで歩きながら。まだ若干肌寒い季節だから、黒いワンピースの上に白いカーディガンを着てきたのは正解だったなと思う。
こんなに早く来ているのは気の早い日直か、風き委員の人しかいない。先生方って結こう遅く来るんだよね、あたしたちが来るぎりぎりの時間くらいに。これは早く学校に来るようになって知ったことだ。
そうじが終わり、道具を片付けて。うさぎ小屋で家から持ってきたきゃべつやにんじんの切れ端をエサ皿に入れる。一目散に駆け寄ってきた白いうさぎたちの中で、咲だけが小屋のすみからゆったりぴょん、ぴょんと跳ねて近づいてくる。
あたしの足元まで来た咲をあたしは抱え上げた。何十回とくり返してきた毎朝の出来事に、咲はもうていこうしようとはしなかった。咲は他のうさぎに比べて全体的に動作がゆったりしているのだ。
エサは皆が食べ終わったところでようやく皿の前に行けるからその頃にはもう本当にかすみたいなのしか残ってない。だからあたしがこうして、咲にごはんをあげているのだ。毎朝。
腕の中でおとなしく丸まる姿にどこかゆうえつ感すら覚えながら、白が群がっているエサ皿の中からあたしはにんじんを1つつまみだして、咲の口元にあてる。それにぱくんと食いついてもしゃもしゃそしゃくする様子が可愛くて、にまにまと笑みがこぼれる。
クラスではこんなくずれた笑みは出来ないなと思っていたあたしは、注意力がさんまんだった。ふと、視界の端にきらきらしたものがちらついて顔をあげて。
心臓が止まるかと思った。
男の人がいた。黒いスーツに青いシャツ、青いネクタイをした男の人。正確には、うさぎ小屋の中と外を区切っている高いフェンスにがっしりと手を食いこませ、紫色の瞳をかっぴらいてらんらんと光らせながら。犬歯ののぞく口でぎりぎり歯噛みしていた。ひざを土につけ背丈を低くしてあたしを、まっすぐに見つめながら。
あたし、こわい話とかけっこう好きで毎夏ほんとうにあったこわい○とか見てるし、漫画とかもいくつかホラーとかオカルト系の持ってるけど。そういうのじゃない、ぎらぎらした目で見られて違う意味の恐怖にすくみあがった。
「ひっ・・・だ、だれ」
「主、今すぐその獣を下ろせ。君に俺以外が触れているなんて見たくもないんだ」
「あ・・・主って? え、あ。だ、だれですか」
「主、早く下ろすんだ」
白金の糸みたいなストレートがさらさらと風になびいている。今まで見た人たちの中で一番といってもいい美人。右目に泣きぼくろがあるのが特ちょうてきな、テレビで見る女の人たちなんか目じゃない綺麗な顔立ちからはかれる低い声を聞きながら。あたしはなんだこの人と内心おののいていた。
それと同時に、人の話が聞けないのとまゆをしかめた。正直こわかった。がしゃがしゃとフェンスを揺らしてくるところなんかは、特にこわくてたまらなかった。思わず咲を抱きしめれば、咲が腕の中であばれ始める。痛かったらしい。
あわてて下ろせば、ちらりとあたしを振り返ってから小屋のすみへと帰っていった。あたしは咲があばれたために着ていたカーディガンについてしまったどろをはたきながら、おそるおそる男の人のほうを見ると。
「ひっ・・・」
「獣風情が・・・。主に泥をつけるなんて」
ぎらぎらと光る緑色の瞳があたしの、どろのついた白いカーディガンを見ていた。あれ? さっき目の色紫じゃなかったっけと思ったが、その眼光のするどさの前にぎもんは一気にむさんした。こわい。
思わず漏れた、のどの引きつったこえに気付いた美青年が、はっと表情を気付かせて。あたしにやさしい、とろけそうな笑顔を向ける。さっきまでの落差がまた恐ろしい。なんなの、この人こわい。
「すまない、主。君を怖がらせたいわけじゃないんだ。君に、俺以外の獣が触れていると思ったら我慢できなくてな」
きょうりょうと笑ってくれと美青年が言った。肩を落とし、へにょんと眉を下げた様子はかわいそうだと思ったが、それよりあたしは初対面の表情とフェンスがしゃがしゃが怖くてとてもじゃないが近づく気にはなれなかった。っていうかきょうりょうってなに?
無言のたいじが始まったが、すぐにキーンコーンカーンコーン。早めのチャイムが1回鳴った。あわてて小屋の外に出ようととびらを開けるときぃぃぃぃと不気味な音がした。とびらを押した手、手首をそのまま地にひざをつけたじょうたいの美青年にがしっと掴まれる。
なんなの、今までそんな力強くにぎられたことなんてなくて、恐ろしかった。
「な、なに」
「なぁ、君の学年クラスと名前は? なんていうんだ?」
「・・・6年2組の
「名前は? あぁ、俺と君の仲じゃないか。敬語なんて他人行儀なことはやめてくれ」
「・・・まい、だけど」
「わかった、これからよろしくな。主」
他人ぎょうぎも何も他人だよ。今初めて会ったばかりの、正真しょうめい他人ですけど!? っていうか主ってなに? さっきから意味が分からないんだけど。大体主って呼ぶなら名前聞く必要なくない? なんなの? っていうかさっきからつかまれてる手が痛くて涙がでてくる。そもそもこの人誰なの。
無言で涙目になっていれば、目の前の美青年があたしを見つめてくる。なに、いたいんだよあなたがつかんでる手が! もういまみに耐えきれず、ぎっと美青年をにらみつければ。美青年がきれいな顔に困惑をのせて一歩後ろに下がる。
その時ようやく話された手首をそっとかばう仕草をすれば、はっとあたしの赤くなった手首をぎょうしする。ガン見でさらに怖かったことをここに付け加えたい。
あと、なんか申し訳ないという気持ち以外の・・・こうこつとでも言えばいいのだろうか。変に熱のこもった眼差しで見てきたのが恐怖心をさらにあおった。
「あ・・・主」
「あたし、急いでるから!」
「あっ・・・待ってくれ! 主!」
ランドセルをさらいながら走り去るあたしの後ろ姿にかけられた声のことは、とりあえず気付かなかったふりをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます