第十三章 ソレイユとの決着 7月 3日 午後12時30分
ソレイユは葵を睨んだまま、ゆっくりと立ち上がった。
「貴様……。もう普通には殺さん! バラバラにして、魚のエサにしてやる!」
ソレイユはまさしく激怒していた。彼は未だかつて、顔を殴られたことなどない。しかも相手が女だというのが、彼のプライドをズタズタにしていた。
「王女の首を獲る前に貴様らを殺す。この俺の顔に泥を塗った貴様らをな!」
ソレイユは葵達を一人ずつ指差した。
「殺される前に一つだけ教えてよ。どうして貴方は、ファラ王女の居場所がわかったの? マンションはともかく、ここへ来るのは誰も知らなかったはずよ」
葵が言うと、ソレイユは急に大笑いをして、
「何だ、お前達、俺達が誰の依頼でこの仕事を引き受けたのか知らずに、王女をガードしていたのか? こいつは笑える」
「どういうことよ!?」
葵はソレイユの笑い方に苛立つて尋ねた。するとソレイユは真顔になり、
「クライアントの名前を、教えられる訳がない。知らずに死ね!」
そう言い放った。
「美咲、茜!」
「はい!」
葵は美咲、茜と共に、ソレイユと向かい合って立った。ソレイユはフッと笑い、
「死ぬ覚悟ができたようだな」
「冗談じゃないわ。あんたをメッタメタにする陣形を組むのよ」
「何ィ?」
ソレイユが三人を見た時、美咲と茜が、彼の斜め後ろに飛んだ。ソレイユは三人に三角形の形に囲まれた。
「絶対にかわせない、三者同時攻撃よ!」
葵が言った瞬間、三人の姿が消えた。ソレイユはハッとしたが、周囲に気を配り、身構えた。
「はァッ!」
葵、美咲、茜が、同時にソレイユに突進して来ていた。ソレイユはニヤリとして、
「絶対かわせないだと?」
そう言うと、バッと飛び上がり、
「かわせたではないか?」
その時、
「甘い!」
葵の回し蹴りが脇腹に炸裂した。
「ぐはァッ!」
ソレイユはバランスを崩し、ドスンと床に落下した。
「まだよ。あと九十八発、残ってるわ」
葵は言った。茜が小声で美咲に、
「所長って、そんなにあいつに殴られたんですか?」
「さァ……」
美咲は苦笑いして言った。
その頃、あるホテルの一室で、エクセル・ピクノ・ルミナは国交樹立委員長から、報告を受けていた。
「そうか。主だった殺し屋は大半が倒れ、あとはソレイユしか残っておらぬか」
「はい。ソレイユも日本の女ニンジャ達に苦戦しております。決着は時間の問題かと思われます」
エクセルはニヤリとして、
「もう一波乱あった方が、ゲームは面白くなるな」
と呟いた。一体どういうことであろうか?
ソレイユはまたゆっくりと立ち上がった。彼はすぐ後ろにあるロッカールームのドアを見て、
「この中だな、ファラがいるのは」
「!?」
葵達は一瞬凍りついた。三人の位置からでは、ソレイユがロッカールームのドアを開くのを阻止することは不可能だ。しかも、ロッカールームには窓も他にドアもないため、ファラは逃げることもできない。
「ハハハ! 俺の勝ちだな、女ニンジャ!」
ソレイユはドアを開き、中に入った。
「待て!」
三人は一斉にロッカールームのドアに向かった。
「いやーっ!」
ファラの叫び声がした。葵が中に入ると、ソレイユがファラを壁際に追いつめていた。
「王女!」
「葵さん!」
ソレイユはファラの右手首を掴んだ。ファラはガタガタと震えている。
「百万ドルは俺のものだ」
ソレイユはファラと葵を見比べながら、そう言い放った。葵は歯ぎしりした。どうあがいても、ソレイユがファラの首を折る前にファラを助けることができそうにない。するとそこへ茜が飛び込んで来て、
「ほら、殺し屋さん、忘れ物!」
と小ビンをソレイユに投げつけた。
「何!?」
ソレイユは小ビンをみて仰天し、ファラから離れて小ビンを受け止めた。
「いつの間に……。しかし、同じ手は通用せんぞ」
ソレイユは小ビンをスーツの内ポケットにしまった。彼は美咲が姿を現さないのに気づき、
「しまった、陽動か?」
上を見た。美咲はロッカーの上を伝ってファラに近づき、彼女を保護していた。
「形勢またまた逆転ね、ソレイユさん」
葵が挑発した。ソレイユはムッとした。
「さっ、王女様!」
葵がソレイユを牽制する中、美咲はファラをロッカールームの外へ連れ出した。
「さァ、そろそろ決着をつけましょうか、ムッシュ・ソレイユ」
葵がソレイユに近づいた。するとソレイユは内ポケットから小ビンを取り出し、
「どけっ!」
前に突き出した。しかし葵は身じろぎもしない。ソレイユはフンと鼻で笑い、
「脅しと思っているのか? 私は脅しなどしない!」
小ビンを葵に向かって投げつけた。しかし、小ビンは床にぶつかって砕けただけで、何も起こらなかった。
「フェ、フェイクか?」
ソレイユは茜を睨みつけた。茜はベーッと舌を出して、
「バーカ、当たり前でしょ! 私がニトログリゼリンなんか、持ってる訳ないでしょ?」
「愚弄したな!」
ソレイユは一歩前に踏み出した。
「俺をここまで追いつめたのは褒めてやる。だが、最後に立っているのは、この俺だ!」
「強がり言ってんじゃないわよ!」
葵が怒鳴り返すと、ソレイユはスーツの中から鞭を取り出した。
「あーら、SMショーでも始めるつもり?」
「それも一興だな。しかし、これから始まるのは、お前達の死のダンスショーだ!」
ソレイユがブンと鞭を振るうと、茜の身体にそれが巻きついた。
「きゃァッ!」
彼女はロッカーに叩きつけられて倒れた。
「茜!」
「次はお前だ!」
茜から離れた鞭が、葵に蛇のようにうねりながら向かった。葵はこれをかわし、ロッカールームの外へ出た。ソレイユが追いかける。
「美咲、ファラ王女を連れて逃げて!」
「はい!」
美咲はファラを伴い、事務所の外に出ようとした。しかしソレイユの鞭が美咲を捕えてしまった。
「くっ!」
美咲は鞭を振り解こうとして身体をねじった。
「王女様、早くお逃げください!」
「は、はい!」
ファラが駆け出した。ソレイユは鞭をグッと引き、美咲を倒そうとした。しかし、美咲は逆にソレイユを引きずった。
「な、何だと?」
ソレイユは渾身の力を込めて美咲を引っ張っているが、美咲はビクともせず、むしろソレイユが次第に美咲に引き寄せられていた。
「バカねえ、貴方。綱引きする相手を間違えたようね。美咲と綱引きして勝てる力士、日本にいないわよ」
「くっ……」
ソレイユは鞭を放した。美咲は身体に巻きついた鞭をほどき、葵と二人でソレイユを睨んだ。
「万事休すね、ソレイユ」
葵が言うと、ソレイユは再びスーツの下から鞭を取り出した。今度は二本同時に。
「まだだ!」
不意を突かれた葵と美咲は鞭に捕まった。そして二人は互いの身体をぶつけられ、倒れた。
「ファラの命、もらった!」
ソレイユは葵の背中を踏みつけ、事務所から飛び出して行った。
「待て!」
葵と美咲は鞭を振り解き、ソレイユを追った。
「女ニンジャも皆倒れたか。やはり、ソレイユが最強か?」
エクセルは身支度をしながら尋ねた。すると委員長は、
「いえ、違います、陛下。最強は、ファヴールです」
エクセルは高笑いをして、
「そうであったな。ゲームは終了だな」
と言った。
「王女様!」
葵と美咲は外廊下を逃げるファラとそれを追うソレイユを見た。
( 今度こそもうダメ? でも、一つ気になる……)
葵はソレイユに次第に追いつめられるファラを見つめた。
「ファラ、覚悟しろ!」
ソレイユが叫んだ時、外廊下の端のエレベーターの扉が開いて、シャーロットが現れた。ファラはびっくりして、
「シャーロットさん!」
「王女様、伏せてください!」
シャーロットの大声に、ファラはバッと身を屈めた。シャーロットのW&SオートマチックマークⅠがガオンと吠えた。弾丸はまっすぐソレイユの心臓目がけて飛んだ。しかし、ドスッという鈍い音がしただけで、ソレイユは倒れなかった。シャーロットは舌打ちし、
「防弾服か!?」
ソレイユはニヤリとして、
「ほォ。W&Sのオートマチックか。少し衝撃があったが、無駄だぞ」
「足には着けてないでしょう!」
シャーロットは足を狙ったが、ソレイユの鞭の方が早く、マークⅠは弾き飛ばされてしまった。
「くっ!」
シャーロットは右手を押さえてソレイユを睨んだ。ファラが顔を上げてシャーロットを見た。
「王女、早く逃げて下さい!」
「みんな、負けてしまったのですか?」
ファラが叫んだ。ソレイユは鞭をしまいながら、
「ああ、そうだ。皆、戦えん。もう逃げられんぞ、ファラ」
ファラはソレイユを見上げて、
「それでは、ファヴールが護ってくれましょう」
「何を言っている? ファヴールなど存在しない。幻に救いを求めても無駄だ、王女!」
「幻ではないぞ、ファヴールは」
突然ファラの口調が変わった。シャーロットはびっくりしてファラを見た。葵と美咲は立ち止まってファラの変化に見入った。
「まさか……」
ソレイユはファラの言葉をあざ笑い、
「ほォ、そうか。ではファヴールはどこにいるのだ? たとえいたとしても、俺を倒す前に、お前が死ぬ!」
「それはあり得ぬ」
「何?」
ソレイユは自分の首がザックリと切り裂かれ、血を噴き出すのを見た。何が起こったのか全くわからないまま彼は絶命し、倒れた。
「……!」
シャーロットは自分の目の前で起こったことが信じられなかった。ファラがスッと右手を振ったのは見えたのだが、何があったのかよくわからなかった。
「やっぱりそうだったのね」
葵は再び歩き出してそう言った。美咲が、
「私、茜ちゃんの様子を見て来ます」
事務所に戻った。ファラは右手に着いたソレイユの血を白いハンカチで拭った。
「そう、私がファヴール。最強の暗殺者」
「ファラ王女……」
シャーロットはすっかり驚いていた。ファラはフッと笑って、
「葵さん、シャーロットさん、ちょっとがっかりしました。ソレイユごときに手こずるなんて。お二人共、もう少し強いと思っていたのに」
葵はファラに近づきながら、
「やっぱり、ホテルで殺し屋達を始末したのは、貴女だったのね、ファラ?」
「ええ」
ファラはまるで大したことではないようにあっさりと認めた。
「何故!?」
葵は怒鳴った。殺さなくてもいい相手まで殺したファラの行動に対する怒りだった。ファラは笑って、
「この私に賞金を賭けたのが誰かわかっていないようだから、教えてあげるわ。私の父、エクセル・ピクノ・ルミナよ」
「何ですって!?」
葵とシャーロットは異口同音に叫んだ。ファラは続けた。
「我がイスバハン王国は、石油が出る訳でもなく、鉱産資源もない。工業が発達している訳でも、観光が盛んな訳でもない。何の取り柄もない、アフリカの小国が、フランスほどの大国を追い出し、二度と手出しさせないなんて、考えられないでしょう? 何故か、わかる?」
葵はキッとして、
「イスバハンが、暗殺者国家だからよ。世界最高の軍事国家であるアメリカ合衆国でさえ、テロや暗殺は防ぎ切れない。貴女の国は、フランスの要人を何人も暗殺し、フランス政府を震え上がらせたのよ」
と答えた。ファラはニコッとして、
「そう。よくおわかりね。私達イスバハン王国の多くの者が、暗殺者。世界各国の依頼を受け、ターゲットを始末して来た。ところが最近、売り手市場だったこの世界が、供給過剰で買い手市場になってしまったのよ」
「……」
葵は黙ったままファラに近づいた。ファラはシャーロットから離れ、ソレイユの死体を踏みつけて葵に近づきながら、
「どうすればいい? 答えは簡単。需要と供給のバランスをとればいいの。つまり、殺し屋達の数を減らせばいいのよね」
「勝手な考え方ね!」
葵が怒鳴った。ファラはクスッと笑って、
「そこで私の父エクセルは、私に賞金100万ドルを賭け、世界中の殺し屋達に呼びかけた。もちろん、イスバハン国王としてではなく、もう一つの顔、スイスの大銀行の頭取としてね。こうして、何の事情も知らない愚か者共が、私を殺すために日本に押し寄せて来た訳」
「思い通りになったっていう訳ね?」
葵が皮肉たっぷりに言うと、ファラは大声で笑って、
「そうね。後は、貴女とシャーロットさんを始末すれば、完璧ね」
「私とシャーロットは殺し屋じゃないわよ」
葵が言い返すと、ファラは、
「違うわよ。貴女達は、私達の仕事の邪魔をするでしょ? だから死んでもらうの」
また大声で笑った。
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