ばしん
硯
ばしん
がさり。右側から音がきこえる。
ビニールの山が揺れ動いたのだ。惨憺たる袋のさざめき。おれは袋をばしんと叩く。
「きゃあ」
女の声が響いた。
「ぎゃあ」
おれの声も響いた。
おれは追い打ちをかけるように袋を叩いた。ばしんばしんと絶え間なく叩いた。集中豪雨。果ては驟雨。
おれという雲がビニールの山々に対して無神経に唾を吐き散らかしているのだ。
おれは楽しくなった。
「わはははは」
今おれは鼓笛隊だ。黒い帽子を被った残酷で卑劣な隊長だ。おれの仕事は両腕を上下に動かすだけの上等戦線だ。文化的侵攻。誇り高き陵辱である。
「きゃあ。おやめになって」
またしても女の声。おれはすこぶる興奮する。
おれという男は、亀甲縛りしたタヌキも裸足で逃走するほどに両腕が勃起する。
「わはははは。ほおれ、おれは笑っているぞ。おれは鼓笛隊の隊長様なのだぞ」
「きゃあ。やめて、やめて」
「うるさいぞ。さあ、おれの腕を舐めろ。果てはおまえも鼓笛隊だ。さあ舐めて吹け」
おれは女に腕をざばざばと潜り込ませる。
女は叫んだ。
「きゃあ。誰かお助けになって」
「うめか? うめか? さあもっと舐めなさい。おれは上官だ」
「あーっ。あーっ。あーあー! やめなさって、やめなさって。のどちんこが、あーっあーっ、のどちんこが震えるわ。のどちんこが震えるのよ。あーっ」
「わははははは」
おれは笑った。脳から喉、心臓からペニスまで清涼感のある水が突き抜けるような心持ちだった。
つまり、おれは無敵だ。
「さあ出陣だ!」
おれは鉄製の玄関を体当たりでぶち破り、建物の外部廊下をこの世で最もクールビューテーな低姿勢で駆け抜ける。地面すれすれの額がゴキブリに体当たりする。かまわない。これぞ最もクールビューテーなのだから。大家に出くわす。おれは大家の股間に頭頂部を突き付け、脅した。
「吐け! 反乱軍の拠点を吐け! 奴らタヌキの焚き火をおれの残酷極まる驟雨で消し去り凍え死にさせるのだ!」
炯々たるダンディズムが汲み取られた声で脅した。
「ひいいっ」
大家は怯える。それはそうだろう。ダンディズムを汲み取ったのだから。
「感謝する!」
おれは大家の股ぐらに首根っこをはめ込み、進撃した。
おれは大地を踏みしめる。今のおれはクールビューテーならぬホットガイであった。
「おおんおおん。おれは元帥様ぞ。そして大佐でもあり中佐でもある。果ては麗しき少佐殿だあ」
「下ろして下ろして」
「やかましいぞ! おれは崇高な任務の最中なのだぞ!」
「やめて。下ろして。ここは交差点よ。交差点なのよ」
「なんの交差点だというんだ!」
「車のよっ」
それを聞いた瞬間、謎のエネルギーでおれと大家は吹き飛んだ。
「ぎゃあ」
「ぐえっ」
かつてない衝撃。きっと地平線の彼方まで吹き飛ぶのだ。
おそらく、反乱軍の拠点からは遠ざかってしまうのだろう。
おれの旅は、まだまだ続きそうだ。
ばしん 硯 @InkJacket13
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます