第7話
─今から4年くらい前の話。
「あおいー!こっちー!」
水色の浴衣を着て、ショートボブにそろえた焦げ茶色の髪を揺らしながら、こちらに向かって手を振っている少女が目に入る。
「あ、莉英!」
最近視力が落ちたなぁ、なんて思いながら私は、少女が高校のクラスメイト
「お待たせー」
私は小走り気味に駆け寄り、乱れた浴衣を正しながら少女─莉英を見上げた。
「ほぉー、葵様は浴衣も似合いますなぁー」
莉英が にまにまと笑みを浮かべた目で、私の姿を舐めまわすように見つめてくる。
「えへへ……、莉英も似合ってるよ」
「きゃ、葵様に褒めてもらった~」
「も、もう……様つけないでよ…」
高校でも、莉英達はしょっちゅう私の事を「葵様」なんて呼んでからかってくるのだ。
なんで様付けなのかっていうと…、学校での態度雰囲気がお淑やかなお姫様みたいだと、クラスの誰かが言い始めたのが原因らしい。
「じゃあとりあえずりんご飴食べよ、りんご飴~♪」
「うん、おっきいのがいいね」
去年当たり付きの屋台があってさー……。
本当はもう1人女の子が来るはずだったのだけれど、バイトが入ってしまって来れないらしく、あの日は2人で行動することになった。
私は機嫌の良さそうな莉英の後ろを歩き、お祭りで賑わう人々の中へと加わっていく。
「葵。射的あるよ、やろう!」
「え?あ……うん……」
神社と河川敷を繋ぐ大きな通りでりんご飴を買い、食べながら歩いていると、射的の屋台を見つけたらしい莉英が私の手を握って歩き始めた。
黄色で塗りたくられたどこでもありそうな屋台。
私が連れてこられたのは、そんなイメージの屋台だ。見れば小学生くらいの子供たちが、仲間同士でわいわいと楽しそうに盛り上がっていた。
「見て、1等のやつPS4貰えるって!」
嬉々とした目で私を揺さぶる莉英。
「り、莉英?それは無理だよ……?」
「むぅ……、やっぱり無理か……」
「取ってる人見たことないもん……。普通に、お菓子とろう……?」
莉英は1等が欲しかったのか、少しの間渋っていたけれど、諦めたのか屋台のおじさんにお金を払いながら素直に頷いた。
「よし、次!」
「り、莉英…なんでそんなに上手いの……」
500円で6発分の弾を貰い、1、2発目を見事に外した私が新しい弾を銃の先に嵌めている時、既に莉英はお菓子を4つも倒していた。
「んー、勘……?」
莉英のこういう所は男子みたいで、大半の事は出来てしまう。
「葵様ぁー、ほらほら、銃が使えなくても私がいるから安心しな。守ってあげるしお菓子もあげるよ……♪」
「う、うるさい。別にお菓子なんて…」
……どうにかならないだろうか。
さっきから私の撃った弾はお菓子を倒すどころか掠りもしない。
にまにまと笑みを浮かべ私を見てくる莉英に少し いらっとするけど、もう無視しよう。
「…私だってやれば出来るもん……」
女子には少し重い木製の銃を構える。
心臓の鼓動で上下する体を最低限に抑え、的を見据える。
落ち着け私、落ち着け葵。
──よし、これは当たる……!
「……ほら、お菓子あげるから落ち込まないでよ葵様」
「……落ちこんでなんかないもん」
「お菓子は受け取るんだ……」
結局私の弾は全弾命中。後ろの壁に。
当たると思った物も、撃つ時に引き金を引こうとする力で手元がブレてしまい駄目だった。
それに比べ、莉英はというとお菓子を5つも取っていて、機嫌良さそうに私を撫でてくる。
「まぁ人は誰しも完璧じゃないんだよ、葵様には美容、私は器用ってね」
莉英は貰ったコーラのラムネ菓子を口に含み、むすっとしたままの私に微笑みかけた。 そんな莉英の表情を見て、私も莉英から貰ったラムネを口に含む。
もう高校生だというのに、さながらおもちゃを買ってもらえなかった子供のような表情で私は莉英の隣を歩いていた。
────────────────────
「……さん、……椎名さん」
はっ、、と我に返る。
いけないいけない、つい過去の事を思い出してしまっていた。もう思い出さないようにしていたのに。
「ああ、ごめんね友也くん。ちょっと昔を思い出しちゃった」
苦笑気味に微笑みながら彼を見る。
「昔……?何年か前のこと?」
「……うん。そうだなぁ、4年前。」
「4年前か……、中学生くらいの時だね」
……そう。友也くんが、中学生の頃だよ。
「………。」
「椎名さんって中学生の頃どんな子だったの?」
「……中学生の頃も…今と同じように無口で、つまらなそうな子だったよ」
私はまた微笑む。
「そうなの?けど椎名さん普通に面白いよ。一緒にいて楽しいし」
「ふふ…。それは良かった」
─微笑んで、来たるべき時から逃げる。
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