第6話

僕は高坂と会った後、椎名さんに「ついて来て、良い所があるの」と言われ、神社を出て河川敷へと続く大きな通りへとまた歩き出していた。椎名さんは黙ったまま、少し楽しそうに僕の前を歩く。

大きな松の木が道に沿ってそびえ立ち、提灯の仄かな光を彩っていて、辺りは河川敷と神社を行き来する人で盛り上がっていた。

僕と椎名さんも人込みに混ざり、しばらく歩いていた。ふと、椎名さんが歩くのを止めたかと思うと、彼女はその通りから左側へ伸びている細い道に曲がる。

その道は提灯はあるものの、人気が少なく暗かった。

こんな道あったんだ。なんて思いながら僕は幼い頃に冒険気分で道を歩いていたことを思い出し、どこかわくわくした心持ちで椎名さんの後を追う。自分が踏んでいる地面に現実味を感じず、まるで夢の中にいるんじゃないだろうかという浮遊感がある。

程よく間隔のあいた街頭が夜の道を照らし、明かりの周りを飛び交う虫達が、僕達に秋であることを知らせていた。

「椎名さん、家ここの近くなの?随分道に詳しいんだね」

道の一角を曲がり、緩やかな坂を登る。

「んー、そうだね。結構近いの。それに私記憶力良いから……」

少し前を進む椎名さんの表情は見えないけれど、たぶん微笑んでいるのだろう、木々から見える夜空を見上げ、街灯に照らされながら星を掴むかのように見入る様子は、絵に描かれているかのように美しかった。

「星、綺麗だね。小さい頃、お星さまは手で取れるのかと思ってた」

椎名さんは くす、と微笑みながらそう零す。

「僕も思ったことあるよ。子供って考えてる事が凄いよね。知らないから想像で構成しちゃうっていうのもあるけど、知らないからこそ出来る考え方でもある」

そう言って僕もまた、星々が光る夜空を見上げ、届くはずのない星に手を伸ばしてみた。

当然、届かない虚しさが残るだけ。だけど、今はそれでも良いような気がして、また僕らは歩き始める。



「見て、ここ。」


坂道を登り終えると、視界に少し広い池が広がる。地面に置かれた灯篭が仄かな光を放ち水面を照らしていて、どことなく幻想的な空間だった。

「こんなところがあったんだ」

「うん、私だけが知ってるところ」

「椎名さんは物知りだね。何でも知ってそう」

「うん。……みんなが忘れるような事でも、覚えてるの」

苦笑混じりに呟く彼女。この時の僕が持っていたのは、ただ単に記憶力が良いんだ、なんて稚拙な考えだった。



それから何分だろうか、僕らは無言だった。

30分くらい長かった気もするし、1分のような気もする。時折頬を掠める風に触れられながら、僕はこの幻想的で美しい、儚く、動けば崩れてしまいそうな景色に見とれていた。

「……どう?良いでしょ」

「時間がゆっくり流れてるように感じるね」

得意気に笑う椎名さんを見つめ返し、僕は呟く。

透き通る水の中では鯉のような魚が泳ぎ、どこからともなく秋の夜を思わせるコオロギの鳴き声が響いている。

「……永遠の時間を手にいれたみたい、じゃない?」

どこからか聞こえるその言葉は、僕の感じていたものにすっぽりと納まった。

「永遠か…、その通りだね。ここはすごく心地が良い」

「ふふ、そうね。…こんな時間が永遠に続いたらいいのに」

苦笑気味に微笑む彼女。どういう意味?と、聞いしまいたいけれど、なぜだか僕の口は言うことを聞かない。



それ以来僕らは静寂に包まれた。

まぁ静かに眺めているのも良いだろう、とどこか勝手に納得した僕は、芝生に寝転がって遥か彼方に映っている夜空を見上げていた。

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