第2話
広い河川敷にも出店は構えてあり、土手から見下ろした河川敷は光る川の様だった。
流れゆく人々を煌々と照らす豆電球、お祭り独特の芳ばしい香りの入り交じった空気。
僕は夢の中にいるのかと錯覚に陥る。
「綺麗…。友也くん、行こう」
すっ、と彼女の雪のような指が僕の指と絡まり、僕をゆったりと引っ張る。
まるで呼吸することと同じだと言わんばかりの自然過ぎる動作に、僕は驚きつつも至極冷静であるように振る舞う努力をする。
「今年は、いつもより人が多いね。人がゴミのようだとか言ってみたくなる」
「ふふ、ひどいなぁ、友也くん」
土手を降りていくと、楽しそうに笑い合う声が聞こえ始め、芳ばしい香りはより一層強くなった。
「いい匂い。あ、椎名さん焼きそば食べれる?半分に分けて食べない?」
「うん、食べれるよ!お祭りと言ったら焼きそばだよね」
河川敷に降りてすぐの所に、2つ焼きそばの屋台があり、僕らは空いている屋台か混んでいる屋台のどちらに並ぼうかたっぷりと話し合った結果「混んでいる方がなんか美味しそう」と椎名さんが言うので、僕は浴衣を来た人々で賑わっている屋台の最後尾に並んで買うことにした。
どうやらこのお店は有名らしく、味も良いらしいと前で話している若いお兄さん達の声が耳に入る。
幸い回転は早く、思ったより時間はかかりそうにない。ふと後ろで待っている椎名さんのいる方を見やると彼女と目が合い、彼女は にこやかに僕に微笑む。つられて僕も微笑み軽く手を振った。その時僕の目に映る彼女はまるで絵の中の人のようだった。
だからこそ、なのだろうか。川を後ろに映している彼女の存在はどこか儚く、近くにいないと僕の知らない所で消えてしまいそうな感じがして、僕はどこからともなく湧き出す不安に体を侵された。そんなものは所詮気の所為だろう。人間が消えるなんてありえない。
それでもよく分からない不安は僕の心に残り続け、僕はお金を払うと小走り気味に椎名さんの元へ向かって行った。
「ど、どうしたの友也くん。急ぐこと無いのに」
「…なんでもないけど、なんとなくね」
彼女が僕の肩に触れ、心配そうな表情をしながら声をかけてくれると、自然とさっきまで僕の心を蝕むように存在していた黒い影は跡形もなく消えていた。
────────────────────
友也くんは良い人だ。こんな私にでも笑いかけてくれる。最初声をかけた時、無視されるんじゃないかと少しだけ怖気づいたけれど、この人は私を見て笑ってくれた。
─秋祭り。それは私にとってとても大切な日。ふふ、まぁいつもひとりで回っているのだけれど。
この秋祭りの期間だけは、誰もが等しく楽しみ合い、誰もがこの世の中の嫌な事を忘れて、笑っていられる。私はそんなこのお祭りが大好きだ。さっき友也くんが少し慌てたように、私の方を確かめるように見た時は、バレてしまったのかと少し怖かったけれど、どうやら私の勘違いみたい。
安心した~……。
まぁ、いつかその時は来てしまうけれど、その時まではこの甘くて切ないような気持ちに浸っていたい。
──今年は、あの日から何年たったのだろうか。
────────────────────
僕と椎名さんは焼きそばを分け合って食べた後、お好み焼きも半分ずつ平らげ、椎名さんがやりたいと言った射的でどちらが多く倒せるかという競争もやった。
驚いたことに、椎名さんはめちゃくちゃ射的が上手かった。当然ゲーム機の貰える板なんて倒れるわけ無いから、椎名さんは小さいコーララムネのお菓子を狙っていたけれど、まさか百発百中の勢いでお菓子を倒していくとは思わなかったから、僕は呆然としてしまう。
そんな僕の表情を見て満足したのだろうか。彼女は悪戯っぽく僕に微笑み、子供みたいに胸を張った。
挑発なのか自慢なのか分からないそれを見ながら、僕も負けじと確実に倒せるように狙いを定めていく。
全てイメージ通りに物事が進んだらどれだけ楽だろう。当然イメージ通りになど行かず、僕の弾はいつもお菓子より僅かに逸れたところで空を切ってしまった。
「ふふふ、そんなに落ち込まないで、これあげるから」
結局競争はもちろん僕の負け。落胆する僕に微笑みかけ、彼女は手に入れたお菓子を乗せた手のひらを差し出す。
「椎名さん上手すぎ…、おじさんめっちゃ驚いてたね」
「すっごく集中したもん。ふふ、ほんと。おじさんの驚く顔が見たかったからいつも以上に頑張ったの。」
椎名さんはくすくすと笑いながら話している。
煌々と煌めく河川敷から離れ、僕らは神社へ続く大通りを歩く。
大通り、と言ってもお祭り期間は歩行者天国となっていて、辺りは吊るされた提灯によって紅く照らされていた。
先を行く椎名さんに続いて何分か歩いていると、人が2人くらい座れそうな岩があったので僕と椎名さんは座ることにした。
河川敷とは反対の、一直線上にある神社ではまだ多くの人が賑やかに楽しんでいて、時折祭り太鼓を叩く音が風に流れてこちらまで響いてくる。
「ここは静かだね。なんか落ち着くよ」
ふぅ、と溜息を漏らし僕は岩に寄りかかる。
「なんだか、あっちとは違う世界みたい」
僕と同じように岩にもたれ掛かり、冗談まじりに言う彼女の表情からは疲れを感じなかった。この子はいつも微笑んでいて、周りからも好かれているのだろう。こうやって一緒にお祭りを回っていると、僕は椎名さんと親しくなれてきているような気がして少し嬉しかった。
そういえば、椎名さんは高校生のように見えるけれど、どこの高校なのだろう。引っ越してきたと言っていたし、もしかしたらだけど、僕の通っている高校って事も無いわけではない。
「ねぇ、椎名さん。」
「そういえばさ、この秋祭りあと3日やるけど、友也くんは暇……?」
僕の質問は、運悪く彼女の発言と重なってしまう。
「え?あぁ、暇だね。最終日には花火もやるみたいだし、それだけは見に来る予定だよ」
「そっか、えっとさ、もし良かったらでいいんだけど、また一緒に回って欲しいなって…。あぁ、都合が悪ければ全然断ってくれても構わないんだけどね」
「え……?椎名さん、他にも一緒に行く人いそうじゃん。なんで僕なんかと」
「ふふ、良いんだよ。事情があるから。」
「おお。なんなら残りの3日間一緒に回ってもいいけどね」
「良いの?3日間も来てくれるの!?」
椎名さんに誘われたのが少しは嬉しかったし、それでいて恥ずかしかった僕は冗談でそう言ったのだけれど、彼女はどうやらそれを間に受けたらしい。
「暇だから来れるけど、3日間回ってたらさすがにお祭り飽きちゃいそうだけどね」
「ううん、普通に話すだけでも良いの。友也くんがよければ、お祭りの時間にお話しましょう?」
どうして彼女は僕と回ろうとするのだろうか。こんなつい2時間ほど前にあったばかりの男なのに。僕の方を向いて微笑む彼女に見つめられ、僕は顔をそらした。
「…わかった。じゃあ明日もまた7時くらいに神社に来るよ。」
「うん!待ってるね」
そう話す彼女は本当に楽しみなようで、明日はどこに行こうかなぁー、ふふふ、と機嫌良さそうに呟いていた。
結局、その後すぐに令奈に呼び出されてしまい、椎名さんとは神社付近で別れた。
椎名さんは河川敷に向かう僕に向かって微笑みながら手を振っていた。それだけでも絵になりそうなのに、やはりその姿は寂しげな印象を僕に焼き付けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます