其の八 【カラスの少年】
濡れたアスファルトに猫の轢死体。腸は尾を引き、道路の中央まで伸びている。
僕は仲間にご馳走の在りかを伝えるべく鳴く。黒い一団がどこからともなく数羽現れた。僕らはギブ&テイク。良い関係を続けるためにもこういう気配りは必要だ。僕には彼らの言葉が理解できるし、彼らに伝えることもできる。
この点では、ネグレクトしてくれた親には感謝しなければならないかもしれない。僕は親に半ば捨てられたような幼少期を経て、施設に送られた。コミュニケーションという術を学んでいないから、施設に入っても、まず言葉を理解できない。コミュニケーションが取れずに、僕はいつも一人で、園の木に来るカラスの真似事ばかりしていた。
鳴き真似をするうちに、僕は不思議な力を手に入れた。カラスとコミュニケーションが取れるようになったのだ。園の懸命な努力も実り、その後、晴れて僕は人間になれた。僕がカラスの鳴き真似をしていたことは、周りの人間は知っているが、よもやコミュニケーションを取れるとは思っていなかったようだ。
僕は人間になった時、場の空気を読む術も学んだから、この能力のことは秘密にしたのだ。僕はその後も、周囲の目を盗んで、カラスとの交信をしていた。
園の先生の秘密や、苛めっ子が密かに好きな子のリコーダーを吹いたこと、そして、奴らは死体の在りかを知っているのだ。動物、人間、ありとあらゆる死体の情報を僕の耳に入れてくる。
死体なんて、そんなゴロゴロしているもんなのだろうか?僕は疑問に思い、何度か自分の歩いて行ける範囲内で確かめてみた。ほとんどが動物の死体だったけど、一度だけ人間の死体にお目にかかった。
僕が小学5年生の頃だ。僕はカラスに告げられるままに、結構山の奥まで歩いて、雑木林に着いた。カラスは首をかしげて、土から飛び出した茶色の髪の毛らしきものを執拗に突いている。だんだんと頭部の一部があらわになってきた。僕は怖いもの見たさで、近くにあった竹でその周りの土を掘った。
頭部が現れると急激に腐臭が漂い、蛆虫が這い回る塊が出てきたのだ。僕は驚いて腰をぬかした。警察などに届けたら何故僕がここに死体があることを知ったか、もしくはどうしてこんな所に来たのかなど聞かれて後々面倒になりそうだったので、僕はもう一度、掘り返した土を掛けて元に戻しておいた。
カラスたちは獲物を埋め戻されて不満なようだった。
それから程なくして、その山林から若い10代の少女の死体が見つかったのだ。テレビのニュースで見たら、間違いなくあの場所だった。僕はずっとその事は自分の胸だけにしまっておいた。
小学高学年くらいになると、面倒くさい奴が現れてくる。大人しくて弱そうな奴を狙って苛めなるイベントが始まる頃だ。幼稚なインネンをつけてきては、殴る蹴るを繰り返す不毛なイベントだ。僕はカラスに頼んで、僕を苛めた奴らには報復をした。カラスに頭を突かれ、体を突かれして、中には大怪我をして何針か縫ったやつもいた。
さすがに僕を苛めた後の報復だから、子供はそういうところは変に敏感なので、僕が何らかの報復をしているということは感じたようだ。ただ、小学高学年ともなると、カラスに命令して報復するなどということは荒唐無稽なことということくらいはわかるので、ただただ、僕のことを不思議な気持ちの悪い存在、として一目置き、僕には手を出さなくなった。だから僕はいつも孤立していた。
僕の目論見通り、僕は無視をされて、空気より存在のない、居ない者として扱われた。それでいいんだ。人と関わるなど、煩わしいだけだから。
中学校に上がってから、僕のそんな噂を知らずに、よその小学から来た子供で僕にこっぴどく暴力を振るったやつがいた。僕はその次の日、動けないくらい体が痛んだ。
絶対に許さない。
僕はカラスに頼んで容赦なく攻撃するように言った。カラスたちは良い仕事をしてくれた。見事そいつの目をえぐってくれたやつがいた。そいつは失明した。
これには世間が騒ぎ、一時期、徹底的なカラス駆除が行われようとしたが、動物愛護団体や、駆除しても仕切れないほどの数のカラスに世間は諦めたのだ。
「あいつを苛めるとカラスの報復がある」という、悪い噂がますます広まり
僕は「カラス」とあだ名をつけられ、恐れられ、誰も僕には近寄らなかった。
もちろん僕もカラスのために、ゴミの管理の甘そうなところのダストボックスの蓋を
こっそり開けっ放しにしてやったり、お腹がすいたと言われればたまに、小動物を殺したり、鳩を捕まえてきてしめてやったりして与えた。
中学校を卒業し、高校への進学を勧められたが、僕は勉強というものに、あまり興味がなかったし、これから高校へ進学し、親もなく、たとえ大学に進学したとして、天涯孤独に生きたい僕にどんな未来があるというのだ。
学生という社会でも煩わしいのに、そんな人間が社会に適応できるわけがない。僕は中学を卒業し、園を出た。アルバイトでわずかなお金を稼ぎ、放浪生活をしながら、やはり僕はカラスとの交信を相変わらずしていた。
彼らはなかなか有益な情報をもたらしてくれる。奥様の浮気、企業のブラックな秘密、いろんな家のお金の在りか、どの家がどれくらいの時間留守をするのかとか。
僕はいつしか、窃盗や恐喝で暮らしを立てるようになっていた。恐喝するのはかなりリスクがあった。相手が男の場合は、カラスを待機させておいた。相手が僕に襲いかかろうものなら、いっせいにカラスが相手に攻撃する。
なるべく恐喝のほうは女性や企業が良い。僕は自分をカラスと名乗り、決して本名は明かさなかった。しかし、僕の悪運も尽きる日は来る。
僕は有名になりすぎてしまったのだ。大きな力が働き、僕はあっさりと殺し屋の手によって殺された。僕は今、山深い雑木林に穴を掘られ、上から土を掛けられている。
「こんなもんでいいだろ。」
どうやら、殺し屋にはお金をはずんだようだが、遺体処理班のほうは、トーシロの三流のようだ。こんな浅くていいのか?すぐに掘り起こされるぞ?動物やらに。
案の定、僕の死体は、野良犬に掘り起こされた。空から黒い一団が羽を広げ、舞い降りてきた。
ああ、お前たちか。
僕が欲しいんだな。
お前たちに食われるんなら、本望だ。
さあ、お食べ。
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