其の九 【転生】

 カラスは、お掃除屋さんと言うが、僕の死体の柔らかなところはあらかた食い尽くされてしまった。

人はこうして土に還るのだろうか。それもいい。

そんなことを考えていると、カアカアという鳴き声を切り裂くように、禍々しい鳴き声をたてながら、一羽の大きなカラスが舞い降りてきた。他の僕に群がりついばんでいたカラスが一斉に蜘蛛の子を散らしたように、その場から飛び去ったのだ。右目はすでに食われているから、左目でそれを確認する。

漆黒が深い。その目の奥に吸い込まれるかと思うほどの深い闇。

僕は違和感を感じた。その違和感が何かというのを悟ったのは、そのカラスが首をかしげた時だった。

足が三本ある。これは・・・八咫烏(やたがらす)?

お迎えがきたのか。八咫烏は、黄泉先案内人というからな。

僕の行き先は、もし地獄というものがあるとしたら、そこなのだろう。

しずかに残ったほうの目を閉じた。思えば人として、生きて、何一つ満たされなかった。

今度僕が生まれかわるのなら、カラスがいい。自由に空を飛び、貪欲に何でも食べ、利口だ。

髪の毛の一本が引っ張られる感覚があった。

僕はその感覚にもう一度目をあけると、八咫烏が僕の髪の毛を器用に一本咥えていた。

それと同時に、髪の毛が抜けそうになり、そのほつれから、僕の体はするすると解けていった。

それは不思議な感覚だった。先ほどまでの醜い肉と骨の塊だった僕は、一本の漆黒の糸になり、八咫烏は羽を広げてさらに高く飛び、それと同時に漆黒の糸となった僕は、空を流れた。

先ほどまで鬱蒼とした森にも木漏れ日が溢れていたのだが、いつの間にか宵闇が迫り、とうとう真っ暗になってしまった。遠くでぼんやりと、灯りが灯っている。月明かりか。

そこには、美しい黄金の着物を羽織った美しい娘が機を織っていた。

その娘は八咫烏を確認すると、あからさまに嫌な顔をした。

八咫烏から、僕の糸を嫌々受け取ると、その糸で機を織り始めた。

黒のみの糸で織られるその反物は、漆黒のカラスの濡れ羽色。

徐々にその姿は、具現化されていった。

最初は翼。

僕も晴れて、カラスに生まれ変わることができるのか。

初めて、仏はいると感じた。

しかし、その姿は徐々に自分の憎むべき姿へと変わっていった。

「人間か・・・。」

明らかな落胆が僕を襲う。

生き辛い。

そして、唯一、他の人間と違うのは、彼の肩甲骨あたりから生えている、漆黒の翼。

「化け物だな。これはますますまともには暮らせないな。」

自虐的な笑いがこみ上げてきた。

「大丈夫よ。此の世に行けば、その翼は見えないから。」

不意にどこからともなく、女性の声が聞こえた。

「誰?」

そう問うと、目の前に古びた小さな鏡が現れ、光を放った。

眩しさに目を閉じてしばらくしてゆっくりと目を開くと、その鏡の中に、美しい女性が巫女のようでもあり、なおかつ美しい金糸銀糸で織られた衣装を着て微笑んでいた。その顔は、どこか見覚えがあり、なんとなく自分に似ていると思った。

「あなたの真の母です。」

そう言われ、僕は反論した。

「嘘をつくな。僕の母親は、ぼんやりとしか覚えていないが、もっと狡猾な顔の醜い女だ。」

「それでは、あなたの母親は、あなたに似ていませんね。あなたは、とても美しい顔をしている。」

そう言われてみればそうだが、僕は自分は見たことも無い父親に似ているのだと勝手に思っていた。

しかし、あんな醜い女に興味を持つ男がいるだろうか。

「そうです。それが答えなんですよ。」

この鏡の中の女性はすべて僕の心がお見通しのようだ。

「じゃあ僕を捨てたんだな。」

僕が吐き捨てると、その女性はゆっくりと首を横に振った。

「あなたは、こちらの世界に生まれる予定でした。

手違いがあったのです。間違って、あなたを此の世に産み落としてしまった。

こちらからは、此の世に干渉することはできません。そんなおり、あなたの育ての親は、あなたを拾いました。」

にわかには信じがたい話だ。

「あなたの育ての親は、自分は一生結婚できないから、せめてこの美しい子供を引き取って、あわよくば将来、自分の面倒を見てもらおうとしたのですが、その女は子供の育て方を知りませんでした。元々、ずぼらなあなたの母親になった者は結局あなたをまともに育てられず、あなたは施設へと預けられました。」

まるで御伽噺だな。僕は鼻で笑った。

「真実ですよ。さあ、あなたは母の元に戻されたのです。あなたは、これから、こちらの世界と此の世を行き来することのできり能力が備わります。あなたには、これからは、此の世とこの世界とのバランスを保つため、力になって欲しいのです。」

「あんたは、何故鏡の中にいるんだ?」

「私は、ワケあって、この鏡の中に閉じ込められています。」

そこまで言うとその母親と申し出た女は悲しそうに俯いた。

見れば見るほど、僕に似てる。

とても他人とは思えず、僕は思わず、懐かしささえ覚えた。

「お願い、力になって。クロード。」

名前で呼ばれて、何故か切ない気持ちが溢れた。

「僕を転生させてくれるってのなら、お礼はしないといけないな。」

柄にもなく、僕は素直に、その鏡の人の話を信じることした。

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