第3章 蘇りの家
「うん、そう……大丈夫? 分かった。じゃあ現地で――あ、重ね重ねになるけど、これは
重ね重ね確認しなくともよろしい。
翌日の朝、
「変死体になった被害者の自宅だから、もう警察が捜索を終えているけど、それでもよければやってもいいって。
「丸柴さんじゃないんだ」
「うん。もし、もし万が一、何かの間違いで、本当に生きている
「そんなに万が一を強調しなくてもいいでしょ」
とは言ってみたが、言い出しっぺの私も半信半疑、いや、一信九疑くらいでいるのは事実だ。それを思いながら、
「でも、そうだよね。もう警察が家宅捜索してるんだから、麻利亜さんがいるなら、そのときに見つかってるよね」
「提案した本人が、そういうこと言わない。ささ、朝ご飯食べたら行こう」
理真の強い意向で、忙しくとも朝ご飯は欠かさないのだ。
新潟市東区にある住宅街の一角に、目指す田山の家はあった。家の前にはすでに覆面パトが停まっているのが見える。向こうでも近づいてくる理真の真っ赤なR1を確認したのか、運転席ドアが開き、背広姿の男性が降りて手を上げた。県警捜査一課の中野刑事だ。
「おはようございます、
長身の中野刑事が、朝にふさわしい笑顔をくれた。笑顔の理由には、理真に会えたということも含まれているに違いない。そう考えると、このさわやかな笑顔の裏に何かしら、どす黒いものを感じてしまうのは偏見だろうか。どす黒い、は言い過ぎだぞ江嶋由宇。
「おはようございます」
理真と私も、そんな邪推は胸の奥に隠して、さわやかに挨拶する。いや、理真が私と同じことを考えているとは思えないが。
「丸柴さんから聞きましたよ。お二人とも、十分に気をつけて下さいね」
中野刑事は、きりりと真面目な顔になって田山の家を見上げる。中野刑事は各種格闘技経験もある体力派だ。いつも以上に頼もしく見える。さっきは変な邪推をしてごめんね。
理真も同じように家に目をやって、
「中野さん、今、この家には誰も住んでいないんですね」
「ええ、田山は数年前に両親を亡くしており、きょうだいもなく、、それ以来、この一軒家にひとり暮らしだったそうです。あ、
「田山さんと麻利亜さんが同居し始めたのは、いつ頃からなんですか?」
「調べでは一年ほど前からだそうです。最も、今はお二人とも亡くなっていますから、正確な時期は分かりませんが……あ、というか、和泉さんのほうは、ここに潜んでいるという可能性も……」
中野刑事は再び田山の家を見た。中野刑事、私の与太話を真面目に受け取ってくれているのか? 警察まで動かしておいて与太話はないが。しかも言い出しっぺの人間が。
「とにかく、行きましょう」
私の与太など百パーセント信じていないであろう理真が、先頭に立って玄関に向かう。それを追い越して中野刑事が鍵穴に鍵を差し込んだ。
「中野さん、警察の捜索で、この家から何か、事件に関係がありそうなものは見つかりましたか?」
愛用の手袋をはめて玄関を上がった理真が訊いた。
「いえ。例の恋人の死体を蘇生させようとして、雷で蘇っていなくなったということを記した文書データくらいでしたね」
それを聞いた私も手袋をはめて、
「中野さん、その文書データを見ることは出来ますか?」
「ええ、出来ますよ。元データはまだ田山のパソコンにありますから」
理真も見たいと言って、まず私たちは居間に向かった。中野刑事が机の上に載っているノートパソコンを起動させる。目的のデータはスロットに差し込まれたUSBメモリに入っていた。理真はこれを意外に思ったようだ。
「ハードディスクじゃなくて、外付けメモリに入っているんですね」
理真が言うと、中野刑事も、
「ええ。警察捜査でも意外に思われましたが、いざというときに誰にも見られないように持ち出すためだったのではないか、と考えられています」
「なるほど。こんな手記、友人が遊びに来て、『ちょっとパソコン使わせてくれ』なんてことになって見られでもしたら、事ですからね」
言いながら理真はマウスを操作して文書データを開く。紙に印刷されたもので見た文面が画面に表示される。田山は、どんな気持ちでこれを打ったのだろうか。
最後の十一月十日の分まで読み終えると、理真は文書を閉じてインターネットブラウザを開いた。スタートページに設定してあるポータルサイトの画面が表示される。理真はさらにブックマークを開き、ひと通り確認すると、次に閲覧履歴を見る。
「変だね」理真が呟いた。
「何が?」私が訊くと、
「このパソコンの閲覧履歴に、死体の保管方法や、死者の蘇りに関するホームページのものがあるわ」
「それは、麻利亜さんの死体を盗んで、蘇りを試すために情報を集めたんでしょ」
「うん、でもね、そういったホームページの閲覧履歴は、十一月十日以降にしかないのよ」
「えっ? 十一月十日といえば……」
「そう、あの手記によれば、麻利亜さんが蘇って、家を出たことに気付いた日。変でしょ」
「そうだね。田山さんが麻利亜さんの死体を盗んだのが十一月三日なら、その日から早速そういったホームページを閲覧していてもよさそうなのに」
「なのに、閲覧履歴によれば、その手のページを見始めたのは麻利亜さんが消えてからよ。遅すぎでしょ。田山さんが麻利亜さんが蘇ったと信じていたのであれば、今更そんな情報を得る必要はないわ」
「中野さん、警察では、どういった考えを?」
私たちの後ろで画面を見ていた中野刑事に訊いてみた。
「いえ、警察では、和泉麻利亜さんが死体から生き返ったという前提で捜査は行っていませんので、そこのところは特に触れられていませんね」
そりゃそうだ。
「そうですね」と理真はパソコンを閉じて、「現実的な視点に立って見てみれば、この事件は、一件の事故、その被害者の遺体の盗難。そして一件の殺人事件。ですものね。盗難といえば、中野さん、この家のどこに麻利亜さんの遺体が保管されていたと見られていますか?」
「庭にある物置だと考えられています。ちょうど成人の遺体を置くくらいのスペースはありますし、この時期の気温と湿度であれば、遺体の腐敗もそんなに進まないのではないかと思われますので。ただ、この家に死体が保管されていたということも、そもそも田山が病院から死体を盗み出したということも、あくまで推測に過ぎませんが。倉庫から遺体の断片や髪の毛などの物的証拠は出ていません。ルミノール反応も出ませんでした」
死体から血液が漏れ出てもいないというわけか。倉庫に本当に遺体が保管されていたとして、だが。
「そういった物証は、倉庫以外からも?」
「ええ、家中隈無く捜索しましたが、見つかっていません。田山の車からもです」
理真の問いに中野刑事は答えた。それを聞くと理真は、
「麻利亜さんの遺体は、どこにいったんでしょう……」
「あ、安堂さん、死体といえば、今日ここに来た目的は、生き返った麻利亜さんが潜んでいるかもしれないという確認ですよね」
「あ、すっかり忘れてた」
理真は頭に手を当てた。実は私も。
押し入れやら、タンスの中やら、人が潜んでいそうな場所を徹底的に捜索したが、麻利亜はどこにもいなかった。中野刑事は懐中電灯を用意しており、屋根裏にまで上がってくれたが、徒労に終わらせてしまった。
「屋根裏は埃が積もりきっていて、何者かが潜んでいたり、移動したような痕跡もありませんでした」
報告を聞くと一旦外に出て、私と理真は中野刑事の背広に付いた埃を払う。脱がせた背広を広げて、ぱんぱんと叩きながら理真が、
「そういえば、中野さん、この田山さんの家も落雷の影響範囲に入っているんですよね」
「ええ、それも確認しました。ここから十メートルくらい先の電柱に落雷して、この家も含め半径数十メートルに渡って停電が起きています。すぐに復旧しましたけれど」
「もし、麻利亜さんの遺体が倉庫に保管してあったのだとしたら、母屋から離れている倉庫にまで雷の影響は及ばないのでは?」
「ああ、それですか」と中野刑事は理真から礼を言って背広を受け取ると、「倉庫の中には照明があって、その電力を得るために母屋と電線一本で繋がっています」
玄関を背にして左手にある狭い庭の奥を指さした。そこには、先ほど話に出てきた倉庫が建ち、確かに、倉庫の屋根と母屋との間には電線が渡してある。「見てみますか」と中野刑事を先頭に、私たちは倉庫に近づいた。
倉庫は総鉄製の簡易なものだ。扉に鍵はなく、開けてみると内部は雑多な物置と貸している。床に一メートル掛ける二メートル程度空いたスペースがあり、なるほど、人ひとり横たえておくには都合がいいだろう。
「見て下さい」と中野刑事は倉庫の床を指さして、「奥のほう、床に筋が入っているでしょう。まるで、何かを置くために急遽そこにあった荷物をどかしてスペースを作ったように見えませんか」
中野刑事の言った通りだ。倉庫奥には、明らかに今まであった荷物をどかしたような、不自然な箇所が見受けられる。そして、その隣に危ういバランスで荷物が積まれている。床の上にあったものを急遽上に載せたように思える。理真もそれを確認したようだ。中野刑事はさらに、
「ご覧の通り、鉄製の倉庫なので、電流が倉庫全体に流れ渡って、保管されていた遺体に電気ショックを与えてもおかしくないです」
中野刑事は死体蘇り説にかなり理解があるようだ。
「あの手記によれば」と理真は倉庫の中を見回すのをやめて、「田山さんは十一月十日付で、麻利亜さんの遺体がなくなっていることに気が付いた、と書いています。落雷があったのが九日の深夜。翌朝に倉庫を覗いて、田山さんは遺体が消えていることに気が付いた、ということになるんでしょうか」
「落雷にも目を覚まさなかったのかもしれませんね。もし、目を覚まして、すぐさま倉庫の様子を見に行っていたら、蘇った麻利亜さんが歩いているところを目撃出来たかも」
中野刑事の言ったことを想像して、ぞっとした。もし、そんな場面に遭遇したら、田山は麻利亜に何と声を掛けたのだろうか。そして麻利亜の反応は。意識混濁としていた麻利亜は、やはりその場で田山を殺害していたのだろうか。いや、あまりにオカルトじみている。死体が蘇るなど……
「蘇ったにせよ、そうでないにせよ」
理真の言葉で現実に戻った。理真は、そんな私の考えなどお構いなしに続けて、
「麻利亜さんが現在発見されていないというのは確かですからね。死体はどこに消えたのか。田山さんが病院から盗み出したのだとしたなら、その死体をさらに誰かが持っていったということになります。麻利亜さんの死体に、どんな用事があったのか」
「警察では、田山が結局死体を遺棄したという可能性も含めて、付近や田山が死体を棄てに行きそうな場所も捜索していますが」
中野刑事の言葉に理真も頷く。なるほど極めて現実的な推測だ。何者かが死体を盗み返しただの、ましてや死体が甦ってひとりで歩いて出て行ったなどと考えるよりは。
警察によるものと、今日の私たちによるもの。二度に渡る捜索でも、麻利亜の死体も、蘇った麻利亜も、この家からは発見出来なかった。現実的な視点に立って見れば、
「安堂さん、江嶋さん、今日の夜に所轄の
私と理真は、ぜひ、と答えた。城島警部は、県警における理真の後ろ盾のような存在だ。いかな過去に例があり、常軌を逸した不可能犯罪相手とはいえ、民間人が捜査に介入してくることを快く思わない警察官は当然いる。だが、そういった警察官も、県警捜査一課きっての名刑事、城島
私と理真は、現場を見て医師に話を聞いてからでも、十分会議の時刻に間に合うことを確認して、ひとまず中野刑事と別れた。
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