夏の日

 それから数年。


 住み慣れた地元の空気に身体を伸ばす。


「ただいま」


 キャリーを引いて実家を通り越すと、隣の家のチャイムを鳴らす。


「あら」


 そう言って玄関を開けてくれた女性は彼を家へ招き入れた。


「しばらくはこっちに居るの?」


「明日には戻らないといけなくて・・・でもどうしても今日だけは」


「毎年ありがとうね」


 彼は手を合わせてしばらく目を閉じる。


 目の前の写真には、あの日のままの彼女の写真があった。

 今にも名前を呼んできそうな笑顔でこっちを見ている。


「今年も一緒に行こうな」




 その夜、いつもより賑わう夏の夜。


 彼は1人で人混みを行く。


 鞄には随分と汚れた2つのお守り。


 カラフルな光に照らされて皆の笑顔が染まる。


 今年もまた上がった、大きな大きな花。




 例え身体が無くなって、皆の記憶から彼女の笑顔が薄れても、ずっとずっと彼の記憶には色濃く残って。

 こうして夏が来るたびに、花火を見上げるたびに思い出す。


「大好きだよ、ずっと」


 大きな花がまた開いて、彼女が笑った気がした。




 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る