お守り
待ち合わせの時間になっても、一向に姿を現さない彼女に彼が少しそわそわしだす。
携帯に何度連絡をしても、出る気配がない。
何度目の電話だろうか、もう充電もあまり残っていない。これで出なかったら、帰ろう。そう思ってかけた先から聞こえるのは、彼女の父の声。全然会話が頭に入ってこない。
とにかく全力で走った。
近くの総合病院。
エレベーターが到着するのを待てず、階段を駆け上がった。
息を切らしてたどり着いた先には、ハンカチで目元を押さえる彼女の母とそれに寄り添う彼女の父。何かを説明されているけれど、思考は働かず案内された部屋の中にたくさんの管につながれた彼女を見つけた。ガラスの向こうに見える彼女は傷だらけで、頭には痛々しく包帯が巻かれている。
医師や看護師が周りを忙しなく動いているのに、彼女だけは時が止まったようにピクリともしない。
ガラス越しに名前を呼んだけれど、その声は彼女には届かない。
しばらく部屋の前で動けずに居ると、医師と話をして戻ってきた彼女の父が「会ってやってくれ」と彼女の病室に入れてくれた。医師も看護師も居なくなって静かになった部屋の中で、無機質な機械の音だけが悲しく響いている。
「なんだよ、これ・・・」
膝から崩れ落ちるように座り込むと、彼女の手を包み込む。手を必死に握り名前を呼ぶけれど、彼女からは何も返ってこない。「なぁ、笑ってよ」と手を当てた頬にしずくが落ちたのをきっかけに、次々と溢れて彼女の元へ落ちていく。
青信号を渡っていた彼女をトラックが轢いた。
病院に運ばれた時には、すでに意識も無く呼吸もしていない状態だった。
部屋から出ると、彼女の父がそっと肩に手を当て彼女の鞄から紙袋を差し出す。所々血で染まったその鞄には、小学生の頃に彼が渡したお土産のキーホルダーが付いていた。差し出された紙袋を開いて中を見ると、お守りが二つ入っていた。きっと彼と彼女の分。
お守りを握り締めると、再び涙は溢れてきて静かな病室の前で声をあげて泣いた。
その夜、彼女は旅立った。
体中に付いていた管も外されて、酸素マスクも外された彼女は優しい顔をしていた。
泣きすぎて目は真っ赤で腫れていたけれど彼女に笑顔を向けると、まだ少し温かい彼女の頬に触れ額にキスをする。
半年後、彼は神社に来ていた。
ずらりと並ぶ絵馬の中に彼女の絵馬を見つけた。
【試合で勝てますように】
見慣れたその文字を指でなぞると、裏返してハッとした。
【大好き、ずっとずっと一緒に居られますように】
ゆがむ視界の中、今までの彼女との思い出が駆け巡る。
ずっと大切な家族だと思っていた。
けれど、その気持ちも大きくなるにつれて家族には収まらなくなっていった。
告白されてと彼女には言ったけれど、本当はずっと前からわかっていた。
彼女のことがずっと好きだった。
中学で告白されている時はすごく焦った。
高校に入ったらますます告白されるんじゃないかと、離れちゃいけないと思った。それでもどこの高校に行くのか直接聞けなくて、親や友人に探りを入れて、担任が進める進学校を蹴って彼女と同じ高校に進んだ。自分でも少し気持ち悪いと思ったけれど、告白する勇気はなくてそうするしか思いつかなかった。
後輩との話をすると、いつも不満そうな顔をしていた彼女。それをわかっていながら、ヤキモチを妬かれているようで嬉しくてわざと話した。
もっと早く伝えればよかった。
「俺も大好きだよ」
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