試合

 あの日、しばらくして泣き止んだ私が布団から出ると、彼は「ぶっさいく」と私の顔を見て笑った。私の様子がおかしくても無理に理由を聞き出さずにいてくれた。




 夏休みに入ってしばらくして、特に予定の無かった私は彼に呼ばれて友人と練習試合を観に来ていた。練習試合でも応援に来ている生徒や親もわりと多かった。外は暑くジリジリと日差しが肌を焦がしているのがわかる。汗で服がくっつくのに気を取られていると、友人が興奮気味に肩を叩いて並んだ選手を指さす。

 みんな同じユニホームを着て同じように並ぶ姿の中でも、彼のことはすぐに見つけられた。友人が隣で「名前呼びなよ!」とうるさいけれど、私はただ彼を見つめるだけで満足していた。


 けれど、その満足もすぐに後悔へと変わる。


「せんぱーいっ!」


 少し離れた場所から彼を呼ぶ声がする。その声はあの彼女で、それに気付いた彼は彼女の方をチラッと見る。彼女と周りの友人達が嬉しそうに笑い合っている。


 試合中もあの彼女のことが気になって、様子を伺う。まっすぐに彼を見つめるその目は真剣で、大声で声援を送る姿はキラキラしていて、とても素敵だった。本当は私も同じように彼を見つめて応援したい。けれど思うだけで声は出ず、ただ広いグラウンドを眺めることしかできなかった。


 彼がキャプテンになって初めての試合は残念ながら負けてしまった。

 試合後に私に気付いて駆け寄ってくると「ありがと」とだけ言った。なんて声をかけていいのか困って、とりあえず「お疲れ」とだけ返す。


「片付けとかミーティングとかあるから・・・」


「うん、じゃあね」


 汚れたユニホームの彼をグラウンドに残して私は一足先に帰ることにした。視界の隅では彼に声をかけるあの彼女の姿があった。




 帰りにちょっと話そうと友人とカフェに寄る。案の定あの彼女のことでうるさい友人の話を聞くことになる。

 帰宅すると、炎天下に居たのと友人のしつこい話に疲れてベッドでウトウトする。もう少しで夢の中というところで携帯が着信を知らせる。


「今、どこ?」


「家」


「窓開けて」


 そう言われて部屋の窓を開けると、帰宅したばかりなのかユニホーム姿の彼が居た。


「応援ありがとな」


「うん、その・・・残念だったね」


「あぁ」


 そう言ってじーっと私を見る彼に何を言おうか迷っていると、彼は「なぁ笑って」と無茶ぶりをしてくる。困りながらも笑顔を作ると、「ひでぇな」と彼が笑う。そんな彼を見て私も笑った。


「うん、それがいい」


 そう言って彼は自分の両頬を叩くと「次は勝つから」と言った。


「うん、楽しみにしてる」




 その試合から一週間くらいだろうか、登校日で夏休み中だというのに私は学校に居た。登校日は半日だけで、帰ろうとしていると彼がやってきた。部活は休みらしい。自転車に乗れるというのにつられて一緒に帰ることになった。


 にやにやする友人に見送られて学校を出てから数分、彼の自転車は私を乗せて走り出す。いつもと少し様子が違う気がして、不思議に思っていると家が近くなった頃やっと彼が口を開いた。


「あのさ」


「うん」


「この前の後輩に試しでいいから付き合ってほしいって言われた」


「えっ」


 いきなりの報告に大きな声が出てしまった。


「一度断ったのに積極的過ぎてちょっと参ってる」


 そう言って苦笑いする彼のシャツをぎゅっと握りしめた。


「すごいね」


「あぁ」


「モテモテだね」


 どんどん早くなる鼓動がうるさい。

 動揺するのを紛らわすように彼を冷やかす。


「付き合うの?」


 怖かったけれど、その先を知りたかった。


「断った」


 その言葉に驚きもしたけれど、ほっとした。

 もうあの彼女のこと気にしなくていいんだ。自分でも気にしていないつもりでも、やはり彼女の存在は気になっていて、学校で見かけるとつい目で追ってしまったりした。そのたびに、いつ彼女に居場所を、彼の隣を取られてしまうのだろうと、自分では「付き合えばいい」なんて言っておきながらずっと不安だった。


「なんて断ったの?」


「好きなやつ居るからって」


 何気なく聞いたことに後悔する。さっきほっとした心臓がまたドキドキと音を立てる。


「・・・そうなんだ」


 今まで何度か告白されたとか、彼の周りの子の恋愛事情とか聞いてはいたけれど、何もその先の話題が出ない彼だったからそういったのに興味がないと勝手に思い込んでいた。けれど、今の彼の口から出た『好きなやつ』という言葉に興味がないんじゃなくて、ずっと想っていた人がいたから付き合わなかったんだと知る。


「そっか」


「告白されて気付いた」


「うん」


「気持ちの整理がちゃんと付いたら伝えようと思って」


「・・・頑張ってね」


 ちょうど家の前に着いて、鞄を受け取ると彼の目を見れずにそのまま「じゃあね」と別れた。


「あぁ」


『好きなやつ』


 やっと自分の気持ちに気が付いて、どうしたらいいのかたくさん悩んだ。そんな矢先に彼に好きな人が居るとわかって、気持ちはグルグルと回る。

 私さえ何も動かなければ、何も伝えなければこのまま一緒に居られると思っていた。ずっと一緒で、兄妹のようだって言われて、ずっとずっとこのまま。


 彼の気持ちに整理がついて、その好きな人に気持ちを伝えたら私はどうなるのかな。


 それは、すぐそこ?

 私が遠くの大学に行ってから?

 その人に気持ちを伝えた後でも、隣に居られるのかな?


 でも今までと違って、彼の隣に長く居られるのはその好きな人になる。


 このまま好きでいてその好きな人が現れた時に傷付くくらいなら、もう友人でいよう、ただの幼馴染でいいや、もうただの隣人でいいや。


 そんな事を思う。

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