彼女
翌日はちゃんと登校した。泣き過ぎたのか、頭が痛い。
午前の授業が終わると、隣のクラスの彼が教室を訪ねてきた。
「調子どう?」
「うん、大丈夫」
どことなく、ぎこちない。
「ほんとか?顔色悪いぞ」
そう言って顔を覗き込む彼を避けるように顔をそらすとふわっと身体が浮いて、そこから意識がプツッと途切れた。
頭がズキズキする。目を開けるとそこは見慣れない部屋だった。真っ白なベッドにカーテン、保健室とは違うその部屋。身体を起こしてベッドから出ようとしていると、母が入ってきた。
どうやら、私の泣き過ぎが原因だと思っていた頭痛は熱のせいで、学校で倒れてそのまま病院に運ばれたらしい。今打っている点滴が終わったら帰れると母は言って、先生を呼びに行った。
目が覚めて少しずつ意識がはっきりしてくる。倒れた時のことも少し思い出してきて、倒れた時のあの温かい感触を思い出す。
確か、教室で話していて・・・。
点滴と診察が終わって家に帰ると、母は買い物に行ってしまった。
1人残された部屋で携帯を開くと、友人達から何通かメールが届いていた。例の長い付き合いの友人からは『王子様が助けてくれたよ☆お大事に』とだけ。何のことだろう?と考えていると、誰かが階段を上ってくる音がする。母だろうか?開くドアに視線を送ると、そこには彼が立っていた。
買い物に出かけた母と出くわして、家に誰も居ないと知ると留守番を引き受けたと言った。ベッドの脇に座る彼に「うつるから帰ってよ」と言っても彼は腰を上げる気配もなく、「熱どう?」なんて額に手を当ててくる。
「点滴したから下がると思う」
そう膨れる私を見て彼は「いつも通りだな」と笑うと、そのまま倒れた時のことを話し出した。教室で彼の元に倒れこんだ私は声をかけても辛そうに呼吸をするだけで、そんな私を彼が保健室に運んだらしい。そこで、ようやく友人の『王子様』という言葉にピンときた。
「・・・ありがと」
私を運ぶ彼を想像して少し恥ずかしくなると、小さくお礼を言った。
「ほんと心配した。一昨日も変だったし。」
ずっと触れなかった一昨日のことに彼が触れて、緊張する。
あの時は自分もやっと好きだと自覚したところで、そんな時に目の前であんなことが起こって思ってもいないことを言ってしまった。その罪悪感から申し訳なくなって「ごめん」と呟くと、「俺もごめん」と返ってくる。
重たい空気に耐えられないでいると、彼は勝手に本棚からマンガを取り読み始めた。顔に似合わないその手にある少女マンガにクスッとすると、いつもと変わらない彼にほっとする。そのせいか、薬が効いてきたのかまぶたが重くなる。ウトウトしている私に気付くと彼は布団を直して「寝ていいよ」と言う。
「ありがとう」
そう言ってまぶたを閉じた。
熱でぼーっとする中、夢を見た。
グラウンドで飛び交う声援の中、彼がホームランを決める。すごく嬉しくて私も声援を送るのに、いくら頑張っても声は出なくて。ホームに戻ってきた彼が見る先にはあの彼女。お互いに笑顔で拳を上げる。
私の声は届かなくて、彼はあの彼女と一緒に白い光の中に消えていく。
1人残された私は暗闇の中、叫びたいのに声は出なくて、真っ暗で何も見えなくて。
ハッと目が覚める。
たった数分のことだと思っていたけれど、すでに外は暗くなっていた。
慌てて身体を起こして周りを見渡すと、彼の影を見つける。明るくして私が起きてしまうのを避けたかったのか、部屋の明かりは点いていなかった。カーテンを開けたままの部屋は月明かりで照らされて微かに彼の顔が見える。
その心配そうな彼の顔を見た途端、普段は感情をあまり表に出さない私なのに涙が溢れてきた。熱による心細さのせい、そう思いたかった。けれど、本当は彼がそこに居た安心と、あの彼女に取られたくないという気持ちで、涙が次々と溢れてきて止まらなかったんだと思う。
どうしていいのかわからず泣きじゃくる私は「ごめん、少ししたら落ち着くから」と布団を被って必死に涙をこらえようとする。それでも涙は止まらずに、そんな状態の私を彼が布団ごと包み込むものだから益々涙は止まらなくなった。
いつぶりだろうか、久しぶりに彼の前で声をあげて泣いた。
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