後輩

 テストは勉強の甲斐もあって、なんとか志望校の合格ラインいけると担任に告げられながら返却された。

 上機嫌の私は久しぶりに友人達と遊びに行くことにした。テスト前や期間中はまっすぐ下校していたから、こんな風に気の許せる仲間と意味もなくだらけるのもいいなと思いつい満喫してしまった。

 友人達と分かれる頃にはあたりは暗くなり始めていた。一人で歩いていると、聞き慣れた声に振り向く。


「今、帰り?」


 声をかけてきたのは、彼だった。


「カラオケ行ってた。そっちも遅いね。」


「あぁ、久しぶりの部活で居残練してた。」


 そう言いながら彼は私の鞄を取りカゴに押し込むと、顎で後ろを指す。


「ん」


 いつもの流れだ。学校の付近は怒られるし冷やかされるからと避けていたけれど、彼が自転車で偶然私を見つけた時はこうして後ろに乗せてくれる。

 慣れた様子で私を乗せた自転車は走り出す。坊主のチクチクしそうな髪の毛、日に焼けたうなじ、自分が隠れてしまいそうな大きな背中、見慣れた光景に安心してもたれる。お互い何を話すでもなく、自転車は進む。

 ふと、この前の校門での出来事を思い出す。やはり、あれは告白されていたのだろうか。聞こうか、でも聞きたくない、それに知ったところで何があるんだ。ちょっとだけ泣きそうになる。


 家が見えてきた所で自転車が止まる。いつもなら家の前まで行くのにと疑問に思いながら顔を上げると、あの校門に居た彼女が彼の家のインターホンに手を伸ばすところだった。

 自転車の音に気付いた彼女はこちらを向くと、一気に笑顔になって駆け寄ってくる。


「先輩っ」


「どうした?」


 近付く彼女が私に気付くと少しだけ顔が曇った気がした。


「ちょっと渡したいものがあって」


 そう言った彼女はチラチラとこちらを気にしている。


「何?」


 その様子に気付いていないのか、そのまま聞く彼に気まずそうに俯いた。


「あ、帰るわ」


 そこに居ちゃいけない気がして、そう言うと私は自転車を降りて、少し早歩きでその場を離れる。

 背後では二人の話す声が聞こえる。


「彼女ですか?」


「いや、幼馴染」


 そう返事をする彼の言葉に目頭が熱くなった。


 家に入ると、次々と涙が溢れる。

「おかえり」とリビングから聞こえる母の声を背に、気付かれないようにそのまま部屋に向かうとクッションに顔を埋めた。


 部屋に居ても微かに聞こえる二人の声、会話の内容まではわからないけれど、今二人が一緒に居ること。彼女のあの様子に気があるんだと確信すると心が締め付けられるように痛かった。

 何よりも彼の言った『幼馴染』という言葉に、私達は偶然隣同士で歳も同じで、ただそれだけの繋がりなんだと気付かされた。一緒に帰るのも、一緒に勉強するのも、一緒に自転車に乗るのも、私だけが特別なんだと思っていたけれど、それはただ隣同士というだけだった。




 やっと今になって気付いた。


 私。




 ご飯に呼びに来た母に「いらない」と返すと「制服がシワになるから早く脱ぎなさい」とだけ残して、母はそれ以上何も聞かなかった。


 それからどれくらいそうしていただろう、重たい身体を上げるとすっかり外が暗くなっていることに気付いてカーテンを閉めようと立ち上がると、「おーい」と呼ぶ声がする。


 顔を上げるとそこには彼が居て、窓を開けろとジェスチャーする。今握りしめたカーテンをそのまま閉めたくなる気持ちを押さえて、私は無理に笑って窓を開けた。


「何?」


「さっき、ごめん」


「なんで謝るの?」


「なんか・・・ね」


「あ、さっきの子って後輩?」


「あぁ、前からちょくちょく応援に来る子」


「へぇ~」


「見てこれ」


 そう言ってフェルトで作られたボールのストラップを手に彼が笑う。


「作ったんだって、すげぇよな」


「よかったね」


 嫌だ。


 思ってもいない言葉が口を出る。


「あの子、好きなのかな?」


「あ~うん・・・実は前に校門で告白された」


「いいじゃん、付き合わないの?」


 嫌だ。


「可愛い感じだったじゃん、好きそう」


 嫌だ。


「お似合いだよ」


 嫌。


「付き合いっ」


「なぁ、それ本気で言ってんの?」


 私の言葉が終わらないうちに返ってきたいつもと違うトーンの彼の声。

 驚いて彼の顔を見ると、いつになく真剣な顔をしていた。なんだか怖くなって、そのまま窓とカーテンを閉めた。


 本心じゃない。


 怖かった。

 なんでそんな風に言うの?

 なんでそんな顔するの?


 ストラップを持つ彼を思い出すと、自分の机に目をやった。裁縫が得意ではなくて、変に歪んだその球体を取るとそのままゴミ箱に入れた。彼女がどんな気持ちであれを作っていたのか、同じことをしていた私にはわかってしまった。


 次の日、腫れた目では学校に行けなくて初めて仮病を使って学校を休んだ。


『大丈夫か?』


 彼からのメールに心がチクりとする。

 彼を好きだと気付いてしまった今、あの彼女のことを嫌だと思う自分に嫌気がさす。私だけが好きなんじゃないんだ。私だけと思っていたあの場所に、いつまでも居られないとわかってしまったのが辛かった。


『明日には行けそう』


『よかった、また明日な』


 ごめん、ごめん、大丈夫。


 明日からはちゃんとするから、今日だけはもう少し。

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