帰りの担任からの連絡が終わる頃、それぞれの教室から賑やかな声が漏れだす。テスト前で部活は休みだったけれど、教育熱心な担任がテストの大切やら勉強のコツやら熱弁するせいで、他のクラスよりも終わるのが遅くなってしまった。

 みんなが鞄を持って立ち上がるのに合わせて私も鞄を持つと、近くに居た友人が「ねぇ」と声をかけてくる。


 「何?」


 「あれ見て」


 そう言って彼女が指差した窓の外を見ると、校門で話す男女が目に入る。


 「あれそうだよね?」


 どこか嬉しそうに言う彼女の言いたいことはすぐにわかった。その校門で話す男女の男の子の方は彼だった。私と中学から一緒の友人は私達の仲がいいのも家が隣同士なのも知っていて、少女漫画が好きな友人にとっても絶好の設定だったようで、前々から私と彼の話になると「これは運命」だとか勝手な妄想を私に押し付けていた。


 校門で話していた女の子が彼に一礼すると走って校門を出ていく。友人だろうか、少し離れた場所に居た女の子数人と合流すると駅の方へ向かっていった。

 それを横目に私は「帰るね」と言って後ろで騒ぐ友人を置いて教室を出た。


 話している姿を見た時は特に何も感じなかったのに、ふと一人になると心がぎゅっとした。なんだろう?これ。男女関係なく好かれていた彼は、当然年頃になると告白されることも多くなっていって、あぁいった現場を目撃するのも初めてではないのに、どこか引っかかるというか、何とも言えない気持ちになっている自分がいる。

 そんな気持ちのまま下駄箱に着くと靴を履きかえて校門へと向かう。「なんでもないよ」と気持ちを切り替えて顔を上げると、そこには先ほど教室から見た場所に居る彼が「よっ」と声をかけてきた。


 「どうしたの?」


 「久しぶりに一緒に帰ろうと思って」


 「・・・さっきの子と帰ればいいのに」


 ぼそっと言ったつもりが、予想以上のボリュームで声が出てしまって、慌てて手で口を押える。隣を見上げるとハッとした彼が居て、気まずそうに顔をそらす。


 「見てた?」


 「うん・・・見てた・・・てか、見えた」


 話題を変えようと花火大会のことを出す。数分後には、数年前の花火大会では場所取りをかってでた父達がみんなが集まる頃には、すっかり出来上がっていて大変だった話や、分かれて買い出しに行ったら全員が焼きそばを買ってきた話などで、すっかり校門で何があったのかは気にならなくなっていた。

 家に着く頃にはテストの話題になっていて、勉強が得意ではなかった私は大学のことを思い出して「次いい点取らないとやばいんだよね」と漏らした。そんな私に「勉強しとけよ」と言い家に入っていく彼を見送ってからため息をつくと、自分の家のドアに手をかけた。


 「ただいま」


 「おかえり」


 母の声を背に部屋に向かうと、真っ先に制服を脱いで部屋着に着替える。しばらく切っていなかった邪魔な前髪をまとめて結んでいると、窓の外から私を呼ぶ声がする。

 カーテンを開けて窓を開けると、そこにはさっきまで一緒に居た彼が居た。私の向かいがちょうど彼の部屋。よくこうやって話したりする。


 「お前なぁ・・・」


 そう言って彼が笑うと、「今から行くわ」と言って窓とカーテンを閉める。


 「え?」


 「今から行く」の言葉に少し考え込むと、慌てて部屋を出たけれど、私が階段を下り終わる頃には彼は玄関で母と話していた。下りてきた私に気付いて笑うと、膨れる私を押して部屋に入り、小脇に抱えていた教科書やノートを並べ始めた。


 「何しにきたの?」


 不愛想に聞くと彼は「テスト勉強」とだけ言い、プリントを開いてテスト範囲を確認しだす。少しすると母が部屋に入ってきて「ちゃんと勉強するのよ」と余計な一言と飲み物とお菓子を置いていった。


 「ほら、やるぞ」


 そう言って彼が隣のクッションを叩くもんだから隣に座ったものの、この配置であっているんだろうか?と少し考え込み着席数分後には彼の向かいに移動した。

 スポーツの得意な彼は実は勉強もできて、スポーツのできる人は脳みそまで筋肉だと思っていた私の想像を簡単に覆してくれた。目の前で彼が数学の問題をスラスラと解いていて、そのシャープペンシルを持つ手が指が私とは違ったゴツゴツとした指の節が気になって見入ってしまう。


 母の用意してくれたジュースを片手に、お菓子に手を伸ばすと想定していなかった感触にビクッとなる。「ごめん」そう言ってこちらを向かずに彼が手を引っ込める。


 「お前さ、食ってばっかいないでやれよ」


 「勉強とかめんどう」


 そう言ってお菓子の袋を開けると、口いっぱいに頬張って立ち上がる。「おい」と呼ばれるのも無視して部屋を出ると、そのまま座り込む。ドクドクと心臓が苦しい、まだ口に残っているお菓子の味も分からない。こんな気持ちになったのは初めてだった。

 落ち着けようとキッチンに行くと冷蔵庫を開けてアイスクリームを出す。何やら母が話しているけれど、会話はひとつも入ってこなかった。食べ終わると深呼吸をして部屋に向かい、「大丈夫」と自分に言い聞かせてドアを開けた。


 「ただいま」


 「あぁ」


 彼は特に何か言うでもなく、目線もノートのまま勉強を続けている。その後は所々教えてもらいながら私もテスト勉強をした。特に苦手な数学は多めに聞きながら、真剣な顔で教えてくれる彼に少し苦しくなりながらも気持ちが乱れないように嫌いな公式を頭に詰め込んだ。


 ちょうどきりのいい辺りで、母が夕ご飯に呼びにきた。彼の家にも連絡をしていたようで、一緒に並んで着いた食卓。仕事から帰ってきた父が彼と楽しそうに野球の話をしている。簡単なルールくらいしかわからない私には何が何だが、さらに思いもよらぬテスト勉強で使った脳はもう働かなかった。父は久しぶりに男同士の会話が出来て満足したのか、上機嫌だった。


 ご飯を食べ終わった彼が帰ったあと、父に呼び止められる。


 「もうちょっと可愛げのある感じ出さないと嫌われるぞ」


 「・・・何言ってんの?」


 「ほら、その前髪・・・」


 そう言って、私の結んだ前髪を指差す。


 そうか、彼が笑っていたのはこの前髪のことか。今になって気付いて恥ずかしくなる。前髪を押えながら「うるさい」と言うと、自分の部屋に向かった。 リビングからは父が母に「そんなこと言うから」なんて怒られる声がした。

 部屋に戻ると、視界には彼の座っていた場所。なんとなくその場所に座ると天井を見上げて、最近の私は変だと思う。


 「どうしちゃったんだろ・・・」


 自分でも説明のつかないもやもやとドキドキと痛み、その日はなかなか寝付けなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る