幼馴染

 私がこの町に引っ越してきたのは、1歳の時。

 だから、引っ越してきたというよりも記憶がある頃にはとっくにこの家に住んでいたし、生まれてすぐに住んでいた隣町のアパートのことなんて「隣町」ということしか知らない。


 母がずっと夢だった白いマイホームに引っ越してから数か月後、隣にも同じくらいの年齢の夫婦が引っ越してきた。私より数か月早く生まれた男の子がいるその夫婦と両親はすぐに仲良くなり、家族ぐるみで遊びに出かけたり、どちらかの親が忙しい時にはお互いの家に預けられたりした。兄弟の居なかった私は、その子とすぐに仲良くなり、同い年ながらも数か月お兄さんのその子を本当の兄のように慕っていた。


 いつも一緒にいるのを冷やかされた中学時代、少しだけ一緒に居る時間が減った。でもそれは学校の中だけで、家族ぐるみの付き合いは続き、他の友人と思うと一緒に居る時間は多かった。

 ランドセルからセーラー服になり、セーラー服からブレザーになり、それでも変わらず入学式の写真の隣には彼が居た。


 高校生になった。

 文化系の部活に入り活動時間の短い私と、運動系の部活に入り活動時間の長い彼は自然と一緒に帰る機会も減っていった。それに電車通学の私と自転車通学の彼と一緒に帰るのは、雨の日の偶然下駄箱で会った時くらいになっていた。

 帰りの早い部活を選んだのも、電車通学を取ったのも、その時は無意識だったけれど今から思えば納得がいく。きっと心の奥ではわかっているのに、気付かないフリをしていたんだ。

 少しずつ大人に近付くにつれて、彼の隣に居辛くなった。


 高校2年生になってすぐの試験結果が悪かった私は、このままだと志望校は無理だと言われ部活を辞めた。と言っても、特に大会などもなく名前だけの部活で部室に集まってもみんなで話しているだけだったから『ただ帰りが早くなる』という変化だけだった。

 高校卒業後は家を出て、県外の大学に進む予定だった。

 私が着々と未来を決めているのに、彼はすぐそこの白球を追いかけ続けていた。




 ある日の帰り、下駄箱で靴を出していると声をかけられた。


 「なぁ」


 「ん?」


 振り返れば幼馴染の彼が居て、真っ黒に日焼けした頬を微かに染めながら言った。


 「花火大会行かない?」


 急な誘いに変な間があいてしまう。

 毎年恒例の市内の花火大会には、家族で一緒に行っていた。それなのに、何故今更聞いてきたのか、不思議に思いながらも「うん」と返すと彼は笑顔になる。


 「じゃあ、また連絡する」


 「うん」


 この後は部活であろうユニホーム姿の彼は、そのまま「じゃあな」と手を上げてグランドへ走っていった。その背番号の入った後姿を私は見えなくなるまで、靴を片手にぼーっと眺めていた。


 小さい頃は変わらなかった背もすっかり今では彼のほうが見上げるほどになっていて、いつの間にか声も低くなって、私がずっと知っていた彼は気付けばスポーツ万能で後輩想いで男子からも女子からも好かれる人になっていた。

 少し距離を置いていた間に、彼は私の知らない彼になってしまっていた。なんだか淋しい気持ちでもやもやして、私は靴を履ききる前に学校を出た。遠くでは運動部のランニングの掛け声や、吹奏楽部の楽器の音が響いていた。

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