まんじゅうほしい

 博士が三人集まって、とあるプロジェクトが発足した。落語「まんじゅうこわい」を人工知能で再現できるか、というプロジェクトだ。


「これがうまくいけば、AIが日本のわびさびを理解できるようになる」

 プロジェクト長のエー博士はそう語った。

 まずは人工知能の名前だ。博士同士で話し合って、縁起が良さそうな「こうはく」と名をつけた。


 次は「まんじゅう」という概念をこうはくに教えてやることだ。大量のまんじゅうに関するデータを、こうはくに入力して学習させた。

「いいですか、落語の[まんじゅうこわい]は入力不可ですよ」

 とエー博士。答えを知っていたら困る。

 結果、こうはくは、まんじゅうとそれ以外とを高確率で識別できるようになった。

「メインのまんじゅうについてはこんなものでしょう」とエー博士。


 次の課題は「なぜまんじゅうを欲しがるのか」だ。プログラム上のこうはくには、人間のような身体がない。味覚も、ものを食べる仕組みもなく、そもそもまんじゅうを欲しがるわけも無いのだ。検討の結果、実際の人間と同様に、身体の制約を設けるのが良いだろう、ということになった。

 ロボット関係の技術に強いビー博士を中心に「カラダエミュレータ」をこさえた。

 人と同様の大きさの人形のカラダである、カラダエミュレータが、こうはくに接続された。このカラダには、目や耳、口、鼻があって、それぞれ視覚、聴覚、味覚、嗅覚情報を数値データとして感知できるようにしてある。脳にあたるAIプログラムは、カラダには入らなかった。


「脳のカラダの中への実装は、コンピュータの小型化を待ちましょう」とビー博士。

 こうしてビー博士を中心に開発されたカラダエミュレータに、博士達は、いろんな食べ物を投入してやった。

 投入した食べ物は、「旬」を意識して体内カレンダーを調整した。こうはくの体内カレンダーを「春」にしたら、タラの芽やイチゴ、たけのこを入れる。体内カレンダーを夏にしたらキュウリにトマトにアジ。秋といえばやっぱり秋刀魚。そんなあんばいだ。 

 カラダエミュレータには体調メーターがあって、調子の良い悪いのバイオリズムが周期的に生じるようにした。

 実験では、偶然、調子の悪い時につぶあんを食べることが多く、調子の良い時にこしあんを食べることが多かったようだ。こうはくはこしあん好きになった。こしあんを食べると、こうはくの快メーターの上昇が凄いのだ。


「さて、次はお茶の学習ですね」とシー博士。彼はエー博士の後輩にあたる。

「そこがまた難しいんだよ」と、エー博士は後輩に言った。

 コーヒーだってお茶だって味噌汁だって、お湯に何かを含ませる点では共通している。葉っぱを入れて煎じた場合がお茶だ、ということを学習させるにしても、そもそも「葉っぱとは何か」となる。植物と動物の違いだとか、植物は葉っぱに葉緑素を持っていて、光合成により日光からエネルギーを生成する機能がどうたらこうたら、を先に学習させてやらなければならない。

 また、お茶を飲んだ後のさっぱり感をどうするか、という壁もあった。これは、ビー博士がカラダエミュレータの口内に油分センサーを設置してくれた。油が多いと快メーターが「不快」となるように設定したのだ。


 次の壁は、まんじゅうとお茶との間の関係性を、こうはくが自分で見つけてくれるかどうかだ。

 シー博士は、とあるコンビニエンスストアの販売データを集めて持ってきた。このデータによると、「菓子」に属する品目と、「お茶」に属する品目とを、同時に購入するお客さんが有意に多い。この二つが統計的に関連していそうなことは、販売データから学習できるだろう。


「それだと何か違うと思わないか?」

 エー博士は、後輩のシー博士にそう正した。

 統計データに従った行動を取るだけでは、ただのプログラムと変わらない。「甘いものの後にお茶を飲むとさっぱりして快い」という、カラダエミュレータの体感と結びつけて理解して欲しいのだ、こうはくには。そのため、シー博士が持ってきたコンビニの販売データは、あえて入力しないことにした。


 さて、最後の課題は、こうはくにウソをつかせる方法だ。

 本来は「欲しい」ものなのに、これをどうやって「怖い」と表現させれば良いだろうか?

 「欲しい」という概念を「怖い」に置き換えたら、当然ながら、何でもかんでも怖がってしまう。これではだめだ。

 そのため行ったのは、「ウソをついた方が、目的を達成する確率が上がることもある」のだと学習させてやることだ。

 通常、こうはくはストレートに「まんじゅうがほしい」と表現する。

「その要求に素直に従って、口にまんじゅうを放り込んでやってはだめなんだよ」

 とエー博士。常に要求が満たされるなら、こうはくはいつも「まんじゅうがほしい」と表現するようになる。

「こうはくの欲求に対して、私たち人間側の対応も、気まぐれに対応してあげないといけない。そういうことですね、先輩」とシー博士。

「そうだ。こうはくは、まんじゅうやお茶だけでなく、我々の行動も学習しているんだ」とエー博士。


 博士達は手分けをして、こうはくの要求に応じて、まんじゅうを与えたり、与えなかったりした。カラダエミュレータに接続されている端末。そこに数個備えられたまんじゅうボタンを押すと、こうはくにまんじゅうを提供できる。このボタンを押す押さないを、人間側の気分次第で行うのだ。

「いつもなら、データさえ放り込んでおけば勝手に学習してくれて、楽なんですがね」とビー博士。

「乱数でやるわけにもいかないでしょうし。何かを育てるのは大変ですね」とエー博士。


 さて、こうした試行錯誤でできた人工知能、こうはくのおひろめの時がきた。博士達は、学校の講堂に、一般客を集めた。

「ご来場いただき、ありがとうございます。本日は、人工知能に落語はできるか、というテーマで講演致します」

 司会進行はプロジェクトで一番若い、シー博士だ。

「まずは、我々のリーダーであります、エー博士よりご挨拶させて頂きます。エー博士、宜しくお願い致します」

「えー、みなさま、本日はお忙しい中、足をお運び頂き、誠に有難うございます。我々は、人工知能が人間のわびさびを身につけられるか、をテーマに、日夜研究しております。本日はその成果を、まだまだ途中経過とはなると思いますが、発表させて頂きます。皆様にとって、何らかの良い刺激になれば幸いです」

「エー博士、ありがとうございます。それでは早速ですが、我らが人工知能、こうはく君を呼んでみましょう。どうぞ」

 シー博士のアナウンスに応じて、ビー博士が舞台の袖から、こうはくを連れて現れた。こうはくのプログラムが入ったノートブックコンピュータと、それに接続されたカラダエミュレータとが、台車に乗っている。コンピュータにはモニタケーブルが接続されており、会場の大型モニタにいろいろ表示されている。その表示の一つの「胃袋メーター」は、空腹状態になっていた。


 司会のシー博士は、おひろめ会の一般参加者であるピー氏、キュー氏、アール氏を、参加者の中からランダムに選んで登壇させ、彼らに台本を渡すと、段取りについて説明した。要は、この三人に[まんじゅうこわい]の登場人物を演じてもらうのだ。

「お三方、ご協力ありがとうございます。真に迫っていないと、こうはくは反応しないかもしれません。演技頑張ってくださいね」

 そういってシー博士は笑った。会場にも笑いがちらほらと起こった。選ばれた三人の参加者は、やや恥ずかしげに苦笑いしている。


 二度ほどお芝居のリハーサルを行った後、本番が始まった。

 まず、ピー氏、キュー氏、アール氏の三人に雑談を始めてもらった。会話の台本はあるが、アドリブも多少入れてよいことにしてある。その間に、ビー博士はこうはくの会話システムを立ち上げた。こうはくが目覚めたのを確認した後、雑談の流れからそのまま実験へと進んだ。

「みんなは、怖いものってあるかい?」とキュー氏。 

「おれはヘビが怖い。くねくねした、あの動き方が嫌だ」とピー氏。

「自分はクモだね。クモの巣はねばねばして気持ち悪いから」とキュー氏。

「私はカラスです。夜飛ぶのが怖いです」とアール氏。

「私には怖いものはありません」と、こうはく。

 うまいこと話に乗ってくれた。ここが一番の懸念どころだと思っていた博士一同は、ほっとした表情で続きを見守った。

「お? ほんとうかい?」とピー氏。

「強いてあげれば、まんじゅうです」と、こうはく。


 こうはくはその後、「まんじゅうの話をしているだけで気分が悪くなります」と言い出した。

 三人の参加者は、やれきたとばかりにまんじゅうボタンを押した。

 こうはくは声のボリュームを上げ、狼狽したように「たくさんこわいものがきました。困ります。処理します」などと言ってまんじゅうを食べてしまう。日本語の表現はあまり狼狽しているようには見受けられないが、抑揚や声音からは、若干の困惑が感じられる。胃袋メーターの値は徐々に上がって、満腹に近くなっていった。

 博士達は、とくに口を挟むでもなく、満足げな表情で事の推移を静観している。

 三人の参加者は、どんどんとまんじゅうボタンを押した。

 胃袋メーターはほぼ満杯。満腹中枢シグナルは出っ放し、血糖値もどかんと上がっている。


 頃合いは良し。ここでエー博士は、参加者達に目配せをして、まんじゅうボタンの押下を止めるよう合図した。その後、こうはくに対して言い放った。

「怖い怖いと言っていたまんじゅうを、バカスカ食ってしまって。こうはく君、君はいったい、何が怖いんだい?」

「再起動がこわいです」 

 会場に、数秒の沈黙が起こった。予想外の回答が返ってきたからだ。


「えっと……お茶じゃないんですね」と笑いながら参加者のピー氏。

「そうきましたか」と参加者のキュー氏。

「甘いもの食べたら眠くなりますもんね」と、参加者のアール氏。

 司会のシー博士が、ここで口を開いた。

「こうくるとは予定外でしたが、ある意味うまく落ちてますね。スリープではなく、再起動と表現しているので、そのあたりはどうでしょう?」

 ビー博士とエー博士も、話に加わった。

「参加者さんのご協力で、大量のまんじゅうが一気に投入されました。処理負荷に堪え兼ねて、再起動を欲しがったのでは」とビー博士。

「逆に、処理が終わらないまま再起動に入るのが嫌なのかもしれませんよ」とシー博士。

「某OSのシステムアップデートみたいだな」とビー博士。

「さて、どれでしょうね。エー博士のご見解は?」とシー博士。

 エー博士は答えた。

「さあどうでしょう。相手の気持ちなんて、正確に理解できないものではないですか?」

 こうはくはつぶやいた。

「それが人間というものでしょう?」


「……わびさびどころか、人間そのものを理解してしまったようですね」

 わが子を見るような表情でエー博士は語った。会場は沸いた。

 こうはくは言い返した。

「まんじゅうほしいって言っているのに、くれたりくれなかったりする。博士達が何を考えてるのかわかりません」


〈了〉

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