農協おくりびと (110)夫唱婦随の木


 貴船神社のお詣りは、本宮、奥宮、結社(ゆいやしろ)の順番でまわっていく。

本宮の祭神は、高神(たかおかみ)。奥宮の祭神は、闇神(くらおかみ)。

ともに水を司る神で水源の神様といわれている。


 1600年前。大阪湾の沖合に、黄色い船に乗った女神の玉依姫が現れた。

玉依姫は淀川、鴨川とさかのぼり水源の地、奥宮で船を留めた。

社殿をここに建てたことから、貴船神社の歴史がはじまった。

きふねという地名は、玉依姫が乗って来た黄色い船に由来している。


 奥宮の境内に、珍しい御神木がそびえている。

杉と楓(かえで)が根元から融合したもので、「連理の杉」と呼ばれている。

どこか、男女が寄り添った姿にも見える。

2つの異なった木が融合していることから、縁結びの象徴とされている。


 連理の杉まで歩いてくると、さすがに人の姿が少なくなる。

紅葉を浮かび上がらせてきた境内のライトアップも、ここにはまったく見当たらない。

足元を照らすのは、ところどころに灯された灯篭だけだ。

本宮で演奏されている太鼓の音も、ここまでは響いてこない。


 すべてを包み込む漆黒の闇。

その暗闇を背景に、ほのかに浮かび上がる奥宮の社殿。

根元のみライトアップされている連理の杉。その3つだけが此処にある。

御神木の杉と楓の大木は、上に行くほど闇の中に溶け込んでいく・・・

うっそうと茂る枝が先端にあるが、ここからはそれを確認することが出来ない。


 「神が住んでいる荘厳さというより、魑魅魍魎の不気味さを感じます。

 周囲が暗すぎるせいです。

 こんな景色だと信仰心より、恐怖心が先に湧いてくるから不思議です」


 「何を言うんですか。ちひろさんがぜひ見たいと言いだしたんですよ。

 奥宮にある御神木で、夫唱婦随の象徴だという連理の杉を」


 「確かに、パンフレットで見たときは素敵だなぁと思ったの。

 仲良く寄り添う2本の御神木なんて、なかなかお目にかかれないもの。

 でもここまで境内が暗いと、好奇心より、恐怖心の方が先に立ちますねぇ・・・」


 「奥宮は神聖な場所です。いわば神様の領域のど真ん中です。

 さぁどうぞばかり、周囲を派手にライトアップするわけにはいかないでしょう」


 「そうね。御神木だもの。闇に紛れた神秘性も魅力のひとつよねぇ」


 ちひろが照らし出されている連理の杉の、根元を覗き込む。

杉と楓の別々の木が、根元から融合している。

(ほんと。まったく別々の種類だというのに、根元から見事に融合しています・・・

仲の良い夫婦だってなかなかここまで、密着しないと思います)


 「ちひろさん。御神木を、熱心に覗き込むのはかまいませんが、

 何か別の悪いたくらみを、ひそかに考えてなんかいませんよねぇ?」


 「悪いことをたくらむ?。何それ?

 わたしはただ夫唱婦随の木に、見惚れているだけです」


 「それだけならいいのですが・・・」何故か山崎が口ごもる。

「何?。何かあるの?、歯切れが悪いわね、あんたも」怖い目で振り返るちひろに、

「実は・・・」と山崎が、自分の頭に指を3本突き立てる。


 「実は、これで有名なんです、ここは・・・」と山崎が声をひそめる。

「何よ、それ・・・」頭上に掲げた山崎の3本の指を、ちひろが怪訝そうに見つめる。


 「キーワードは御神木。白装束の女。頭に3本の火のついたロウソク。

この恨み、晴らさで置くべきか、といえば・・・」

何か思い当たることはありませんかと、さらに山崎が声をひそめる・・・


 「あっ・・・憎い相手に呪いをかける、嫉妬に狂った女がおこなうという、

 深夜の丑の刻参り!」


 「大正解!。その通り!」それが行われたのが、何を隠そうこの場所なんですと、

山崎が不気味にニヤリと笑う。



(111)へつづく

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農協おくりびと 101話から110話 落合順平 @vkd58788

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