農協おくりびと (106)にぎやかに夕食
「何はともあれ、ちひろが無事でよかった!」
祐三が夕食の乾杯の音頭をとる。
「ホントや。何やあったらちひろの両親に合わせる顔がないと、この人ったら
来るまでのあいさ、ぶつぶつ、ぶつぶつ、ホンマにうるさかった。
なんもなかったと分かったら、とたんにこの元気や。
切り替えの良さは、天下一品どすなぁ」
うふふと妙子が、目を細めて笑う。
「それ以上は言うな。酒がまずくなる」呑めと祐三が、妙子に酒を注ぐ。
「はい、はい」嬉しそうに妙子が、盃を持ち上げる。
旅館で賑やかな夕食が始まった。
当たり前のように、4組のカップルが隣同士に並びあう。
女たちの頬がてかてかと火照っているのは、旅館自慢の天然温泉のためだ。
その一方。独身の3人衆は、なぜかぐったりと疲れ果てている。
無理もない。祐三の号令のもと、1時間交代で高速走行を成し遂げてきたからだ。
休まず走っても6時間30分かかる道のりを、独身3人衆は5時間30分で駆け抜けた。
これは快挙だ。だが極限まで神経をすり減らした彼らは、美味しそうな食事を前に、
なぜかぐったりとしたまま、箸も出さない。
見かねた祐三が、男たちに活を入れる。
「なんだお前ら、すっかり疲れたような顔をして。
だからエースの俺が運転すると言ったんだ。
俺に任せれば、F1並みに、史上最速の速度で高速道路を駆け抜けてきた」
「祐三さんに運転されたんじゃ、いまごろ、ワンボックスのエンジンが壊れている。
公道でトラクターをトップギャーに入れて、暴走する人だ。
いまごろは途中で拘束されて、速度違反で取り調べられているころだな」
「このあいだ高速で捕まったばかりだろう、祐三さんは。
80キロ制限のところを130キロで走って50キロオーバーで捕まったらしい。
簡易裁判所へ呼び出されて、8万円の罰金を払ってきたという話だ」
「待て待て、お前ら。俺の罰金の話はもういい。
それより、メシを食った後の予定をは言う。
いまから発表するから、お前ら、耳をかっぽじってよく聞くように!」
コホンと祐三が、咳払いする。
(食後の予定だって?、なんだ、それ・・・)男たちの喉が、ごくりと期待に動く。
「部屋は2つ。残念だが、今夜は男女が別々に寝ることになる」
「え~」という絶望の声が、男たちの口からいっせいにあがる。
「当たり前だ、お前ら。ここに集まっているのは、いずれも身持ちの正しい紳士と淑女。
間違っても女子の部屋へ、夜這いなどしないように。それだけはきつく申し渡しておくぞ」
祐三の言葉に男たちの口から、「ああ~」とふたたび落胆の溜息がもれる。
「そのかわり、」と、祐三が言葉を続ける。
「食事が終えたら、ライトアップされた紅葉の見学に行こう。
俺と妙子さんは電車に乗って、紅葉のトンネルというやつを堪能しに行く。
若いお前さんたちは歩きだ。
貴舟川に沿って点灯される、モミジ灯篭の見学に行け」
「祐三さんが電車で、なんで俺たちだけが歩きなんですか」
「馬鹿やろう、ただの歩きとあなどるな。
貴船口から旅館街、貴船神社の本宮、結社、奥宮までの道沿いに
たくさんの灯篭が立ち並ぶそうだ。
貴船川の畔も、綺麗にライトアップされているという。
1キロ以上も、その光景が続いているんだ。
よく考えてみろ。途中でいくらでも、別行動をとることが出来る。
若者向けの、おすすめコースだ。
ただし、この寒さだ。防寒対策だけはしっかりするように。
そういうことだ。では食事が済み次第、各自自由に行動を起こす様に。
何か質問は有るか、諸君」
「了解しました団長。では、再結集の時間と、場所は?」
「2100時。旅館街に有る山路というスナックに再結集する。
旅館を通じて、店のママには話がついている。
もう一度言う。間違っても近所の旅館に、しけこむんじゃないぞ。
今夜は清く正しい行動を、常にとるように。
女性陣にもひとこと言っておく。
間違っても散策の途中で、袖を振り、男子諸君たちを誘惑しないように。
指示は以上。では諸君、各自、自由に解散!」
(107)へつづく
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