農協おくりびと (105)4回目の合コン?

ちひろの首にマフラーを巻き付けたのは、斎場の先輩女子だ。

毛糸の帽子と暖かそうな上着を抱えて、尼僧の圭子が飛んできた。

圭子の後ろから「ホンマ。無茶しますなぁ、若くないのに」と妙子が降りてくる。


 「傷心のあまり自殺でもするんじゃないかと、みんなで心配しました。

 でもよかった。風邪をひく程度で済みそうで・・・」


 ぎゅっと先輩女子が、背後からちひろに抱き付く。

さらに圭子が、「よかった無事で・・・」と涙声で、横からちひろを抱え込む。

「みんなでちひろちゃんをハグしてしもたら、ウチの出番がなくなるやないか」

面白くないですなぁと、妙子が憮然とつぶやく。


 「そやから大丈夫だと言うたやろ。

 30過ぎの女が、男の1人や2人に振られたくらいで、自殺なんかするもんどすか。

 とウチは言うたんやけど、この人が不安なんや。

 祐三はん、ほら見い、ちひろちゃんはピンピンしとるやないどすか」


 「悪かったのう。年寄りの取り越し苦労で。

 けどなぁ。ちひろと光悦は30年来の、いいなずけだ。

 それが壊れたんだぜ。

 普通は深刻な状態に落ち込んで、深く傷つくだろう乙女の胸が」


 のそりと降りてきた祐三が、妙子に反論する。

「2人は幼い時から、いいなずけとして育ってきた。

兄貴が養子に出されたことで寺の跡取りになった次男と、世話役の家に生まれた娘だ。

2人が結婚するのに、何の問題もねぇ。

本人も、周りの大人たちも、そんな風に信じて疑わなかった」

なぁちひろ、と祐三が、マフラーにすっぽりと埋もれたちひろに視線を送る。


 「いいなずけ?・・・いいなずけ同士だったの、ちひろさんと光悦さんは」


 圭子が、ちひろの顔を覗き込む。

「うん。いいなずけみたいなモノ、だったの、わたしたちは」

なんとなくですが昔からそんな雰囲気になっていました、わたしたちはと

ちひろが、マフラーの下からぼそりと答える


 「まぁまぁ、詳しい話は後にしょうぜ。

 おい、おまえら。とっとと荷物を旅館へ運ばねぇか。

 お前らが真剣に運転してくれたおかげで、予定通り貴舟に到着した。

 早いとこ夕飯を済ませて4回目の合コンと、洒落こもうじゃねぇか!」


 ワンボックスの後部ドアが開き、トランクやキャリーバックがぞろぞろと降りてくる。

トマト農家の松島と、ナス農家の荒牧が、両手に荷物をぶら下げる。

残った荷物を祐三と山崎が、手分けして小脇に抱え込む。

ぞろぞろと歩き出す一行を見送った後。

最後尾を歩きはじめたキュウリ農家の山崎を、ちひろが「ちょっと」と呼び止める。


 「全員そろっているじゃないの。どうなってんのよ、いったいぜんたい?」


 「話せば、長くなる」


 「簡潔に説明して。わたしが風邪をひいてしまう前に」


 「祐三さんが勘違いしたんだ。

 いや、俺が、祐三さんが勘違いするような言い方をした」


 「何を言ったの、あなたは?」


 「ひとりで奈良の長谷寺へ行ったちひろさんが、一大事ですと言うべきところを、

 奈良で、ちひろさんが一大事だと報告しちまった」


 「なぜ、祐三さんに報告したの。

 あなたがひとりでやって来れば、それで済むはずだったのに」


 「ちひろさんからの電話が切れた直後。

 祐三さんから、4回目の合コンを開こうという電話がかかってきた。

 俺、そん時に、ちひろさんが一大事ですって思わず口走っちまったんだ」


 「それで早合点した祐三さんが、全員を引き連れて京都までやって来たわけなの?。

 ドキドキしながら待っていたわたしが、まるで馬鹿みたいじゃないの。

 損しちゃいました・・・ときめくのが、すこしばかり早すぎたみたい」


 「えっ、いま、何か言いましたか、ちひろさん」


 「別に!」とちひろが、駐車場から歩き出す。

「早く行きましょう。みんなが首を長くして待っています」


(なんで心の声が、言葉になって出てしまうんでしょう。おかしいですねぇ・・・

なんだか無意味に、ちょっと有頂天になりすぎていますねぇ、いまのわたしったら・・・)

ウフフと笑ったちひろが、暖かいマフラーの中で思い切り、首をすくめる。


 (106)へつづく

  

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