農協おくりびと (103)京町屋風の宿
貴船神社は、5世紀に創建された古社。
叡山電鉄・鞍馬線の「貴船口駅」から、歩いて30分。
または「貴船口駅」から京都バスに乗り「貴船」で下車すれば、徒歩5分。
水の神、「たかおかみのかみ」を祀っている貴舟神社の前に着く。
「京なび」の案内嬢が確保してくれた旅館は、ここからさらに徒歩で10分余り。
夏になると、川床を営業している料理自慢の宿だ。
川に沿ってすすんでいくと、旅館の古い看板と坂道を上がっていく石段があらわれた。
石段を上った先に、建物があるらしい。
石段を登り終えると、いかにも古い京町屋風の建物があらわれた。
旅館として建てられたものでないようだ。
もともとから有った京町屋を、改造したような雰囲気が漂っている。
京都の町屋は、紅殻格子(べんがらこうし)と呼ばれる色の濃い格子と、
虫籠(むしこ)窓、犬矢来(外壁に置かれるアーチ状の垣根)などがすぐに思い浮かぶ。
2階建てがおおいが、平屋や3階建てのものも有る。
旅館の外観に、住まいとして使っていた頃の痕跡が、あちこちに残っている。
旅館と言うより、京都の実家へ返ってきたような落ち着きがある。
「ごめんください」と奥に向かって声をかけると、「おこしやす!」と
あずき色の作務衣を着た仲居が、元気よく飛び出してきた。
磨き抜かれた床に、仲居の白い足袋が心地よく映える。
「お疲れどした。お連れのみなさまも、まもなくお着きのご様子どす」
と若い仲居がにこやかに笑う。
(みなさまが、間もなく到着する?)おかしいな、誰か別の客と
勘違いしているのでは、とちひろが小首をかしげる。
しかし若い仲居は、ちひろの戸惑いにまったく気がついていない。
「お部屋はこちらどす」と先頭に立ち、元気よく奥に向かって廊下をすすんでいく。
間口が狭く、奥に向って細長い造りをしているのが京町屋の特徴だ。
高密度に居住する都市部で自然と付き合い、暮らしの中に自然を取り込む工夫を
京都の町屋は重ねてきた。
側面を隣家と接する京町家は、自然を取り込むための場所を、
通りの表、裏、天空の3箇所に求めた。
通りに面して格子戸があり、奥に庭がある。
通り庭と呼ばれる土間が、入り口から裏庭まで続いていく。
むき出しの天井に、京町屋ならではの美しい木組みがほどよく見える。
さらに奥行きをもっている大きな京町家は、中間に坪庭を配置することで、
風の流れを取り込んでいる。
(ふぅ~ん。合理的に出来ているのですね。京町屋の内部って・・・)
ちひろが朱色の壁に、梁と柱の木目が美しい部屋に通されたとき。
携帯にまた、山崎のメールが飛び込んできた。
『ただいま京都駅前を通過。ひきつづき市内を北上中。渋滞が無ければ、あと
40分ほどで旅館へ着く。出迎えよろしく』と書いてある。
ちひろがあわてて、腕時計を覗き込む。
時刻は午後5時40分。予定通りなら、山崎は6時20分過ぎに貴舟に着くことになる。
群馬から京都までの高速道路、550キロの距離を山崎は、予測をはるかに
上回る、5時間40分で走り抜けてきた。
単純計算で、毎時100キロ以上を保って走行してきたことになる。
机上の計算なら可能になる。だが実際には、それほど簡単なことではない。
疲労からくる注意力の低下や、トイレ休憩、疲れをいやすための小休止などなど、
走行の効率は、時間とともに下降をたどっていく。
つまり。110キロから120キロ程度の巡航速度を保たないと、毎時100キロの走行は
成立しないことになる。
(ずいぶん無理して、高速道路を飛んでくるのね、あの子ったら。
急いで来てくれる気持ちは嬉しいけど、事故を起こしたらどうするつもりよ。
ホント。単細胞なんだから、あいつったら・・・)
でも本音は嬉しいけどね、と、ちひろが思わず頬を赤くする。
(104)へつづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます