第8話 PHILEOO ③
追いかけて入った部屋は、薄暗くて、しかしキラキラした空間だった。いきなり現れた壁に沿って数歩進むと一転して視界が開け、まず眼に入るのは壁際の大きなソファ。そこに三人ほど女性が腰掛けている。みんなドレスアップしているがパーティに集まったという雰囲気ではなく、全員が忙しなくスマホを弄っていた。
彼女達からさらに奥へと視線を移せば、かなり広いスペースに何脚ものテーブルと、壁際をぐるりと埋めるロングソファ。加えてテーブルを挟んだ内側には一人がけの丸いソファが点々と置かれていた。それらのデザインは黒に統一され艶やかな高級感を漂わせている。
ここは何をする空間だろう? カリスはさらに視線を移し、ようやく理解した。隅の方に小さなカウンターがあり一目でお酒と判るボトルが棚に犇めいていたのだ。
黒服を来た男性がカウンターの奥の廊下から現れる。お洒落なような、でもどこか品がないような、そんな印象を彼からは受ける。
「ユイちゃん、今日のお客さんは?」
「ハーイ。五人は確実に来てくれそー」
金色のロングドレスを着た茶髪の女性が答えた。顎先まで届かないショートヘアが可愛らしい顔立ちに似合っている。
(……普通の酒場じゃなさそう)
天使は人間のどんな言語でも操れる。彼らの端的な会話を耳にしてカリスはなんとなくキナ臭い雰囲気を感じた。
アイマは何でこんな所に入ったのだろう? それより、彼女はどこに消えたのだ?
さっき男が現れた廊下の方へと向かってみるとドアが三枚あり、一つはトイレと書いてあった。カリスはスタッフルームと書かれたドアへ近寄りそのまま透り抜けようとしたが、その寸前に向こうから勝手に押し開かれて思わず後退る。
「邪魔よ」
囁くように掛けられた言葉。しかし天使体である自分が人間に見えるはずがなく、驚いたカリスは目の前のドレス姿の女性を凝視して、さらに驚きを重ねた。
「アイマさん……?」
踏み出してきたので咄嗟に壁へと潜りこんで道を譲り、彼女の後姿をまさに唖然として見つめ続ける。
上質な生地の白いロングドレス。その美しい光沢が彼女の見事なボディラインに沿って輝きを滑らせる。左肩はストラップのみで露わになり、右肩はレース状の飾りが一体になっていて品が良い。その背中に揺れる真紅の長髪とドレスのコントラストが鮮やかだった。
彼女は例の女性達と並んでソファに腰掛ける。改めて目にする前面は右肩から左の腰へと花の刺繍が紡がれており、その中に織り込まれた小さな珠が控え目にキラキラと光を返してとても素敵だった。そしてスカートには左腿の辺りに一輪の薔薇のコサージュ……。
マンションを出る時から携えていた白のハンドバッグを傍らに置き、携帯を取り出すとそれを開きながらちらりとカリスに視線を向け、見惚れっぱなしの彼に悪戯っぽくウインクをした。
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