第7話 PHILEOO ②
エントランスを抜けて外に出る。
空はすっかり宵に染まり、太陽を失った街は自ら光を放ち始めていた。
雑踏は減らない。むしろ増えているように思えた。誰もが仕事や学校からの帰路にまっすぐついているというわけではないのだろう。
明るい笑い声をあげて立ち話に興じている女子高生達や、上司に引っ張られて飲み屋の入口をくぐる若いサラリーマン達。
煌々と明かりを溢れさせるパチンコ店に吸い込まれていく中年男性。
携帯電話相手に喚きながら駆けていく女性。
人波をかき分けるようにゆっくりと通過して行くタクシー。
きょろきょろと色々なものを眺めながら、カリスはアイマの背中に続いていく。
「つい一時間くらい前に見た雰囲気とはずいぶん違うんですね。でも夜にかけて活気づいていくのはどんな街でも似ているのでしょうか」
彼女の背中に投げた言葉だったが、返事は来ない。彼は滑らかに前へ回り込むと顔を覗き込んだ。
「…………」
彼女は無言のまま携帯を弄っていた。文章を打っているようだ。この人ごみの中でそんなことをしていてよくぶつかったりしないな、とカリスは感心する。彼が隣に寄って画面を見ようとすると、彼女は通話するように電話を耳に当てた。
「……悪趣味」
誰かと話し始めたみたいだ。それにしても変な第一声だな、とカリスは思う。
「覗き魔。覗き天使。変態エンジェル。人の
(あれ?)彼は首を傾げる。
「あんたに言ってんのよ、カリス。あたし以外の人にはあんたの姿も声も分からないのよ? 普通に答えたり話しかけたりしたらあたしが変な人に思われちゃうってこと、気付きなさいよ」
「あ……すみません」
ようやく彼女の行動が理解できて彼は謝った。
「あれ? じゃあさっきの“変態エンジェル”ってボクに言ったのっ?」
「他に誰がいるのよ」
「う……確かにここにいる天使はボクだけだけど……」
「違うでしょ、ここにいる変態はボクだけだけど、でしょ」
「ひどいっ」
眼を剥くカリスに、アイマはフフンと鼻で笑って見せた。それから通話の振りを続けたまま質問を投げる。
「あんた、この土地に来る前は何処に居たの?」
「え? あ、フランスです」
彼女の顔色が微かに変わった。だがそれはほんの短い間だった。
「……そう。長旅してきたのね。日本には馴染めそう?」
自分から訊ねた割にそれ以上掘り下げて来ない。「どの地方に?」とか「どんな街?」とか訊いてくれると思ったのでカリスは少し残念に感じた。同時にさっき一瞬見せた表情が胸に引っかかる……が、そこを追及すればまた怒らせてしまいそうな予感がした。
「馴染めそう……ですよ。どんな土地に行っても、大切なのは感謝の気持ちを忘れないことです」
にっこりと笑う彼の顔を、アイマは変わり者を見る眼で眺める。
「感謝ねぇ……なんに感謝しているのか知らないけど、この街で暮らしていればいずれ気付くわよ」
そして前を向くと付け加えた。
「その言葉がどれだけ似合わない場所なのか」
急に道を外れ、小さなビルの階段へと入っていくアイマ。
少し行き過ぎてしまったカリスは動きを止めると、彼女を追う前に建物を見上げる。縦長の看板が通りの頭上にせり出していて、色んな店名が並んでいた。その中に眼を引く文字を見つける。
「“
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