第4話 ギフト ③

「あの、アイマさん。さっき言っていた使命の放棄って……」

 屋上に二人で取り残されて1分後。アイマはカリスなど存在しないかのように、再び手すりに寄りかかると街を眺め始めた。それに対して少年は自らコミュニケーションを図る。

 新しい煙草を咥えるとライターを灯しながら「ん?」と返すアイマ。

「今年の聖誕祭クリスマスが期限って、どういうことですか?」

 カリスは彼女に並ぶように柵の前へ歩み寄る。

「……なんだ、あんたあたしの名前だけじゃなくて何も聞かされてないの?」

 彼女は唇から煙草を離し、ゆるゆると煙を吐きながら問い返した。

「これからその日まである女性の贈り手と一緒に過ごせ……ということだけしか」

「ほんと、なに考えてんのか分かんないわね、神って」

「っ……! アイマさん、さっきから思っていましたが神様への失言が過ぎませんか?」

 彼の憤りに彼女はきょとんとした表情を浮かべ、それからプッと吹き出した。

「失言って……あんたね、あたしはとっくに使命を放棄してるのよ? 言葉云々以前に神なんか敬ってないの。話聞いてたんならそれくらい分かんない?」

 カリスは呆然と固まる。

「だからね、“贈り物ギフト”なんてもう99年やってないの。一世紀ずっとこの島国に居たけれど、一度もね。使命の放棄が百度に及んだ贈り手の魂は消されちゃうのよ。あたしにとってはまさに願ったり叶ったりだわ」

「……どうして、使命を果たさないのですか?」

 その質問にはアイマは答えず、まだ三分の一ほど残っている煙草を手すりで揉み消すと取り出した吸殻ケースに片づける。そして屋上の入口へと歩き出した。

「アイマさん、何処へ?」

「部屋。この20階に借りてるの。来る?」

「え、あ、はい! でも階段ですか? 天使体になればこのまま下に……」

 カリスは足首までズズズッとコンクリートに沈み込みながら言う。

「子供のくせに覗き趣味でもあるの?」

 小さく振り返った彼女は横顔でからかうように笑った。



 ドアを開けると真っ直ぐに廊下が延びている。玄関にはアイマが今脱いだサンダル以外に靴は出ていない。

 フローリングの上を進むと右手にドアが一つ出てくる。

「そっちは洗面所とトイレとお風呂場」

 まるで後ろに眼が付いているかのようにカリスの視線に答え、彼女は廊下の先へ抜ける。その境目にはガラス張りのドアが一枚、開きっぱなしになっていた。続いたカリスは広いリビングルームに一歩入ったところで足を止めて、きょろきょろと視線を巡らせる。

 右手側はそのまま壁が続いていて途中で引き戸が現れる。一つ部屋があるらしく、おそらく寝室だろう。

 左前方に広がるリビングには二人掛けが精々のソファとガラステーブルが置かれ、左の壁際にテレビ、オーディオ機器。

 そして左手前には円い小さな食卓とリビングに背を向けるキッチンがあった。置かれた食器棚は小さく、中身も少なさそうだ。

 空間の割に物が少ない……と人間なら思うだろうが、天使であるカリスからしたら同じく天使であるアイマにとってなぜこんな場所が必要なのかが解からない。


「人間体になってソファで寛いだら? 悪くないわよ」

 冷蔵庫を開けてパックを取り出すアイマ。オレンジジュース?

「あの、どうしてわざわざマンションに住んでいるんですか? 天使体で居れば休息も要らないし飲食も必要ないですよね。人間の聴く音楽はボクも好きですが……その為だけにこんな部屋を手に入れようとは思いませんし」

「あら、あんた意外と下界スレしてるのね。まだ15~6でしょ? 今までほとんど天界で力の訓練ばかりじゃないの?」

「いえ、ボク……こう見えても百近いんです」

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