聖地聖泉

 

 運命の女神ウィアの呼び名は東方神聖語における、星の乙女ウィリ・レ・アスィの訛ったものだ。ウィリは“乙女”、アスィは“星精”を意味する。


 彼女は使い走りの婢(はしため)でありながら、至高神すら逆らえぬ運命を司り、奇妙な二面性をそなえている。

 創世に生まれた三人の乙女は御身(みみ)を隠され、いまは終焉を看取る最後の乙女のみが坐すという。


 乙女は昼を夜に変え、闇に光をもたらす。運命の究極は生と死の環である故に、乙女は癒し手であり死の使いである。

 生命力を象徴する蛇、魂の導き手である蛾が化身とされる。

 薬となり毒となる植物も、世界の苦痛を和らげるため、乙女が身を変えたものである。


 天なる神々は混沌に漂う光という船の碇として地を創った。

 (地に)生ずるものとして植物、(禍と)戦えるものとして動物、(神に)祈るものとして人間が造られた。

 世界生成は神々ではなく、三人の乙女達によるものであるとする異端の説もある。


 何れにしろ乙女は、天と地、人と天、地と人とを結ぶかけがえのない絆であった。


 創世に生まれた三人の乙女達が身を隠した後、神々は世界の出来事に介入しえなくなり、生きとし生けるものの思いは届かなくなった。

 定命のものの祈りを糧として存在する不死の神々は困り果てた。どうにかして代わりの乙女を探さなければならない。

 しかし、神々はあまりに高きに坐すため、低き地との仲介をする希有な存在は、とうてい見出せなかった。


 神々は頭を寄せて合議した。「神王ユッグが星の精と交わって器を生ませ、地上の乙女の魂を牽きあげて入れよ」 智慧の神フィヨルヴィズが方策を編み出した。


 ちなみに、すべての神々が力を合わせたのは、世の始まりから終わりまで、わずかに三度しかなかった。

 幽魔との戦い、先王ヤヴンハールの弑逆(しいぎゃく)、そしてこれである。何れもがのちに禍根を残した。


 智慧の神の抱く邪な謀で、神王は娘である光明神、ヘルン・ニヤルを喪失した。

「すべてには代償がともなう。牽き上げられるものがいれば、堕ちるのは当然の理ではないか」

 フィヨルヴィズは嘯(うそぶ)いたという。



 さて、神々は星の乙女とすべく、聖童女を天にめした。

 その肉身は石化し、水晶の像になったという。


 寺院には仙女の神像がある。

 これは聖童女が天に召されたとき、その肉身が石化なされたとされる。

 美しい少女が祈りの姿勢をとった水晶の裸像である。


 神像は幻で織られた御衣を纏い、一年間維持されたのちおめしかえなる。

 この日にのみ星宮の扉が開かれ、幻衣を纏った神像が人目にふれる。




 処女神の寺院は空気の希薄な高い山の中にあり、深い裂け目の谷に昼なお星の視える泉があった。

 羽根をもがれて追放され妖精の乙女は翔ぼうとするかのようにそこへと投身する。

 彼女は男児女児の双子を産んで息絶え、九穴から流れ出たモーブ色の体液が泉を穢す。

 それは水魔の王の侵入を許し、彼は男児のみを連れ去った。


 予め、混成の法が施されており、男女両体が混交して生まれている。これを古の言葉でユミルいい、双子もしくは両性具有の意である。

 別けられても互いに感応し、なんらかの相互作用を及ぼす。又、命令の呪文刷り込みで自覚なく意図をなぞり、それが達成されるまで冥加を受けていた。



 一人の尼僧が裂け谷に星の落ちる夢を見てそこに赴く。

 妖精の乙女は聖なる泉の辺で死入り、生まれてまもない女児の泣き声がしていた。拾い見れば、髪は陽の光のように美しい金、左の瞳は碧空の色、右の瞳は妖魔の沼のような暗い緑をしていた。

 左の耳は妖精族のように長く先が尖り、右の耳は魚の鰭のようにぎざぎざだった。そして右の背には薄羽、左の背には銀鱗が生えていた。

 これでは連れ帰ることが出来ぬ故、尼僧は躊躇した。黒耀石の欠片で片耳と羽と鱗をそぎ落とし抱き帰る。


 かくして女児は寺院に庇護される。

 

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