尼僧寺院

 


 女児が生まれたのは太陽が弓宮にある十一月、月は昴(クリティッカー)から畢(ローヒニー)へ移ろうとしている頃であった。


 彼女はリテュエルセスと名付けられ、ウィア聖教の総本山である寺院で、尼僧達の手によって養育された。

 しかし、寺院の厳格な規律は彼女の奔放な気質と反りの合わないものだった。

 菜食のみの質素な食事を嫌って血と肉を好み、一切の殺生を禁じられているにもかかわらず、なぐさみで生き物をなぶり殺す残酷さをみせた。

 勤行(ごんぎょう)をさぼり山で狩りをして走り回る。身を隠して獲物を探すのが上手く、弓がないので手作りの罠や投石器を使い、捕らえると生のまま喰らい血を啜(すす)った。

 説教中にそっぽを向いて放屁するくらいはまだしも、あろうことか女神様の祭壇に糞小便をひる。

 冬でもしょっちゅう水浴びをし、衣が煩わしいらしく裸でいたがった。好色で幼くから自慰を覚え、人目をはばからずにおこなった。

 反抗的で、なまじ頭がよいゆえ口がたっしゃ。わざと下品な言葉遣いで使いで顰蹙(ひんしゅく)を買う。魔法の才はあるが勉強嫌いの怠け者だった。


「副院長様、あの混血(あいのこ)は、けして馴れることのない獣のような娘です。このまま、寺院に置いておくわけにはまいりません」

 堪りかねた尼僧が訴えるも、

「よるべない娘を追い出すことは聖仙女様の御慈悲に叛きます」

 冷ややかで平坦な声が返る。

「でございますが……」

「あの娘のせいではありません。私達の導きがたりないのです」

 背が高く痩せた無表情な女だった。女児を拾ったのは彼女である。

「すべては聖仙女様(リュシィー・シリィーア)の御心のままです」

 それからほどなくして副院長になっており、教条的で冷酷なまでの厳しさをおそれられていた。

「………」

 尼僧は黙して頭(こうべ)をたれた。


 女児の反抗は孤独感の裏返しだった。彼女はどこにも自分の身をおくところがないと思っていた。

 だから心を通わせられるものが欲しく、盗み読んだ魔法書で使い魔を召喚する。

 これによって混沌の指輪を護る結界に破綻が生じてしまった。その間隙から、水魔王が彼女とは双生児(ふたご)の弟(イューイン)を己の分身として送り込んだ。

 その魔物は色のない透明な眼をし、薄闇色の獣の形をした使い魔であった。


 彼女はそれを密かな友達にしながら成長する。

 

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