第1章 壺中の灯火(こちゅうのともしび)

蛍火水鏡

 

 女児が闇の中で身を起こすと、支(つか)えた手許に暗い水が湛えられていた。

 土の中にもかかわらず泉には、不思議なことに星が瞬いていた。


 女児が呪文をとなえると、無数の蛍火が生じた。

 それは乱舞してのち、女児の丈ほどになった七竃(ななかまど)の白い小花に灯をともした。


 衣が銀の踝(かかと)に滑り落ち、女児は冷たい水に躰を浸した。

 白い花は水面に散る星屑、映る躰(からだ)はほそい月。


 また衣を纏い、ルーンを刻んだ小石で、御手玉しながら唄う。

 洞窟の木霊が数え唄の言葉じりを繰り返した。


 星と運命を司る女神ウィアの聖なる寺院。

 その土牢に七の七倍の歳月が陰鬱に淀み、女児はわずかながらも成長した。



 寺院の土牢に閉じ込められるとき、身に纏う粗衣と命を絶つ毒薬の壷のほか、三つの願いが赦(ゆる)された。


 女児は七竃(ななかまど)の小枝、柘植の櫛、水晶の数珠を望んだ。

 女児は呪文で石の床を土に変え、その土を風に変えて穴を拵えた。

 水を創ってその穴に溜(た)め、辺(ほとり)に七竃の枝を挿し木した。


 祝福で成長を促せば、朝に白い花が咲いて夕に赤い実を着ける。

 女児はこれで時を数え、小石の塔を積み上げる。


 夜ごと、女児は聖水の泉で禊(みそぎ)し、柘植の櫛で髪を梳(くしけず)る。

 櫛に残った細絹の髪筋を擦切れた衣に呪文で織り込む。

 もとの素材はとっくに失われ、女児は己の髪の紗を纏っていた。


 魔法で水と空気を浄化し、七竃の実を啄ばんで飢えを凌ぐ。


 数珠の小さな珠は二十八の星宿で、大きな珠は九曜星を表わす。

 星と運命を司る女神の寺院の尼僧達は、これを爪繰って命数を算するという。


 霊力を蓄える道具でもあるが、聖なる祈念が込められている。

 これを通した魔法は酷(ひど)い失敗であったとしても、魔物を呼び出すといった不手際はさけられる。


 牢は七つの室ある洞窟で、外で完全に封印されている。

 女児は数珠を使った後、金髪で編んだ緒を抜き、ばらばらに室へ配置し、魔力を充填させる。



 此処(ここ)は大地の子宮、封印された壷である。


 女児は七年沈黙した。

 けれど七年目に呟いた、出してくれたらなんでもしよう。

 さらに七年して謂(い)った、出してくれたら操(みさお)も心もやろう。

 七年して最後に喚いた、出したら世界を滅ぼしてやる。



 御伽話に出る壷の中の魔物ほどにも、忍耐強くない己を女児は嗤(わら)った。

 けれども、命を絶つことは考えもしなかった。

 

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